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第92話 朝陽志乃は待ち遠しい

「そういえば日向」


 現在、俺と司、志乃ちゃんとついでに日向の四人は勉強会の場所へと向かっていた。


 目的の部屋は一階に位置するため、一年生の教室が並ぶ三階からは少しだけ距離がある。


 帰宅する生徒、雑談する生徒、エトセトラ……。


 さまざまな生徒たちとすれ違いながら、俺たちはのんびりと歩を進める。


「ほぇ? なんですか昴先輩」


 前を歩く日向に声をかけると、呆けた声が返ってくる。


 歩調に合わせてぴょこぴょこと跳ねるツインテールを引っ張りたくなる衝動に駆られるが、そこはグッと我慢。


 紳士たる私がそんな酷いことをするわけがないからね。

 

「部活の調子はどうなんだよ。三年生はもう引退したんだろ?」

「あー、はい。予選は一回戦で負けちゃったので……今はもうすっかり新チームです!」


 日向はクルッとこちらに振り向くと、頭の後ろで手を組んだ。


 そのまま……いわゆる後ろ歩き状態で進んでいく。

 

 危ないからやめろ……と言いたいところではあるが、そこは流石の運動神経。


 スイスイと軽快に歩くその姿に思わず感心してしまう。


 まぁ、日向の隣には司もいるから大丈夫か。


「おー。じゃあレギュラー目指して頑張らないとな?」


 話を聞いていた司が言うと、日向はむふーと得意げな笑顔を浮かべて「もちろんですよー!」と頷いた。


 夏ということはつまり、運動部の三年生たちが徐々に引退していく時期だ。


 最後となる夏季大会で、勝てば勝つほど引退は遅くなるが……負けてしまうとその時点で引退確定となってしまう。


 必死に部活に打ち込んできた三年生が、最も気合を入れる大会であることは間違いないだろう。


 去年の夏、当時中学三年生だった日向の最後の試合を見に行ったときなんて――


 普段からは想像できないほど真剣に、そして熱い表情でプレーしていたことが今でも印象に残っている。


 それに試合後、悔しさで誰よりも泣きたいはずなのに……コイツは笑顔でチームを励ましていた。


 みんな頑張った――

 あとは後輩たちに任せる――


 と。


 のちに俺たち三人と顔を合わせたとき……日向は初めて全力で涙を流した。


 あのときのアイツの涙を……俺は忘れることはないだろう。


 一つのことにあれほど全力で打ち込めるというのは、素晴らしいことだ。


「そんじゃーアレだな。夏休み中の試合とか見に行ってやらねぇとな? この昴先輩が応援してやるぜ」

「えっ! ホントですか!」

「おうよ。なぁ司?」

「うん、そうだな。なんだか中学時代を思い出して懐かしくなるよ」


 俺たちが顔を見合わせて頷き合うと、日向は分かりやすく表情をキラキラと輝かせた。


「ふふ、よかったね日向! もちろん私も見に行くからね?」


 俺の隣を歩く志乃ちゃんが微笑ましそうに言葉をかける。


「やったー! 日向ちゃん頑張っちゃいますよー! 上手くなった姿を先輩たちに見せてやるんですから!」


 日向は大げさにバンザイすると、嬉しそうに笑顔を浮かべながらその場でクルクルと回る。


 それに合わせて弧を描くツインテールがなんとも面白い。


 こういうところがムードメーカーたる所以だよなぁ……。


 キャッキャとはしゃぐ姿に俺たちはそれぞれ笑みをこぼした。


 スポーツに関しては自分でやるのも好きだし、見るのも好きだ。

 

 最近は日向の部活事情をあまり把握していなかったから、改めて試合でも見に行ってやるとしよう。


 ふっ、これで夏休みの予定が一つ決まっちまったぜ……。


「日向LOVE! みたいなうちわとか作ってもっていったほうがいい?」


 ほら、アイドルのコンサートでよくあるじゃん。

 名前書いたり顔写真貼ったりするやつ。


 ああいうのああいうの。


「昴先輩、バスケをライブかなにかだと思ってます?」

「あなたのハートにおひさまぽかぽか笑顔、咲かせます! バスケ系アイドル川咲日向です☆ きゃるるんっ♡」

「ちょっとそれっぽいクオリティなのやめてくれません!?」

「試合前に使っていいぞ」

「使いませんけど!?」

「つまんな。お前にはガッカリだよ」

「この先輩最低過ぎない!?」


 コロコロ表情が変わる元気満点の日向にククッと笑う。


 志乃ちゃんに紹介されて初めて出会ったときはまだ遠慮していたのか、そこそこ静かだったのにな。


 それが、いつの間にかこんなにワーキャー騒ぐようなヤツになっちまって……。


 日向と一緒だったら、この先も志乃ちゃんは毎日楽しく過ごすことができそうだ。

 

 いい親友と出会えてよかったな――と。

 

 素直にそう思う。

 

「ほら日向、危ないからそろそろ前向きな」

「えー司先輩ー! だって昴先輩がー!」

「いつものことだろ?」

「それは………そう!」


 おい。


 司の言葉は素直に聞く日向は、まだ不満そうながらも前へと向き直した。


「あ、司先輩聞いてくださいよー!」

「ん?」

「今日なんですけど――」


 コイツ一生喋ってるなぁ……。


 日向が場にいると話題に絶えない。


 グループに一人は居て欲しい存在だろう。


 ただし二人は絶対いらない。マジで。


 話が取っ散らかって大変なことになりそう。

 

「……元気なヤツだぜ」


 呆れるように自然と言葉が漏れる。


 笑顔で話す日向。

 それを穏やかに聞いてあげる司。


 恋人というよりかは……どちらかというと兄妹っぽい。


 司を振り向かせるにはいろいろ大変だろうが……。


 それなりに付き合いが長い先輩として、できる範囲で俺も協力してやろう。


 頑張りたまえ、川咲日向。


「……昴さん」


 前を歩く二人の会話に耳を傾けていると、可愛らしい声が俺を呼んだ。


 この素敵なエンジェルボイスは志乃ちゃんだな。間違えるわけない!


「どしたよ志乃ちゃん」


 顔を向けると、なにやら嬉しそうに微笑んでいた。


 なにかいいことでもあったのだろうか?

 可愛いからなんでもいいけど!


 志乃ちゃんは俺との距離を少しだけ詰めると、司たちに聞こえないように声を潜める。


「――日向の試合、見に行くの楽しみですね」

「お、そんなに楽しみなのかね志乃ちゃん」


 志乃ちゃんは結構な頻度で日向の試合を見に行っているような気がするなぁ。


「だって、夏休みも日向に会えるってことですから」

「日向のこと大好きだねぇ」


 仲良しコンビにちょっとほっこり。


 志乃ちゃんも日向も、お互いのことを大切に想っていることがよく分かる。


 性格や趣味嗜好はまったく違うが、姉妹のように仲が良い二人の姿は微笑ましい。


 蓮見&渚ペアもそうだが、やはり親友同士というのは特別な雰囲気に包まれているように感じる。


 では、青葉昴と朝陽司はどうだろう――?

 

 志乃ちゃんたちや蓮見たちと同じだろうか。


 互いを理解し、尊重し、手を取り合い、隣に立つ……『親友』だと言えるのだろうか。


 ………。


 いや。


 そんなことを……わざわざ考えるまでもない。


 考える必要も、ない。


「それに……」

「それに?」


 おっと、思考が逸れていた。


 志乃ちゃんは少し間を空けたあと、こちらに顔を向けた。


 俺を見上げる志乃ちゃんの表情は優しいままだ。


 桃色の瞳に映る俺は、呆けた顔をしていてアホっぽい。


「昴さんにも――会えますから」


 ふわりと柔らかく微笑み、志乃ちゃんは小さな声で言った。


 …………。


 えぇ……ちょっとなにこの子。

 

 可愛いんですけど……!? 好きになっちゃうんですけど……!?


 そういう顔を男に向けないの!

 すぐ惚れるからね!?


 無自覚に男を落とすような子にならないか心配ですよお兄ちゃん!


「……俺と会うのが楽しみなの?」

「楽しみですよ?」

「司ではなく?」

「兄さんとは毎日会えますよ?」

「おー……それは、そうか」

「はい、そうです」


 …………。


 俺と会うのが楽しみとは……そいつはずいぶん物好きなことで……。


 どう言葉を返せばいいか分からず、なんとなく俺は黙ってしまった。

 

 俺を慕ってくれるのは嬉しいが……。


 正面からこういう言葉をかけられるのは――正直、苦手だ。


 会うのが楽しみだと――


 そう思えるほどの価値が……俺自身にあるとは思えない。

 俺は君たちと……同じ場所(舞台)に立てるような人間ではないから。


 なんて――この子の前で言えるはずないけど。


「ヘヘ、サンキュー志乃ちゃん。だったらまずは……日向を補習させないように頑張らないとな?」

「あー……それは本当にそうですね……。頑張らないと……」

「最悪アレだな。月ノ瀬先生に鬼コーチしてもらうしかない」

「あはは……嫌がる日向の姿が想像できますね」


 五月のとき、日向は月ノ瀬に優しく勉強を教わっていたが……あのときのアイツはまだお嬢様モードだった。


 勉強を嫌がるであろう日向に、今の月ノ瀬がどのように接するのかは見ものである。


「あ、そうだ昴さん。今日面白いことがあって……」

「ほう? 俺は面白さに関しては厳しいぜ?」

「二時間目が英語の時間だったんですけど、日向が――」


 各々雑談しながら、俺たちは目的の場所へと向かっていった――



 × × ×


「おーし、到着!」

「え、昴先輩。勉強会ってここでするんですか?」

「うむ」


 驚く日向の言葉に俺は頷く。


 一階のとある部屋の前に辿り着いた俺は、入り口の扉に付けられたプレートへと視線を向ける。


 そこに書かれている四文字――


 それは。


「生徒会室……ですか?」


 志乃ちゃんの呟きに、司が「そうだよ」と返事をする。


 そんなわけで。

 

 俺たちの目的地。

 そして会長さんから提案された勉強会の場所。


 それこそが――生徒会室であった。


「ほかのヤツらはもう揃ってるだろうから行くぜ」


 俺は扉に手をかけ、勢いよく開け放つ。


 開けー扉! ガラガラガラ――っと。


 開かれた生徒会室の中には――


「む、来たか。待っていたぞ」

「あっ! 日向ちゃんに志乃ちゃん! 待ってたよー!」

「よし、二人が来たらこれで全員ね」

「うん、そうだね」


 すでに準備完了していた四人が、椅子に座って俺たちを迎え入れる。


 さーてと!

 そんじゃ……やりますかぁ!


 期末テスト対策勉強会――ここに開幕じゃ!

 


 あー……勉強めんど。


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