第13話 青葉昴はメインヒロインとお話する
「え、二人?」
「はい」
なるほど。
「それは俗にいう俺とお前っていう意味の二人?」
「ええ。私と、青葉さんです」
なるほど?
………ふーん。
やるじゃん、月ノ瀬。
…………。
――え、ホントになんで?
「そんなに警戒心を抱かれるのは……ちょっと心外です」
拗ねるように小さく唇を尖らせる。可愛い。
実際、予想もしていないお誘いにビビったのは事実だ。
一緒のグループにこそ所属しているが、二人で話す機会なんて全然無かったわけだし。
むしろ俺と二人で話したいって……なに?
まぁ……別に男女といってもよく話す仲ではあるし。
二人で話すことなんて珍しい話ではないだろう。
月ノ瀬だって、特に深く考えていないはずだ。
むしろ変に警戒して申し訳ない気持ちが沸き上がって来た。
「え、でも俺……今手持ちが少なくて……」
申し訳なさそうにポケットを抑える仕草をする。
その様子に月ノ瀬はムッと顔をしかめた。
「あの……私をなんだと思っているんですか?」
「……メインヒロイン筆頭格?」
間違いなく筆頭格。これは間違いない。
今のところメインヒロイン属性しかない。
「ふふ、なんですかそれ。青葉さんの中でメインヒロインは、お金を巻き上げるんですか?」
「巻き上げないなぁ」
「でしょう? では私もそんなことはしません」
俺の冗談に月ノ瀬は笑う。
「ほんじゃま、せっかくお誘いをいただいたんでね。いいぜ、話すか」
「では少し歩きましょうか。ここだと朝陽さんたちに聞こえてしまうかもしれないので……」
だな、と頷く。
俺と月ノ瀬は空き教室から離れ、廊下の半分ほどまで歩いた。
月ノ瀬が窓から空を眺め、眩しさに目を細める。
反対に俺は窓側に背を預けるようにして立った。
「で? 月ノ瀬はなにが話したいんだ?」
「なにか、といったものは特になかったのですが……」
「そうか……ならそうだなぁ」
俺のトークスキルで場を盛り上げて見せるぜ!
「――ご趣味は?」
「読書でしょうか。……ってなんですかそのお見合いみたいな質問」
ダメだわ俺のトークスキル。
緊張のせいでキレが落ちまくっている。
青葉くんだって健全な男子高校生なのだ。
美少女と二人きりになって緊張しない男なんているか? いないだろ?
え、司? ……アイツは知らん。少なくとも緊張しているようには見えない。
「青葉さんは聞かないんですか?」
脳内で謎のトークを繰り広げていた俺への質問。
おおう……ヤバい頭を切り替えないと。
「聞かないって……なにを?」
月ノ瀬は空を、俺は壁を見ながら会話をする。
「転校の日、私と朝陽さんの間になにがあったか……です」
「あー……」
俺は天井を仰ぐ。
「司には聞いたぞ。適当にはぐらかされたけどな」
「私には聞かないんですか? 二人なので答えるかもしれませんよ?」
「まぁ、でもそうだな。お前と司の間になにかあるっていうのは……もちろんそうなんだろうよ」
気になるか? と聞かれれば当然気になる。
月ノ瀬の挨拶を聞いたとき、司は明らかに不思議そうにしていた。
それを本人に言おうとしていたが、不自然に遮られていたし……。
なにかある、というのはそうなのだろう。
だけど――
「俺が聞いても司ははぐらかした。それだけ、アイツの中でお前とのことは大事な秘密ってことなんだろ」
「………」
月ノ瀬はなにも言わない。
「知ってるか? 意外と司って、俺にはなんでも話してくれるんだぜ?」
「そう……なんですか?」
「ああ。幼馴染の特権ってやつかな」
俺は肩をすくめる。
当然俺と司の付き合いは長い。
長いからこそ、お互いに気を遣わないで話すことができる。
他愛のない話だったり、悩みだったり、それこそ相談事だったり……。
司が俺になにかを秘密にするということは……あまりなかったはずなのだ。
なにかあればすぐに話してくれるし。
「その司が俺にも話せないっていうことは……そういうことなんだろうさ」
俺にも話せない秘密が二人の中にある。
別に人間は誰しも秘密を抱えているものだ。おかしな話ではない。
でも、少しだけ。本当に少しだけ……。
悔しい。
「なのに、ただ俺が知りたいってだけで月ノ瀬にコッソリ聞くってのは……ちょっと違うよな。だから待ってるよ。どうせいつか話してくれるだろ」
「なるほど……私、青葉さんにだけは話してるのかなって少し思っていました」
「アイツはそんなんじゃねぇよ。信じてやってくれ」
会話が止まる。
月ノ瀬はそれを俺に聞きたかったのだろうか?
なんか違う気もするが……。
すると時間を空けて、月ノ瀬が再び口を開いた。
「朝陽さんを見ていて思いました」
「ほう」
「転校してから二週間ほどしか経っていませんが……朝陽さんって、仲のいい女性がたくさんいるんですね」
月ノ瀬の言葉に俺は思わず笑みをこぼす。
「マジでそうだぞ。ラブコメの主人公かってくらいすごいからな、アイツ」
「ふふ。私が転校して来た日も、青葉さん叫んでいましたもんね」
つい最近の話だが、なんだか懐かしく感じる。
あんときはもう、司のラブコメ主人公力の限界突破に怒り狂ったからな。
「そりゃ叫ぶだろ。そもそも転校してきた子が実は~なんて、漫画の世界だっつの」
むしろ漫画ですら最近は見ないベッタベタな展開だぞ。
「もし――」
「あん?」
「もし私も、朝陽さんに好意を寄せていると言ったら――どうしますか?」
――は?
突然の言葉に、俺は思わず隣の月ノ瀬を見る。
視界の先では、青く澄んだ美しい瞳が俺をジッと見つめていた。
真剣なその表情から、ふざけて聞いているのではないと分かる。
「なるほどなるほど……お前が司のこと好きだったらって話か?」
「はい。もしも……ですけど」
なるほど。もしも……ね。
俺は再び正面を向く。
「――別にいいんじゃね?」
だったら俺も、ちゃんと答えておくことにしよう。
「えっ?」
あまりにも軽すぎる返答に月ノ瀬は驚いた。
俺からしたら、この程度の質問はなんてことはない。
俺はピン、と人差し指を立てる。
「あのな、月ノ瀬」
「は、はい」
「俺はガキの頃から散々言われてきてんだよ。司くんって好きな人いるの? 司くんってどんな人がタイプなの? 司くんのこと好きなんだけど……。司くん司くん――ってな」
驚きはしたが、意外ではない。
なぜなら司に好意を寄せる女子なんて、俺の周りで数多く存在してきたからだ。
「だから別に、司のことが好きになった――なんて言われても、俺からしたら『はいそうですか』って案件なんだよ」
呆れてはいるが、そこに怒りはない。
司のモテっぷりには嫉妬心爆発ではあるが、アイツのことは俺が一番よく理解している。……はず。
そんな司を理解して、好きだと言ってくれる女子がいるのだ。悪い気はしない。
むしろしょうもない男を好きになるくらいなら、司を好きになれって話である。
「月ノ瀬、お前がどんな返事を期待していたのかは知らない。だけどな――」
俺は月ノ瀬に顔を向ける。
「アイツは大丈夫だ。お前のその気持ちは……間違ってない」
「青葉さん……」
俺の視線に気が付いた月ノ瀬はこちらを見る。
目が合い……俺はニッと笑ってやった。
月ノ瀬も……安心したように笑う。
「ありがとうございます、青葉さん。――あ、もしもの話ですからね?」
「へいへい。もしもな、もしも。分かってますよっと。……そろそろ戻るか」
いい加減戻らないと司たちに不審がられてしまうだろう。
俺は月ノ瀬を置いて、歩き出した。
「もう。本当に分かってます?」
俺を追うようにして月ノ瀬も歩き出す。
「……」
――分かってるよ月ノ瀬。本当に『もしも』の話だってな。
お前がもしもって言ったから、俺ももしもで答えただけだ。
だって月ノ瀬、お前さ。
司どころか――
俺たちのこと全員好きじゃないだろ?
× × ×
「おっ、昴。戻ってくるの遅かったな」
「あれ……月ノ瀬さんも一緒だったんだ」
「いやーそうなんだよ。タイミングよく会ってさ。最近の日本の政治について少々お話をね……」
「あんたがそんな話できるわけないでしょ。月ノ瀬さん、大丈夫だった? 変なことされてない?」
「ふふ。大丈夫ですよ。楽しくお話させていただきました」
月ノ瀬との話を切り上げ、俺たちは空き教室へと戻っていた。
「みんなごめんね! ちょっと時間かかっちゃって……」
「おっ、やっときたな蓮見」
タイミングよく、蓮見も合流。
改めてメンバーが揃った俺たちは、それぞれ答え合わせなり明日の勉強なりに取りかかった。
いつも通り、シャーペンを持って俺がボーっとしていると――
「なぁなぁ、昴」
なにやらニヤニヤした司が話しかけてきた。
なんだコイツ。なんでニヤけてんの?
「んだよ?」
「月ノ瀬さんと二人でなに話してたんだよ?」
あー……それかよ。
コイツ、自分の恋愛には鈍感なくせに人のことになると楽しそうにするよなぁ。
そういうところもホント、つくづくラブコメ主人公っぽい。
俺は溜息をついて、シャーペンで司の額を突き刺……そうと思ったが、それはやめて軽くその頭を叩いた。
「いたっ!」
「別にたいした話はしてねぇよ。青葉さんってカッコイイんですねって話をだな――」
「あーそれはないだろ」
「司くん???」
なんでどいつもこいつも信じてくれないの? いや嘘であることはそうなんだけどさ。
なーんだ、と司はつまらそうな顔を浮かべてそのまま勉強に戻る。
コイツまじで……。
俺のことはどうでもいいから自分の鈍感具合を直せって。
――なんて、今更言ったところで『え? なんの話だよ?』って返されるのがオチだけど。
「……」
ふと、月ノ瀬に視線を向ける。
「えっ、すごい月ノ瀬さん! 絶対九十点超えてるよ!」
「答え合わせ通りだったらって話なので……まだ分かりませんよ」
「……なんか、学力の違いを見せつけられた気がする」
女子メンバーでワイワイ答え合わせで盛り上がっていた。
笑顔を浮かべて、とても楽しそうに見える。
見える。
月ノ瀬玲は綺麗に微笑んでいる、ように見える。
月ノ瀬玲は拗ねている、ように見える。
月ノ瀬玲は楽しんでいる、ように見える
――見える。
言葉遣いをはじめとする丁寧すぎる動作。
完璧すぎる表情管理。
それはとても自然で、そこに違和感を持つことなんてないだろう。
「青葉、なに月ノ瀬さんをジッと見てるの? 通報するよ?」
「見てるだけなのに!? 美少女を見てなにが悪い!」
「開き直っちゃったよ青葉くん……」
――ま、どちらにしても。
俺は月ノ瀬のことをなにも知らない。
知らなくても構わないと思った。
彼女はあの日、俺たちを『お友達』だと言ってくれた。
それだけは確かだと――信じたかった。