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第94話 星那沙夜は感覚派である

「あの、星那先輩」

「む? どうした玲?」


 ――その後、時間は進み。


 各々教え合いながら勉強をしていると、月ノ瀬が会長さんに話しかけていた。


 ちなみに俺はというと、世界平和について熟考している。


 ……え? 勉強? し、してるしてる。

 

 渚とか志乃ちゃんとか……ほかのヤツらに聞かれたらちゃんと教えてるから。


 他人に教えるのも一つの勉強だからね。


 いやーやべぇわー。俺勉強してるわー。


「せっかくだから、先輩がどういう風に問題を解くのか聞きたくて……」

「ふむ……あまり参考にならないかもしれないが……」


 おぉ……なんか秀才同士の会話が始まっている……!

 

 面白そうだから盗み聞きしようと思ったところ――


 ほかのメンバーも気になっているのか、自然と二人に視線が集まっていた。


 会長さんの学力が校内トップレベルであることは周知の事実であるため、みんなが疑問に思う気持ちは分かる。 


 同じく文武両道を地で行く月ノ瀬なんかは、特に知りたい部分かもしれない。


「後輩の頼みを聞くのも先輩の務めだ。なんでも聞いてくれたまえ」

「ありがとうございます。ごめんなさい、先輩の勉強もあるのに……」

「フフ、それは構わない。それで、どんな問題だ?」


 嬉しそうな顔をほころばせる月ノ瀬だが、会長さんの事情をある程度理解している俺と司は……なんとも言えない気持ちだった。


 確実に言えることは、アイツが望むような有意義な時間になることはない──ということだ。


 これから行われるであろうやり取りを想像すると……月ノ瀬に同情したくなってくる。


 月ノ瀬は数学の問題集を開いて見せ、一つの箇所を指差した。


「ここの選択問題なんですけど──」


 その質問に対して、会長さんは頷いた。


「ああ、一番だな」


 考える素振りすら見せることなくすぐに答える。


 文字通り『一瞬』だった。


 おいおい……二年生の問題とはいえ即答すぎるだろ……。


 問題をちゃんと見たわけではないが、あの月ノ瀬が聞くレベルのものだぞ……。


 驚きの様子を隠せない面々に対して、会長さんはさも当然かのように「ん?」と首をかしげていた。


「どうした? なにかあったのか?」

「え、いやごめんなさい……その、解答が早くて驚いたといいますか……」

「ほう」


 関係ない話だけど、月ノ瀬の敬語を聞くとお嬢様モードの頃を思い出す。


 あの頃は俺、青葉さんって呼ばれてたんだよなぁ……。


 ま、今はそんなことどうでもいいか。


「ちなみにどういう解き方で解答を出したんですか?」

「解き方……と聞かれたら少し困るかもしれない」

「え?」


 曖昧な回答に戸惑う月ノ瀬に、会長さんは話を続ける。


「そうだな……例えば玲、キミの髪は何色だ?」


 会長さんの質問に、俺たちの視線は月ノ瀬へと向かう。


 サラサラで綺麗な髪を見て、思うことはきっと皆同じで……。


 金色――


 そう、思ったはずだ。


「えっと……金色、ですね」

「なぜだ?」

「なぜ、と聞かれても……そういうもの、だからとしか……」


 月ノ瀬の返答におかしな部分はどこにもない。


 会長さんの瞳の色が真紅のように。

 

 司の髪が黒色のように。

 

 志乃ちゃんが天使なように。


 そう思う理由は単純で……『そういうもの』だからで、それ以外に答えようがない。


 ……え? どうして渚は怖いのかって?


 それも一緒で……もう『そういうもの』なんだよ。


 ――あ、ヤバ。なんかめっちゃ視線感じる。

 恐ろしい視線を感じる。 

 

 ……無視しておこっと。


 会長さんは月ノ瀬の答えに「その通りだ」と満足げに頷いた。


「私にとってはそれと一緒なのだ。なぜAという問題に対してBが正解なのか……それは『そういうものだから』としか言えない」

「え、えぇ……?」


 月ノ瀬の頭上にハテナマークが三つほど浮かぶ。

 蓮見や渚たちも同じようにハテナ状態だった。


 ぶっ飛んだ話に聞こえるが、会長さんが嘘を言っているようには見えない。


「月ノ瀬さん」


 見かねた司が口を開く。


「星那先輩ってさ、()()()()()なんだよ」


 うんうん、俺はなにも言わずに司の言葉に同意する。

 

 そうなんだよなぁ。

 あの人って……そういう人、なんだよなぁ。


「なんて言うんだろうな……感覚派? って言えばいいのかな。先輩って、勉強に限らず自分の感覚だけでなんでもこなせる人なんだよ」

「フフ、褒めてくれるとは嬉しいな。膝枕くらいしかしてあげられないぞ?」

「えっ、マジすか会長さん! では失礼して――」

「昴、キミは床枕だ」

「床は枕じゃねぇ!!!」


 くそっ! 会長さんの膝枕とかいう素敵イベントに思わず反応しちまった!


 膝枕してもらいたいじゃん!

 だってねぇ……ナイスバディの会長さんだぞ!?


 なにが……とは言わないが、ねぇ!?


 ぐぬぬぬ……とハンカチを噛みしめる勢いで悔しがる俺を、女子一同は冷ややかな目で見ていた。


 ――さむっ。誰か暖房点けて。


「話を戻すけど……」


 あ、話戻された。

 膝枕してほしかったのに。


「だからって言っていいのか分からないけど……先輩ってその分、人になにかを教えることが苦手なんだよね」

「む、失礼だな司。そんなことはないと思うぞ」

「じゃあ先輩、なんで月ノ瀬さんの質問に対して一番って答えが出たんですか?」

「それは……そういうものだから、だな……」

「……ね? そうでしょ?」


 司は俺たちをグルッと見回して、苦笑いを浮かべた。


 ――そうなのだ。


 これが感覚派である星那沙夜の優れた点でもあり、弱点でもある一つ。


 人に教えることが致命的に下手――なのだ。


 恐らくそれは、会長さんの天才的な才能が原因なのだろう。


 自分の中で導き出した答えを他人に伝えるが、なぜその結論に至ったのかを……分かりやすく言語化することを苦手としている。


 そんな会長さんが生徒会長として上手くやれているのは、本人の能力はもちろんのこと……弱点をフォローしてくれる副会長さんの存在が大きいのだと思う。


 あの先輩は言っちゃ悪いがまったくもって目立つタイプではない。


 ……が、とにかく会長さんの考えを噛み砕いて周囲に伝えるのがとても上手い。


 副会長さんとはそれほど交流が多いわけではないが、何回か話してソレをひしひしと感じた。


「なるほど……星那先輩はそういうタイプなのね……」

「そういうこった。だから月ノ瀬、会長さんから勉強を教わるのは諦めろ」

「むぅ、昴まで……。私なりに上手く伝えようと努力しているのだが……」


 人には得手不得手がある。


 自分の考えを分かりやすく伝えるのが苦手、なんて……珍しい話でもなんでもない。

 会長さんに限らず、そういうことが苦手な人は多数存在するだろう。


 だってほら、渚を見てみろ?


 アイツなんて人に伝える以前の問題――


「―――」


 おっと。室内の温度が三度ほど下がった気がする。

 

 もしかして俺の体温かもしれないけど。

 

 絶対前は見ない。理由は言わないけど絶対に見ない。


 ……てかなんで俺の考えてること分かるの? エスパーなの? エスパータイプの鬼様なの?


「まぁ、先輩はそれ以外に得意なことがたくさんあるんですから。苦手を意識するより得意を伸ばしていきましょうよ」


 あ、なんかいいこと言ってる! ずるい!

 俺が恐怖に耐えてる間、主人公みたいなこと言ってる!


 司の言葉に驚いた会長さんは目を見開いた。


「……なんだ司、私を口説いているのか? デートくらいしかしてあげられないが?」

「……!」

「デデっ……!」

「それは日向的に聞き逃せませんよ!?」


 ガタガタガタ――と三つの椅子が音を立てる。


 無言で反応する月ノ瀬。

 動揺する蓮見。

 うがー! と騒ぐ日向。


 表にこそ出していないが、志乃ちゃんも複雑そうな表情をしていた。


 お兄さんモテモテだもんね……。

 妹的に心配だよね……。


 渚はというと……いつも通り気だるげな様子で蓮見にチラッと視線を向けていた。


 ……いやー、楽しいねぇ!


 当事者じゃないから楽しいねぇ!


「デートって……冗談はほどほどにしてくださいよ先輩」

「おや、冗談のつもりで言っていないのだが……」

「ちょっ、ちょっとあの、星那先輩……!?」

 

 流石に放っておけなかったのか、蓮見が慌てて会話に混ざっていく。


 うーむ……楽しいっちゃ楽しいけど……。

 修羅場的なアレコレも見てみたいけど……。


「どうした晴香、トイレか?」

「ち、違います! 青葉くんみたいなこと言わないでください!」 


 おい。


「……ふっ」

「おい渚」


 あ、コイツ目逸らしやがった。

 絶対笑ってたのに。


「な、なんか……その! ず、ずるいと思います!」

「ふむ。なにがだ?」

「そ、それはっ……! ~~~~!!」

「フフ、なにを言いたいか分からないな?」


 めっちゃニコニコしてるなぁ会長さん。


 蓮見で遊んでるんだろうなぁってことが伝わってくる。


 月ノ瀬や日向も、飄々とした態度の会長さんを前にしてなにも言えないようだ。


 会長さんのことだから、こういう言動をとってくるとは思っていたが……。

 

 このまま場が荒れても少し面倒だな……仕方ねぇ……。


「そうよ星那! あたしの司に色目使うのやめてくれるかしら!? 泥棒猫っ!」


 俺は立ち上がり、身体をくねくねとさせて裏声で会話に参戦する。


 昴ちゃん可愛い~!


「だ、誰!?」

「誰とはなによ蓮見ちゃん! いい!? 司の一番の理解者はあたしなの! ほかの女は黙ってなさい!」

「とんでもないヤツが来たわね……」

「うわー……昴先輩、うわー……」


 うわーって二回言うのやめろ。せめて一回にしてください。


 俺のふざけたムーブが、ただでさえ浅いツボに入ったのか――


「フフッ……! フフ……! あははっ……!」

「ほほ、星那先輩!?」

「大丈夫だよ蓮見さん。星那先輩って……ああいうくだらないことですぐ笑っちゃう人なんだ」


 くだらないってなんだ司。


 俺は常に全身全霊なんだぞ!


「ふふふ……! す、昴……! キミは本当に面白いな……!」

「うっす。恐縮っす」

「アンタ急に素に戻るのやめなさいよ。温度差で風邪引くんだけど」


 ふぃー……仕事したわぁ……。


 机に突っ伏してククッと笑う会長さんを見て、俺は達成感を得た。

 

 この人に話の主導権を握らせると、いろいろ厄介なことになりそうだからなぁ。

 

 程よく介入していかなければ……。


 ただの修羅場だったら面白いし、恋愛のスパイス的なものになるからそれでいいんだけど……。

 

 俺は席に座り、一息つく。


「あの、昴さん……」

「なにかしら。あ、間違った。なんだね」


 昴ちゃんモードのスイッチが完全に切れてなかった。


 会長さんたちがガヤガヤと盛り上がる中、志乃ちゃんが小さな声で俺に話しかけてきた。


「昴さんって、生徒会長さんと……仲がいいんですか?」

「いや、別に……普通じゃね? 司のほうが仲いいと思うぞ」

「そうですけど……昴さんのことを名前で呼んでる人は珍しいなって……」

「あーそれはたしかに」


 中学メンバーを除けば、基本的には青葉呼びだからなぁ……。


 珍しいといえば珍しいのかも……?


「ま、でもそれは会長さんだからだな。あの人、誰に対しても名前呼びだし。どうして急にそんなことを?」

「と、特に理由はなくて……その、なんとなく気になっただけです」

「あ、そう?」


 ならいいけど。


 思えば志乃ちゃんや日向の前で生徒会長さんと絡むのは……あれ、ひょっとして初めてか?


 そもそも志乃ちゃんたちって会長さんと面識あったのか……?

 

 ――あ、やべ。そのあたり全然確認してなかった……。


 だけど、二人の反応を見るに完全に初対面というわけでは無さそうだ。


 だったら別にいいか……。


 ……大丈夫かな。

 会長さんのギャップに幻滅とかしちゃってないかな。


「……コホン。すまない、少々取り乱した」


 ようやく笑いが落ち着いた会長さんが、咳払いをして俺たちを見回す。


「あ、そうだ玲。キミの質問に答えた代わりと言ってはなんだが……私からも聞いていいか?」


 アレを答えたと言っていいのかは疑問だけども。


「は、はい。大丈夫ですけど……なんですか?」


 勉強のことを聞く理由はないだろうし……なんだろう?


 会長さんはフッと微笑むと、予想外の()()()()を――月ノ瀬に投げかけた。



「玲。キミは――好きな男子はいるか?」



 ………お、おぉ。

 なるほどそう来たか……!



「……え、えっ……えぇ……!?」


 当然、月ノ瀬は顔を赤くして戸惑いを見せる。

 それは月ノ瀬だけではなく、周りのヒロインズもそうだ。


 質問にサラッと答えられるはずもなく、あちこちと視線を巡らせる姿を見て……会長さんは再び静かに笑った。


「ちょっ、星那先輩? なに変なこと聞いてるんですか?」


 質問の意図を理解できない司が会長さんに尋ねる。


 ――いや、理解できないのは俺も同じだ。


 なにが狙いだ?


 この人が意味もなく、こんな質問をするとは思えない。


「すまない。難しいのなら質問を変えよう」


 まるで月ノ瀬が『そう』反応することが分かっていたかのように。

 

 ごく自然に、会長さんは話題をすり替えた。


 しかし、すり替えただけで……質問自体がなくなるわけではない。


 彼女たちの頭の中には……『会長さんの質問』が消えずに残っているはずだ。


 意図をハッキリ口にしなかったことで……その疑問は徐々に膨らんでいく。


「なら……司」

「え?」

「それと――昴」

「……んぇ?」


 おい俺もかよ。

 

 なんか嫌な予感するんだけど?

 

 会長さんは俺たち二人を見て――



 ()()()()を――口にした。




「キミたちはどうだ? 好きな女子は――いるのか?」



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