第104話 青葉昴は美少女の浴衣姿が見たい
──一週間後。
「うーん! テスト終わった〜!」
「お疲れ、晴香。どうだった?」
「結構自信あるかも! るいるいは?」
「わたしもまぁまぁかな」
夏の補習を賭けた学期末テストが終わりを告げ、緊張感のあった教室内の雰囲気が一気に緩まる。
放課後、クラスメイトたちはそれぞれ友人同士で集まり、テストについての話で盛り上がっていた。
土日を挟み、夏休み前最後の週にテストが返却されるため、結果は返ってきてからのお楽しみである。
「司、お前はどうだったよ?」
後ろの席の主である司に話しかけると、なんとも言えない表情を浮かべる。
「まぁ……大丈夫だと思う。ひとまず不安はないよ」
おぉ、そうかそうか。
あんなに勉強しておいて、やっぱり無理でしたはシャレにならないからな。
……とは言うが、実際のところ司のことはそんなに心配していない。
コイツはこれまで、なんだかんだテストをパスしてきているし、今回も問題ないだろうとは思っていた。
本当に心配なのは……笑顔のお花咲かせますこと川咲日向ちゃんである。
勉強したとはいえ、アイツのことだから安心はできない。名前書き忘れたとかありそうだし。基本バカだから。
「そういうアンタはどうなのよ、昴」
司の左隣に座る月ノ瀬が話しかけてくる。
コイツに『昴』と呼ばれるのもいい加減に慣れてしまっていた。
最初は違和感が凄まじかったし、クラスメイトからも突っ込まれたが……司という前例があるおかげかあまりしつこく聞かれなかった。
どういう意図で俺を下の名前で呼ぶことにしたのかは知らんが、だからといってなにかが変わるわけではない。
だけど……美少女に下の名前で呼ばれるというのは……うん、なんかいいね。すごくいいね!
志乃ちゃんの『昴さん』もなかなかいいけど、月ノ瀬みたいにサラッと呼ばれる感じもいい。伝わるかな。伝われ。
「俺? 俺はもちろん、余裕」
俺は腕を組み、ドヤ顔を見せる。
隣から「うざ……」と呟きが聞こえてきたが、ここは無視安定。
「へぇ? なら私に勝てるのかしら?」
「うん無理だね。絶対無理だね」
「お前即答かよ」
「無理に決まってんだろ! じゃあ司、お前は月ノ瀬に勝てるのかよ!」
「うん無理」
でしょー!?
いくらこの天才少年昴様でも、格上の月ノ瀬様には勝てませんよ。えぇ。
クラス内で堂々の一位を獲得している姿が容易に想像できる。
なんなら学年で一位もありえるかもしれない。
放課後みんなに勉強を教えたあと、家に帰って今度は個人の勉強をしているのだから……その点は尊敬ものである。
月ノ瀬の自信の裏には、きっとそれを成し遂げるだけの努力があるのだろう。
「あ、みんなみんな!」
はいはい! と元気よく声をあげる蓮見に注目が向けられる。
お、これはアレか?
毎度恒例の蓮見の提案コーナーか?
蓮見は俺たちを見回すと、ニコッと明るい笑顔を浮かべた。
「テストも無事に終わったし……今週末のアレ、みんなで一緒に行こうよ!」
蓮見の提案に俺たちはお互いに顔を見合わせる。
「今週末っていうと……」
「もしかして……」
月ノ瀬、司が言葉を繋ぎ――
「ひょっとして、夏祭りのこと?」
渚の言葉に、蓮見は元気よく「そう!」と頷いた。
まぁ、そりゃそうだろうな。
今週のアレ、となるとそれしかない。
今月の始め、日向も言っていた夏祭りのことだろう。
駅から少し離れた場所にある大きな神社で開催される夏祭り。
毎年多くの人で賑わい、屋台はもちろんのこと、打ち上げ花火も行われる。
なんというか……まさしく『ザ・リア充』的イベントである。
校内でも祭りのことを話している生徒たちを何人も見かけた程だし。
「ええ。私はいいわよ。友達同士でああいうの行ってみたかったのよね」
「俺も問題ないよ。志乃や日向、あとは星那先輩も誘ってみんなで行こう」
「いいねー!」
それはそれは……随分と大所帯なことで。
月ノ瀬と司の承諾に、蓮見は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「わたしも別にいいけど……絶対人多いよね……」
「それはまぁ……お祭りだもん。いっぱいじゃないかなぁ」
「う……生きて帰れるかなわたし……」
ルンルンの蓮見に対して、渚は嫌そうに顔をしかめる。
確かにコイツの場合、祭りの人混みに間違いなく敗北を喫することになるだろうなぁ。
人に酔って体調を崩しているところを想像できてしまう。
超インドアのるいるいにはキツそうですねぇ。
「るいるい……ダメ?」
で、出たー!
蓮見選手による瞳潤ませ上目遣い攻撃だー! あざてぇ~!!
でも可愛い~!!
渚には効果抜群だったのか、己の中で激しい葛藤をしたあと――
「……行くよ」
ため息交じりに承諾した。
「やった~! るいるいと一緒ならもっと楽しいよ!」
「……そ」
あ、目逸らしてる。ちょっと嬉しそう。
「――あんたも当然強制参加だから」
え。
微笑ましい気持ちで話を聞いていたら、鋭い声が俺の耳に届く。
声の主……渚がジトッとした目を俺に向けていた。
強制参加ってなんだおい。
俺まだなにも言ってないのに?
「もちろん青葉くんも一緒だよ」
「当たり前じゃない。まさか来ない気?」
「どうなんだ昴?」
三人の追撃に、俺は一瞬言葉に詰まる。
なんだコイツら。
まるで俺が参加しないかのような物言いしやがって。
そんな言い方されなくても俺は――
あ、待てよ?
夏祭りでしょ?
ふふ……ふふふふ。
「待て。一つ確認させてもらおうか」
俺は真剣な表情で蓮見たちを見る。
これは遊びではない。
かなり重要な案件だ。
……あ、別に今は司のことなんてどうでもいいからお前は寝てていいぞ。
怪訝そうに俺を見る一同に――
俺は言い放った。
「お前ら――浴衣を着てくるんだろうな?」
シーン……と空気が固まる。
ククク、そうなることは想定通り!
俺は目をカッと見開き、なにも言わない月ノ瀬たちへ言葉を続けた。
「夏祭りといえば……そう! 浴衣! 浴衣といえば美少女! 美少女の浴衣姿に勝るもの無し! だからおめーら! 夏祭りに行くからにはそれぞれ最強の浴衣を――」
「朝陽君、志乃さんに連絡よろ」
「おっけー」
「はいすんませんでした調子に乗りました黙ります」
「一瞬で黙っちゃった……!」
スンッと肩を狭めて椅子に座る俺を見て、月ノ瀬が呆れたようにため息をついた。
「相変わらずの昴は置いておいて……でも、たしかに浴衣はちょっと着てみたいかも」
よくぞ言った月ノ瀬!
あとで誠心誠意感謝の気持ちを込めて『玲ちゃん♡』って呼んであげちゃう!
「わー! 玲ちゃん絶対似合うよ!」
「うん。わたしもそう思う」
「なに言ってるのよ。アンタたちも着るのよ?」
月ノ瀬の言葉に蓮見たちは「えっ」と目を丸くした。
「わ、私着れるかな……似合うかな……」
「似合うに決まってるじゃない。自信持ちなさいよ」
絶対似合うと思う。めっちゃ見たいもん俺。
シルエット的な意味で言ったら月ノ瀬のほうが似合うかもしれないけど……。
いや別に。深い意味はありませんヨ。
「そうよね、司?」
おっと?
月ノ瀬からのキラーパスに司は慌てたように「え、俺に聞くの?」と自分を指差した。
蓮見も蓮見で、予想外の展開に顔を赤くしている。
「ちょっ、れれれ、れ、玲ちゃん!?」
「ふふ、どうなのよ司?」
「え、えっと……」
司は視線を逸らし、恥ずかしそうに人差し指で頬を掻く。
そしてチラッと蓮見を見たあと、再び口を開いた。
「似合う……と、思うよ」
「ひゃっ……! あ、ありがとう……」
……………。
あー始まったよラブコメ空間。
てか司お前、どうして自分からだとサラッと言えるのに人から聞かれると恥ずかしがるんだよ。
なんだそのラブコメ主人公要素は!
「はいはいイチャつくのはそこまでにしなさいねー」
月ノ瀬が淡々と言いながら二人の間に割って入っていく。
「い、イチャ……!?」
「くくく、蓮見お前顔真っ赤だぞ」
「あ、青葉くんまで……!」
おー怖い怖い。
でも蓮見から睨まれる分には可愛いから問題なし。
「るいるい!」
「え、なに」
「こうなったらるいるいも一緒に着るよ! 浴衣!」
「え」
蓮見は顔を赤くしたまま渚の両肩に手を乗せた。
渚は明らかに嫌がっているが、蓮見は有無を言わせない勢いで凄まじいオーラを放っていた。
完全にとばっちりだよな渚……流石に可哀想になってきた。
面白そうだから助けないけどね。ぷぷぷ。
「は、晴香。わたしは浴衣とかそういうの着ないって……! 似合わないって……!」
渚の性格的に嫌がるだろうなぁ。
仮に海とか行ったら、アイツだけジャージ着てそうだもんね。
上手く言葉にできないが、なんというか渚は……そういう感じがする。
「似合うよ! るいるい可愛いもん!」
「そうよ。だから観念しなさい留衣」
「か、観念ってなに月ノ瀬さん……!?」
月ノ瀬的には二人に浴衣を着せたいんだろうなぁ。
「そうねぇ……次は昴に聞こうかしら」
「「え」」
声が重なる。
「似合うと思うわよね? 留衣の浴衣姿?」
「あ、俺にも聞くんすか?」
「聞くわよ。さっき司に聞いたんだから次はアンタの番よ」
「ちょっと月ノ瀬さん……!? なんで青葉に……!」
マジか今度はこっちに来たか……。
渚は抗議の声を上げているが、月ノ瀬は「はいはい」と楽しそうに流していた。
生き生きとしてんなぁコイツ……。
さてと、聞かれたからには答えるか……。
えーっと……渚の浴衣かぁ。
あまり想像はできないけど……。
まぁ……。
「似合うんじゃね? それこそお前の髪色に合った緑系統とか」
「おー……!」
「へぇ……」
俺の返答に、蓮見と月ノ瀬が興味深そうに声をあげる。
司も司で楽しそうに俺の話を聞いていた。
……なんですかその感じ。
俺はただ聞かれたから答えただけなんだけど?
せっかくだから渚の反応を見ようと、視線を向けてみるが――
「……」
スッと流れるように顔を背けられた。
いや、うん……分かってたけどね?
なんかこう……あるじゃん。
『べ、別にあんたに褒められるとか嬉しくないから! 全然嬉しくないから!』みたいな。
そういうの欲しかったなぁ!
「よかったねるいるい! これで着られるよ!」
「これでってなに。どういうこと」
「さぁ留衣、当日は楽しみにしてるわよ」
「おかしい。話が勝手に進んでる」
「渚さん、頑張って」
「待って朝陽君まで?」
これはもう完全に外堀を埋められたってやつだ。
いやー……言ってみるもんだねぇ。
真っ先に話に乗ってくれた月ノ瀬には感謝だぜ。
どうせなら俺も便乗しておこっと。
「可愛い浴衣姿期待してるぜ? るいるい?」
俺はキラキラと爽やかな笑みを浮かべて追撃を繰り出した。
渚はそんな爽やか昴くんを見たあと、うわぁと心底嫌そうに表情を歪ませて……再び顔を逸らした。
「……うるさ。るいるい言うな」
うんダメだこれ。
可愛い反応期待できないわ。
もうるいるいは知りません!
とりあえず浴衣の約束が取れたからヨシとしましょう!
「じゃあ俺も夏祭り一緒に行ってやるぜ! 美少女たちの浴衣バンザイ! バンザイ!」
もう花火とか屋台とかどうでもいいわ!
コイツらの浴衣を見て目の保養をさせてもらおっと!
「なら、志乃たちにも言わないとダメね?」
「そうだね! 志乃ちゃんたちの浴衣も絶対可愛い!」
それ! 絶対可愛い!
うわどうしようめっちゃ楽しみになってきた。
会長さんの浴衣姿とか絶対ヤバいじゃん。はわわわわわ。
「それじゃあ時間とかはまた改めて、かな。蓮見さんそれでいい?」
「あ、うん! 私から連絡するよー!」
「……当日体調崩す気がしてきた」
「留衣」
「なんでもない」
――夏祭りね。
大勢の人たちの目もあるし、会長さんも下手なことはできないだろう。
この間のようなことは控えると言っていたし……。
ここはとりあえず、高校生として青春っぽいイベントに参加しておくとするか。
それぞれワクワクした気持ちを胸に抱きながら。
俺たちはその後も他愛のない話に花を咲かせた。
美少女の浴衣、楽しみだなぁ!
写真とか撮らせてくれないかな。ダメかな。
「あ、司と昴」
「なに?」
「んぁ?」
「アンタたちも浴衣だからよろしく。――当然よね?」
…………え。
マジすか?




