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第95話 星那沙夜は掻き回す

「キミたちはどうだ? 好きな女の子は――いるのか?」


 ――。


 生徒会室内に緊張が走り、視線が司と俺に一斉に向いた。


 大元である会長さんは上機嫌そうにニコニコと笑っている。


 ったく……面倒な爆弾放り込んできやがって。


 完全にこっちの質問が本題だっただろ。


 月ノ瀬への質問は、そのための足掛かりに過ぎなかったはずだ。


 周囲に意識させるだけさせて……本題へと持っていく。


 月ノ瀬が……月ノ瀬たちが誰を好きかなんて、見れば分かるのだから改めて聞く必要なんてないのに。


 まぁ、ガールズトークの一環だと言ってしまえばそこまでだろうが……。


 それだけではないことは、容易に想像がつく。


「え、好きな女の子ですか?」


 女子たちの気持ちなどつゆ知らず、司は呆けた表情で会長さんに問いかけた。 


「ああ、そうだ。もちろん恋愛的な意味で、だぞ?」

「れ、恋愛的にって……いきなり過ぎません……?」


 フッと笑って放たれたその言葉に、室内の緊張感がより一層強まる。


 別に質問自体におかしいことはなにもない。


 『好きな人いるのー?』なんて、男子も女子も当たり前のように行う会話の一つだ。


 ましてや俺たちのような高校生なら尚更だ。


 俺だって、冗談で同じようなことを言って司を弄ったりからかったりしている。


 恐らく、会長さんではなく俺が司に同じことを質問した場合……現在のような空気にはなってはいないはずだ。


 まーた青葉がふざけて変なことを聞いてるよ……といった感じで流されるだろう。


 しかし、会長さんが質問することによって受け取り方が大きく変わる。


 この人は普段から司に対して思わせぶりな言動が多く見受けられるが、実際に好意を寄せているかどうかは不明なのだ。


 月ノ瀬や蓮見、日向のように……誰が見ても明らかなレベルとはまた違うから。


 会長さんのことだ。

 きっと意図してそのように振る舞っているのだろう。


 星那沙夜は、ひょっとして司のことが好きなのではないだろうか――?


 そう……周囲に思わせるだけで、その本心は決して見せない。


 そんな人が、急に好きな人を尋ねて来たらどう思うだろうか?


 司はともかく、月ノ瀬たちは……当然驚くことだろう。


 やっぱり――? と、モヤモヤした気持ちを抱かせることになるだろう。


 それに、司だけではなく俺も巻き込んでいるというのがまた……実に厄介極まりない。


 そして。


 会長さんはこのあと、俺たちがなんて答えるのかなんて……分かっているはずだ。


 分かっているうえで……聞いているのだ。


「それで……いるのか? 好きな女子は」

「う、うーん……」


 司は困ったように考え込んだあと、答えを告げた。


「そういう意味での『好き』は……今のところいない、ですね」


 その言葉に対して、安心したように息を漏らす音が聞こえてくる。


 ――そうだよな。いないよな。


 そう答えるのなんて分かりきっている。


 ここで急に『実は月ノ瀬さんが……』とか『実はいるんですよ……』とか言われたら、俺も予想外過ぎて椅子から転げ落ちる自信しかない。 


 だだだだ、誰ぇ!? って聞きまくる自信しかない。


 会長さんもやはりそう思っていたのだろう。


 浮かべているその微笑みを崩すことなく話を続けた。


「おや、こんなに美少女がいるのだぞ? 夢のような光景ではないか」

「会長さん、それはマジで同意っす」

「フッ、そうだろう?」


 やべ、思わず同意しちゃった。

 その通り過ぎて普通に反応しちゃった。


「夢のような……って。た、たしかに……その。みんな魅力的な女の子だとは思いますが……」


 あ、今ので何人か顔赤くしてる。


 志乃ちゃんはちょっと不満そうにしてる。可愛い。

 渚は……相変わらず眠そうにボーっとしてるけど話を聞こうとしている。


 司は自分の発言が恥ずかしかったのか、「と、とにかく! いないです!」と早口で自分の話を終わらせた。


 返答は予想通りではあったが、月ノ瀬たちを魅力的な女の子だと認識していると分かっただけでも……。


 彼女たちにとっては、より司を意識させる材料になったのではないだろうか。


 完全に脈無し、ということではないのだから。


「そうか、たしかに魅力的な子が多いな。それなら――」


 会長さんは月ノ瀬たち女子メンバーを一人一人見ていき……。


 どこか不敵な笑みを浮かべて、ゆっくりとその言葉を口にした。

 

「私も……もっと()()()()()()、だな」

「えっ?」 


 まるで挑発するかのように。


 困った様子の司ではなく……女子たちに向かって言うかのように。


「ちょーっと先輩! そっ、それってどういう意味ですかぁ!?」


 日向が慌ててその言葉の意味を尋ねるが、会長さんはただ「……ん?」と首をかしげるだけでなにも言わなかった。


 頑張らないと――ね。


 なにを頑張るつもりなのかは……俺には、俺たちには知る由もなく。


 ただ会長さんの好きなように場を引っ掻き回されていた。


「では昴、次はキミだ」


 真紅の瞳がこちらに向く。


 ――相変わらず見ているだけで胸騒ぎがする目をしている。


 その綺麗な宝石の中には……なにが埋まっているのだろうか。

 その不気味な輝きの源は……いったいなんなのだろうか。


「えー、俺もっすかぁ? そんな修学旅行の夜みたいな……」


 俺は椅子の背もたれにダラーっと寄りかかり、軽い調子で返事をする。


「ああ、キミもだ。答えたまえ」

「そうだぞ昴! 俺にだけ恥ずかしい思いをさせるなよ! 逃がさないからな?」

「逃がさないなんて……そんな恥ずかしいっっ!!」

 

 逃がさないというセリフは、ぜひ美少女から言われてみたいものだ。例えば志乃ちゃんとか。


 月ノ瀬や渚の場合は……命の危機を感じそうな『逃がさない』だから絶対に怖い。


「まぁたしかに? 超絶イケメンハイスペック系男子である俺の好きな人が知りたいっていうあなたたちの気持ちも分かりますが――っておい。なんで一斉に目逸らした? せめて一人くらいはこっち見てくれない?」


 あービックリした。

 急にみんなそっぽ向くんだもん。


 とはいえ……あまりふざけ過ぎても仕方がない。


 適度に流して、さっさとこの空気を変えたほうがいいだろう。


「恋愛的な好きでしょ? んー……いねぇっすな。特に」

「はぇー、昴先輩好きな人いないんだ。普段あんなに美少女とかリア充とか言ってるのに」


 アホっぽく口をポケーっと開けていた日向が反応する。


「んだと? じゃあお前でいいや。俺と付き合え日向。仕方なく付き合ってやる」

「なにもかもが最低なんですけど!? 絶対イヤなんですけど!?」

「おいコラ! なにがイヤなんだよ!」

「全部ですけど!?」


 失礼な!

 人がせっかく付き合ってやるって言ったのに!


 結果的に日向にフラれてしまった俺は、ぷんぷんと憤慨しながら「じゃあこの話は終わりだ!」と強引に終了させる。


 会長さんは俺の答えに小さく頷くと、再び微笑んで――言った。

 

「――だ、そうだ。()()()()()()()()()()


 ………は?


 会長さんは特定の誰かを見ているわけではない。

 

 ――今の言葉、どういう意味だ。


 安心って?


 誰に対しての言葉だ?


 いや、そもそも……。


 ()()()()()()()()()()()()


 少しでも読み取ろうとするが、会長さんの表情がそれを許してくれない。


 綺麗すぎるその表情からは……感情を読み取ることができなかった。


「それにしても、私を含めてこんなに美少女が揃っているのに……二人ともつまらない答えだな」

「私を含めてって……さらっと自慢ですか先輩」

「おや司……だって実際にそうだろう? 私は美人ではないのか?」

「そ、それは……び、美人だと思いますけど……」

「フフ、そうだろう?」


 なにを考えているのか分からない、というのは……まさにこのことだ。


 いったいどれほどの『なにか』を、あの綺麗な皮で覆っているのだろう。


 この人は、いったいどこへ向かおうとしているのだろう。

 

 短冊に書いていたあの願い――


 『再会』。


 それは……なにを指しているのだろう。


「あ、あの! そろそろ勉強に戻りませんか!?」


 見かねた蓮見が挙手をして声をあげた。


 お、ナイス発言。

 会長さんに振り回されてたからな。


 いいタイミングで言ったぞ蓮見。


「……そうね。星名先輩、質問は一旦終了ということで」

「む、残念だが……仕方ないな」

「ひ、日向的にはまだ聞きたいことあるんですけど……!」

「さぁ日向。勉強するわよ。私がみっちり教えてあげるわね?」

「れれれ、れ、玲先輩の笑顔が怖いんですけど~!?」


 緊張感は解かれ、それぞれ勉強へと戻って行く。


 だけど……彼女たちのモヤモヤが収まることはない。


 会長さんがあんな質問をした理由は……結局分からなかったのだから。


 ドッと疲れたような気分になり、俺は息を吐く。


「あの、昴さん」


 各々が再び勉強へ取り組む中、志乃ちゃんが話しかけてきた。


「ん?」

「さっきの話なんですけど……その、生徒会長さんの質問……」

「あ、うん。それが?」


 志乃ちゃんはチラッと会長さんへ視線を向ける。


 なにを気にしているのかは分からないが、小さく咳払いをして再び俺を見た。

 

 咳払いの声も可愛いなぁ志乃ちゃんは……。へへへ。


「……や、やっぱりなんでもないです……! ごめんなさい……!」

「お、おん……?」


 志乃ちゃんはそう言うと、問題集へと視線を落とす。


 うーむ……なんか勉強って気分じゃなくなってきたけど……。

 でも必要程度にはやっておかないとな……。

 

 俺は適当な問題集を取り出して、テスト範囲内の問題をダラダラと眺める。


 今回の範囲は難しいものは少ないため、比較的にスラスラと解くことができる。

 

 ノートにシャーペンを走らせる心地良い音をBGMにしながら、俺は淡々と勉強に時間を費やしたのだった。



 しかし。



 会長さんの質問の意図。

 最後にこぼした言葉の意味。



 その答えだけは――解けなかった。


 × × ×


 ――時間は進み、夕方。


 勉強会が終わり、俺たちは生徒会室の外に出る。


 会長さんが施錠を行い……本日の勉強会は幕を閉じた。


 帰宅のため、八人は雑談をしながらぞろぞろと廊下を歩いていた。


「そうだ晴香、少し夏ものの洋服について聞きたいのだが――」

「洋服ですか!? えっ、なんでも聞いてくださいよー!」


 会話に耳を傾けながら、俺は後ろを歩く。


「……青葉」


 ボソッと呟かれた声の主は……隣を歩いていた渚だった。


 渚は俺を呼ぶと、足を止める。

 その視線は俺ではなく……先を歩く会長さんの背中に向いていた。


 なにかを考え込む表情に疑問を抱いた俺は、同じく足を止める。


「どうした?」

「……あんたはさ」


 視線を移すことなく、渚は俺を呼んだ理由を話す。


「生徒会長さんが、あんたと朝陽君にあんな質問をした理由……分かる?」


 おー……それについて考えていたのか。

 それは渚だけでなく、月ノ瀬たちも同様の疑問を抱いていたはずだろう。


「さぁ? 恋バナ的なノリじゃねーの?」


 肩をすくめて答える。


 実際俺にも分からないし、知りたい気持ちも同じだ。


 渚はようやくこちらに顔を向けると、その目をスッと細める。


「わたしは生徒会長さんのことをよく知ってるわけじゃないけど……」

「けど?」

「意味もなく、あんな質問をする人とは……思えない」

「……ほうほう」

「なにか……特別な意味があるんじゃないかって。わたしの思い過ごしならいいんだけど」


 渚は昨日、星那沙夜の裏側の一端に触れていた可能性が高い。


 だからこそ、今回コイツはこうして疑問を抱いているのだろう。


 月ノ瀬たちとはまた違う方向性の――疑問。


「……俺にも分からねぇよ」


 吐き捨てるように言った言葉に、渚が驚いた表情を見せる。


「意外。てっきりあんたは全部分かってて、わたしたちを泳がせてるんだと思ってた」

「……なんだよそれ。ずいぶん買い被ってくれてるようでありがたい話だ」

「………あ、わたし一つ分かったかも」

「は?」


 分かった、とはなんの話だろうか。


「あんたが素直に勉強会に参加した理由って……」


 怪訝そうな顔をした俺に、渚は淡々と告げる。


「ひょっとして――生徒会長さんがいたから?」


 ――それは、まごうことなく『正解』だった。


 俺が勉強会に参加していた理由は……会長さんの存在が大きい。

 あの人の行動は、俺にも分からない。


 渚が口にしている……『核』がなんなのか、分からない。


 分からないから……俺は放っておくことが出来なかったんだ。


 俺がすぐに否定しなかったことで、渚は微かに笑った。


「……なるほどね。またあんたを理解()ることができた」

「また、それかよ」

「そうだよ。言ったでしょ? 『勝手』にやるって。あんたと一緒」

「……ははっ、そうだな。厄介なことしてくれんじゃねぇか」


 俺がお前をどうでもいいと思っているように。

 お前も、俺の事情などどうでもいいと思っている。


 互いの目的のために、勝手に動いているだけだ。


 ――ホントに面白くて、厄介極まりないヤツだぜ。


 今はただ、渚の勝手っぷりに呆れて笑うことしかできない。


「――昴さん? 渚先輩?」


 ……っと。

 流石に話しすぎたな。


 廊下の少し先を見ると、志乃ちゃんが心配そうに俺たちを見ていた。


「あぁ、ごめん志乃さん。すぐ行くよ」


 渚はそれ以降俺に話をすることはなく、スタスタと歩き出す――


「――そういえば」


 が、途中で立ち止まりクルっとこちらに振り向いた。


「あんた、好きな人いないんだね」

「それがなんだよ」

「別に。ま、あんたの場合は好きな人というより……まずは『友達』が先か」

「喧嘩売ってんのかオイ」

「ふふ」


 渚はクスッと楽しげな微笑みを浮かべ、再び俺に背を向けて歩いて行った。


 友達が先……か。

 喧嘩売りやがって。


「まったく……どいつもこいつも意味分からねぇことばかり……」



 星那沙夜が俺たちにどんな感情を与えたかったのか。

 本当にただの雑談の延長線上だったのか……そうではないのか。

 


 分かることはただ一つ。


 あの人はなにか明確な目的があって……この勉強会に参加しているということ。


 ――呑まれないように、気をつけなければ。


 言葉にできない『嫌な予感』だけが――俺の胸の中で蠢いていた。


 





 

 撒かれたその『種』は――数日後、芽吹くことになる。


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