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第103.5話 星那沙夜はただそれだけのために

「紗夜様」


 ──風呂から上がって数分後。


 バスタオルを無造作に頭に乗せ、スマホを触りながらリビングで過ごしていると……横から椿が話しかけてきた。


 髪から水が滴り、ソファーへと落ちる。


「どうした椿」


 部屋の中だというのに、椿はきっちりとスーツを着ていた。

 

 見ているこちらが堅苦しい気持ちになるが……流石にもう見慣れたものだ。


 ソファーにだらしなく座る私を見て、椿は呆れたようにため息をついた。


「どうした、ではありません。ちゃんと頭を拭いてください」

「別にいいだろう? 減るものではない」

「そういう話ではないのです。せっかく綺麗な髪をお持ちなのですから……」

「……」

 

 小言をいちいち気にしていてはキリがない。


 私がスマホに再び視線を落とそうとしたとき――


 椿はいつもの無表情のまま、目の前に立っていた。


「沙夜様」

「む、なんだ椿。まだ私になにか――おっ……」


 椿は私の頭上のタオルに手を乗せ、わしゃわしゃと水分を拭き取り始める。


「……私は子供ではないのだが?」

「はいはい。ジッとしてくださいねー」

「むぅ……」


 私の声に聞く耳を持たずに、椿は淡々と手を動かす。

 

 一見流れ作業のように見えるが、逃げないように頭をしっかりと抑えられていた。


 扱いに少しばかり不満はあるが、私は大人しく椿に身を預ける。

 

 拭かれていることで乱れた髪が目に入り、反射的に瞑った。


 ふむ……髪が長いとこういうとき不便だな。


 すぐに乾かすことができる機械というものを発明してほしいものだ。


「であればお一人で髪を拭いてください。そして部屋の片付けも行ってください。あとは――」

「無理だ」

「まったく……私から見れば貴方様はまだまだ子供ですよ」


 フフッ、それは頼もしい限りだ。


「なにかいいことでもあったのですか?」


 手を動かしながら、椿は私に尋ねる。


 面倒くさそうにしてはいるが決して雑ではなく、むしろ優しく私の髪を扱っていた。


 こういうところにもまた、星那椿という女性の性格が出ている。


 彼女は感情表現が非常に下手で、そのせいで周囲から誤解されやすい。


 晴香や日向を見習って、少しくらいは喜怒哀楽の表現が上手くなって欲しいものだ。


 考えごとをしている間にも、椿は私の髪を拭き続ける。


 その心地良さに眠くなってくるが……今寝たとしても叩き起こされるだけだろう。


 ここは質問に答えることを優先するとしようか。


「どうしてだ?」

「スマホを見て楽しそうな表情をしていたので」


 ほう……それは良く見ている。


 そうか。私は楽しそうな表情をしていたのか……。


「なに、学友同士のグループ……というものに初めて招待されたのでな。案外悪くないものだ」


 今日の帰り際、晴香が私たちに言ったこと。


 ――『せっかくなので、この八人でグループ作ろうよ! いろいろお話したいし!』


 私はグループという機能に疎く、クラスや事務的なものを除き招待された経験がない。

 

 どちらも活発に話をしているわけではなく、一般的に思い描かれる青春とは程遠いと言えるだろう。


 学年関係なく、それこそ友人のようなグループに招待されたのは……今回が初めてだった。


 皆、楽しそうに話をしていたのが印象に残っている。


 それこそ昴の削除のくだりなど――


 フフ、思い出すだけで笑ってしまいそうだ。


「ひょっとして、司様や昴様の……?」

「ああ、彼らも一緒だ」

「……なるほど」


 どこか興味深そうに、椿が呟く。


「沙夜様」


 椿の手が止まる。


 気になって見上げてみると、目の前の椿は真剣な様子で私を見ていた。


 無表情には変わらないが……付き合いの長い私にはよく分かる。


 これは……私を案じている顔だった。


「なんだ?」

「……私は、()()()()()()()()()でございます。ゆえに、貴方様の『目的』を否定するつもりはございません」

「……うむ」

「ですが――」


 月のように美しい瞳が……一瞬、揺れた。

 

 それは――私の大好きな瞳で。


 幼き日の私と椿を……思い出す。


()()()のことも……どうか大切になさってください」


 淡々とした言葉から、彼女の想いを感じた。


「沙夜様はもう三年生なのです。高校生として自由に過ごせる時間も残り――」

「椿」

「っ……」


 強く、名前を呼ぶ。

 

 椿は怯んだように口を噤んだ。


 言いたいことは分かる。

 私を案じてくれていることも嬉しく思う。


 椿の言っていることは、なにも間違ってはいない。


 だが。


「私のことなど――どうでもいいのだよ」


 フッと笑う私を、椿は表情を変えずに見下ろしている。

 

「……」

「私は私の目的のために、最善を尽くす。その結果……どう思われようと構わない。私への感情など……なにも重要ではない」

「沙夜様……」


 ――『逃げたいときは逃げてもいいんだよ』


「私はただ……()()()()()


 救われた、あの日から。


 私は……それだけのためにここまで来た。

 

 私が、私でいられる理由。


「――『彼』を」


 その幸せが、仮初のうえに立っているのだとしたら。

 その幸せが、幸福な夢の中でしか見られないものだとしたら。

 

 いったい誰が、それを壊せる?

 

 いったい誰が、本当の幸せを手繰り寄せることができる?


 太陽が沈めば、月が出るように。

 雲が消えて、星が見えるように。


 『その時』は……絶対に訪れる。


 いつまでも、泡沫の『今』に縋ることはできない。


 待って。

 待って。

 待って。

 待って。



 待ち続けて。




 私は絶対に……『私』を捨てるわけにはいかない。



 紛い物の幸せなど……私は認めない。



 ――絶対に、救わなくてはならないのだ。


 


 彼を。




 そしてその先に待つであろう──




「――()()

 





 ――『あぁ? 知らねぇよんなもん。オレはオレ。オマエはオマエ。いーじゃねぇかそれで。うだうだ言ってんじゃねぇよめんどくせぇ女だな』




 救い無くして『再会』はない。

 破壊無くして『救い』はない。

 


 私のすべてはただ『彼ら』のためだけに。


 

 例え、その果てになにが待ち受けようと──





 私は――星那沙夜(夜闇)であり続ける。



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