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第101.5話 川咲日向は寄り添いたい

「兄さん、大丈夫?」

「司先輩、してほしいことがあればなんでも言ってくださいね!」

「うん、ありがとう。二人のおかげでだいぶ落ち着いたよ」


 司先輩を生徒会室から連れ出したあと、あたしたちは中庭の木陰で座って休んでいた。


 真っ青だった顔も少しずつ調子が戻って来ているようで、汗も止まっている。


 志乃は先輩に寄り添いながらも、未だ不安そうにしている。

 

 お兄ちゃんのあんな様子を見てしまったら、心配に思うのは家族として当たり前だと思う。


 あたしはというと――悔しかった。


 ――『お前も付き添ってやれ。頼めるか?』


 昴先輩に声をかけられるまで、ただ呆然と突っ立っていた。


 大好きな先輩が目の前で苦しそうにしているのに。


 動けなかった。

 声をかけられなかった。


 それが――心の底から悔しかった。


「……はぁ」


 がっくりと項垂れ、先輩がため息をつく。


「ホントにごめんね、二人とも」


 先輩らしくない、力の無い笑み。


「蓮見さんたちにも情けない姿を――」


 その姿を見てあたしは。


「情けなくなんてないです!」


 どうしても、叫ばずにいられなかった。


 驚いた先輩と志乃があたしのほうを向く。

 

 まだ全然考えは整理できてないけど。


 叫んだところでなんて言えばいいのか分からないけど。


 それでもあたしは――!


「先輩が情けなかったことなんて一回もないです!」


 そうだ。情けなくない。

 

 これまで先輩とは五年くらい一緒に居るけど、情けない人だと思ったことは一回もない。


 先輩はいつも優しくて、かっこよくて。

 困ってる人を絶対に放っておけない人で。


 いつも、あの優しい笑顔で『大丈夫だよ』って言ってくれる。


 あたしたちを安心させてくれる。


 あたしはそんな先輩だから――


 ――『努力を続けられるだけで、君は十分すごいよ。その頑張りを、ほかでもない……君自身が否定しちゃダメだ』


 中一のあの日、あなたに憧れたんです。


 好きに、なったんです。


「あたしはバカだから、難しい話なんて全然分かりません」


 司先輩が抱えているものは、ある程度理解している。

 

 辛くて、重くて……あたしなんか想像できないくらい大きなものを抱え込んでいるんだろう。

 

 それはきっと……昴先輩も。


 そんな先輩たちをあたしはずっと見てきた。


 あたしたちを守ってくれるその背中に少しでも追いつけるように、頑張ってきた。


 だけど……あたしには自分が知っている以上のことは分からない。


「分からないけど!」


 そんなあたしでも、分かることは一個だけある。


「別にいいじゃないですか! 弱い姿を見せたって! 弱いところがあったって!」

「日向……」

「だ、誰だってそういうのありますもん! その、自分の弱点とか、ダメな姿とか……あるじゃないですか!」


 言葉は纏まっていなくて。


 自分でも、なにを言っているのかよく分からなくて。


「だから情けないとか、そうじゃなくて……!」


 あたしは司先輩のように、他人のことをしっかり理解できる人間ではない。


 昴先輩のように、自分の考えを分かりやすく伝えることなんてできない。


 あたしにできることなんて――結局、一つしかないんだ。


 拳をギュッと握りしめて、あたしは司先輩の顔を見て想いをぶつける。


「先輩の弱さ、もっと見せてくださいよ!」


 思ったことをそのまま伝える。


 ストレートに。正直に。


 あたしは、それしかできないから。


「あたしも……もっと頑張りますから! 先輩のことを支えられるように頑張りますから! だから――!」


 あたしが一番伝えたかったこと。


 それは。


「自分のことを情けないなんて言わないでください! 誰よりも優しくて、誰よりも誰かのために頑張ってる自分を……ほかでもない先輩自身が否定しちゃダメです!」


 先輩はあたしの言葉でハッと目を見開く。


 先輩なら……分かってくれますよね。


「日向、その言葉って……」


 先輩の疑問に、あたしはすぐに「そうです」と頷いた。


「覚えてますか? 先輩と出会ってまだ間もないとき、あたしがかけてもらった言葉です」

「……うん、そうだったね。もちろん覚えてるよ」

「あの言葉があったからあたしは今、好きなことに全力を出せているんです」

 

 中一のとき、志乃と出会って……あたしは志乃のお兄さんと、その友達の昴先輩を紹介された。


 司先輩は初対面から優しい人で、いいお兄さんなんだろうなぁって思った。


 昴先輩も……まぁ『あのまま』で、無駄に明るくて変なことばかり言う人だった。


 あたしは小学生の頃からバスケ部に入ってて、中学に入ってからも当然のように入部した。


 中学でも頑張るぞー! って、そういう気持ちでいっぱいだったなぁ。


 だけど、当時のバスケ部はすごく弱いチームで……なんというか、全体的にやる気のないチームだった。


 部活に入らないといけない規則だから入ってるだけとか。

 別に興味ないけど、なんとなくで入っただけとか。


 そういう人が大半を占めていたから……チームの雰囲気も……そういう感じだった。


 別にそれ自体は悪いことではないし、勝ちたいって思って真面目に練習をしている部員もいた。


 あたしも一日でも早く戦力になりたくて、試合に出たくて……放課後や昼休みによく一人で残って練習してた。


 バスケが好きだったから。

 生半可な気持ちでやりたくなかったから。


 それを見た部活の先輩に……あたしはある日、こう言われた。


 『一人でそんなに頑張ってどうするの? 無駄な努力ってやつ? それともアピールのつもり?』――って。


 悲しかった。

 言い返したくて仕方が無かった。


 あたしはチームに対して文句を言ったことなかったし、残って練習することだって周りに強制したことは一回もない。


 それでも……そんなことを言われて。


 なんだか……続けるのがバカらしくなった。


 だったら別に……なにもしなくていいんじゃないかって。


 悔しくて。

 悔しくて。


 その悔しさをぶつけるように、あたしはその日――たった一人で練習をしていた。


 もう終わりにしてやるって。

 今日で最後だって。


 そんなとき――委員会の仕事かなにかで、ふらっと体育館にやってきたのが……司先輩だ。


 『お、今日も練習? 俺もたまに体育館の近くを通るとき様子を見てるけど……いつも頑張ってるよね、川咲さん。努力家って感じ』


 穏やかな笑顔でそう言われて――あたしはつい、チームメイトに言われたことを話してしまった。


 『あたしのやってることは無駄なんです。無駄な努力なんですって。だったら別にやらなくていいのかなって』


 そう言ったあたしに……司先輩は言ってくれたんだ。


『努力を続けられるだけで、君は十分すごいよ。その頑張りを、ほかでもない……君自身が否定しちゃダメだ。例え周りから否定されても、俺は……君の努力を肯定したいって思う。勝手だけどね』


 それがあたしの――初恋の瞬間だった。


 それから司先輩は時間があるとき、昴先輩や志乃に声をかけて……あたしと一緒にバスケをしてくれた。


 少しでもあたしの練習相手になれるなら――って。


 昴先輩も『やれやれ。昴先輩の超絶バスケテクを見せてやるぜ』とか言って、なんだかんだ文句を言いながらいつも相手してくれた。


 実際、あたしもビックリするくらいバスケが上手くて腹が立ったことをまだ覚えている。


 先輩のおかげで……あたしは、『好き』を諦めないでいることができた。


 全部全部……先輩があのときかけてくれた言葉のおかげ。


 あの日、先輩が体育館に来なかったら……あたしはもうバスケを辞めていたかもしれないから。


「先輩から見たら、あたしは全然頼りない後輩かもしれません。ただのバカな後輩かもしれません」


 自分の瞳から流れる涙に、気にもせず。


 あたしはただひたすらに、自分の中で溢れる言葉を口にする。


「それでも、頼ってほしいんです。だから、だから……!」


 もう……!

 どうしてあたしはこんなにダメなんだろう。


 自分の気持ちすら、ちゃんと伝えることができない。

 大好きな人が苦しんでいるとき、なにもできない。


 本当に、本当に――


「日向」


 優しい声が、あたしを呼んだ。


 たった一言、あたしの名前を呼んだだけなのに……モヤモヤする気持ちがどこかへ行った。


 先輩は穏やかにふっと笑って――


「ありがとう。俺にとって日向は、いつも元気をくれる頼れる後輩だよ」


 ――あぁ。


 やっぱりあたし、この人のこと……大好きだなぁ。


「ほら日向、涙でぐちゃぐちゃになってるよ?」

「だだだ、だって志乃ぉ~!! 先輩がぁ~! しぇんぱいが~!!」


 柔らかな感触があたしの肌に触れる。


 ハンカチを取り出した志乃が、あたしの目元を拭う。


 志乃は「はいはい」と言いながら仕方なさそうな、だけどちょっと嬉しそうな……そんな笑顔を浮かべていた。


「兄さん、日向の言う通りだよ。自分を情けないなんて言っちゃダメ」


 あたしの目元を拭い終えると志乃は「よし」ともう一度微笑み、司先輩に向き直った。


「蓮見先輩たちも、そんな風に思わないはずだよ。それは兄さんが一番よく分かってるでしょ?」

「それは……そうだな」

「うん。むしろ、今頃凄く心配に思ってるんじゃないかな」


 たしかに、昴先輩たちはどうしているのだろう。


 あの人のことだから、きっと上手いことやってると思うけど……。


「兄さんには先輩たちや私たち、それに……昴さんもいるんだから」

「はは……頼りになる友達ばかりだな?」

「そうだよ? だからきっと、なにかあれば助けてくれる。そういう人たちに兄さんは囲まれてるの」


 志乃の言う通り、先輩の周りに素敵な人たちが集まっている。


「人気者な兄を持って、妹として幸せです――なんてね」

「志乃も日向も、ずいぶんと言うようになったなぁ。誰の影響を受けたんだ?」

「ふふ、誰だろうね?」

「へへへ!」


 やっといつもの司先輩らしくなってきた。


 やっぱりこの人には、笑っていて欲しい。

 辛いときには、支えたい。


 みんなきっと、そう思っているに違いないと思う。


「本当にありがとな、二人とも」


 ぽん――と。


 あたしと志乃の頭の上に、手が乗せられた。

 温かくて、優しい……安心する手。


 あたしと志乃は顔を見合わせ――


「ふふ」

「えへへ」


 笑う。


 志乃もきっと……目指している場所があるんだと思う。

 それがなにかは分からないけど……。


 親友だから、なんとなく分かるんだ。


 志乃の願いが叶うように。


 志乃が『そこ』へ辿り着けるように。


 あたしも応援しよう。


「さてと、そろそろみんなのところへ戻ろうか」


 あたしたちから手を離し、先輩は立ち上がった。


「先輩、もう大丈夫なんです?」

「うん。頼れる後輩たちからパワーをもらったからね」

「おー! ならよかったです! 日向ちゃんパワーならいつでもあげちゃいますよ!」

「日向ちゃんパワーかぁ……逆に元気が有り余って大変そうだなぁ」

「ちょっと志乃ー! 大変そうとか言わないでよ~!!」


 中庭に、三人の笑い声が響き渡る。


「行こう。昴たちが待ってる」


 弱くたっていいんだ。


 支えてくれる、素敵な先輩たちがいるから。


 さまざまなものを抱えながら、負けずに一歩踏み出す司先輩に続くように。


 あたしたちも歩き出した。


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