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第99話 青葉昴は覚悟を問う

 会長さんとの話が終わった俺は、生徒会室の扉を開く。


 と、同時に――


「青葉!」

「青葉くん……」

「……青葉」

「おぉうビックリした……」


 中で待っていた月ノ瀬たちが、椅子から立ち上がり一斉に声をかけてきた。


 うーむ……これはまだ全然落ち着いている感じはしないな。


 いきなり飛び出して行ったのは、少し良くなかったかもしれない……。


 室内の空気は重く、三人の表情は未だに曇っている。

 

 みんな、司のことが心配なのだろう。


 さて……ここからどうするかな。


 俺の役目は、この先に支障が出ないように場を整えること。


 となると、手始めにコイツらの中に巣食う『不安』をどうにかしないといけない。


「生徒会長さんと……」


 ぼんやりと方向性を考えていると、渚が口を開いた。


「生徒会長さんと、なにか話してきたの」


 ……ま、お前ならそう聞いてくるだろうな。


「いや、たいした話はしてねぇ」


 しかし俺は、すぐに首を左右に振って答える。


 会長さんとの話を伝えることに意味は感じない。


 伝えたところで、より三人を困惑させるだけだ。


 俺の話なんてどうでもいい。

 今、重要なことは……司の話だ。


 質問に対する返答に、渚が納得いかなそうにこちらを見ているが……当然、無視。


 室内を移動して席に座り、俺は一息つく。


 会長さんがいないからか、少しだけ肩が軽くなった気がした。


「あ、青葉くん……! 私……!」


 震えたその声が、俺を呼ぶ。


 泣きそうな……というか、泣いていたのだろう。


 潤み、充血したその瞳を見ただけで蓮見の不安が伝わってきた。


 一番不安定なのはコイツか……。

 そりゃそうだろうなぁ。


 好きな人をあんな風にさせてしまった原因は自分かもしれない――


 そう思うだけで、居ても立っても居られなくなるはずだ。 


 アイツをよく知っている俺に、その訳を聞きたくなるよな。


「落ち着け蓮見。お前らも……一回座れよ」


 俺は穏やかでいることに務め、三人に座るように促す。


 志乃ちゃんと日向がいなければ、今頃俺はこんな平常心でいられなかったかもしれない。


 それに加え、会長さんにあそこまで予想を飛び超えられたことで逆に頭が冷えた。


 そういう意味では二人と……ついでに一人に感謝だな。


 ── 『()()を用意しておいて正解だったな』


 まぁそれも、すべて見抜かれていたわけだが……。


 あの人は生徒会室から出る直前、俺を一瞥していた。


 まるで誘うように、自分を追って来させるように――


 いったいどこまで、あの人が描くシナリオ通りなんだ?


 俺が今、冷静な気持ちでここに座っていることすら『想定通り』なのか?


 ……全然分からねぇ。


 とりあえずそれは置いとくとしよう。


 それぞれ並んで席に着いたことを確認して、俺は蓮見へと話を続ける。


「さっきも言ったけど……蓮見、お前はなにも悪くない。アレは偶然が重なってしまっただけだ」

 

 そう、アレは本当に偶然の重なりなのだ。


 例え、星那沙夜がすべて仕組んでいたものだとしても。


 蓮見じゃなくても……きっと司はああなっていた。


 相手が月ノ瀬でも、渚でも……こうなることは避けられなかっただろう。


「だから……ま、気にすんな」


 とは言ったものの、無理なことは分かってる。


 気にしないなんて……絶対に無理だ。


 それでも今は、気休めだとしてもこう言うしかない。


「気にするなってアンタ……それは流石に無理に決まってるわよ……」


 蓮見の右隣に座る月ノ瀬が、眉をひそめた。


「あのときの司は……普通じゃなかったもの」

「……うん」


 俯く蓮見が小さく頷く。


「ねぇ青葉、アンタは……アンタや志乃、日向は司の事情を知っているのよね?」

「……そうだな」

 

 ここで嘘を言う理由はないため、俺は月ノ瀬の言葉を肯定する。


「それはそうよね。だから、アンタはすぐ二人に司を任せた。でなければ……志乃たちもすんなり受け入れるわけないでしょうし」


 流石というべきか……月ノ瀬は冷静に状況を整理している。


 分からないことだらけのはずなのに、月ノ瀬なりに考えを纏めていた。

 

 そのまま蓮見、渚へと視線を向け……もう一度、俺をジッと見つめる。

 

 綺麗なその空色の瞳は、どこかの真紅から感じるような恐怖感は一切纏っていない。

 

 純粋で真っすぐな想いだけを宿していた。

 

 なにが言いたいのか。

 なにを求めているのか。


 言葉にせずとも、しっかり……伝わって来た。



 ――ならばこちらも、真剣に応えよう。



 ここから先、生半可な覚悟で立ち入ることは俺が絶対に許さない。



「――知りたいか?」



 一瞬――『空』が揺れる。

 そして、より強い覚悟を宿して俺を再び射抜いた。


 それに呼応するように、俯いていた蓮見が顔を上げる。


 俺はなにも言わず、不安で歪むその顔を見つめた。

 

「……っ」


 覚悟がないなら立ち去れ。


 この先に進む『想い』がないのなら、お前の『想い』がその程度のものなら――


 俺はこれ以上、お前に用はない。


 不安なのは分かる。

 悲しいのは分かる。

 逃げ出したいのは分かる。


 ――だけど。


 それでも、その先に進みたいのなら。


 アイツに近付きたいのなら。


 俺から――目を逸らすな、蓮見晴香。どうか逸らさないでくれ。


 お前はこんなところでドロップしていい登場人物ヒロインではない。


 そんな、俺の気持ちに応えるかのように。


 蓮見は下唇をグッと噛み……正面から、俺を見据えた。


 溢れる気持ちを抑えて。

 吐き出したい言葉を抑えて。


 俺の先にいる――朝陽司という男を知るために。


「……よし」


 安心のせいか、言葉が漏れる。

 

 上出来だ、蓮見。


 最後は――


「……うぉっ」

「なに」


 視線を向ける前に、すでに渚は俺を見ていた。


 不安や動揺、焦り……それらは一切感じない。

 

 その瞳は――ほかでもない、『俺』を真っすぐ見ていた。


 朝陽司ではなく……青葉昴を。


 ……あぁ、そうだよな。


 お前は……『そう』だよな。


 ったく、やりづれぇ。


「なんでもねぇよ」

 

 渚から目を逸らし、俺は改めて三人を見回す。


 俺も……覚悟を決めないとな。

 

 コイツらに託す――覚悟を。 


 星那沙夜は、すでに司の事情を理解している。

 どこまでかは分からないが……。


 本人は『すべて』と言っていた。


 言葉通り司のすべてを知っているのだとしたら。


 知っているうえで、司を辛い目に遭わせるつもりなら。


 俺にとって――最大の障害になる。


 あの人に好き勝手させないためには、まずは月ノ瀬たちを同じステージに上げる必要がある。


 情報という最大の武器を、会長さんだけに握らせておくのはあまりにも危険すぎる。


 これは――俺にとって一種の賭け。


 司の『傷』を話すということは、相応の覚悟が必要だ。

 もしかしたら、司から離れて行ってしまうかもしれない。


 司への印象を大きく変えてしまうかもしれない。


 だけど。


 だけど、コイツらなら――


「いいか? 俺はお前らだから、話す。お前らだから……話すと決めた」


 真っすぐで、純粋な想いを抱くコイツらなら――きっと。


 司を癒すための鍵になってくれる。

 

 そう……信じて。


「他言無用だ。絶対にだ。いいな」


 一切おふざけのない……俺の心からの言葉。


 三人は顔を見合わせ……迷わず頷き合う。


「分かったわ」

「うん、約束する」

「……分かった」


 それぞれ言葉を口にして、俺の顔を見る。


 

 それなら――開けるとしよう。


 朝陽司へ続く――扉を。


 


 自分の意思で、アイツのことを……大事な親友のことを話そうと思ったのは。




 お前らが初めてだよ。




 舞台装置はどこまで行っても装置にしかなれない。


 役者たちと同じ舞台に上がることなんてできない。



 物語を動かすのは。


 物語を変えるのは。


 最後の結末に触れるのは――お前たち(役者)にしか、できないことなんだ。


 

 そのための材料を今から与えよう。

 

 

 そして――俺という存在を利用してくれ。



「どうしてさっき、司が()()なったのか――」


 今の司を形作って()()()()要因。


「単刀直入に言う」



 それは。





「アイツは実の母親からずっと暴力を振るわれ続けていたんだ。毎日、毎日……ずっとな」






 息を呑む音が聞こえてきた。


 本題は――ここからだ。



 すまねぇ司。

 あとでちゃんと謝罪はする。


 勝手だけど……お前の話をさせてもらうぜ。


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