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第91話 青葉昴は後輩たちを迎えに行く

 ――時間は進み、放課後。


 俺と司は目的の二人に会うために、一年生の教室が並ぶ廊下を歩いていた。


 廊下で談笑している後輩たちは、俺たちのことをチラッと見てはすぐに視線を逸らす。


 先輩が歩いているだけでソワソワする気持ちは、まぁ分かる。

 特に三年生から感じる圧って凄いよね。


 なんであんなに『先輩』って生き物は怖いんだろうね。


 別になにかされたわけじゃないのに……不思議だ……。

 

 七月とはいえ、初々しさが残る後輩たちの姿に俺はなんだか懐かしさを覚えた。


「この廊下を歩いていると去年のことを思い出すな」

「あー昴お前、よく廊下で変なことして注目浴びてたもんな」

「おい、変なことってなんだよ。女子と目が合ったら爽やかな笑顔を浮かべるとかそういうことしかやってないだろ!」

「それが変なことなんだよなぁ……」


 やれやれ、と司はため息をつく。


 まったく、まるで人を変質者みたいに言うのはやめてほしいぜ……。


 廊下を歩いてたら当然他のクラスの女子と目が合ったり、すれ違ったりするだろ?


 普通にすれ違っても面白くないから、あえて昴くんキラキラスマイルを浮かべるわけだ。


 その結果、『うわっ』てドン引きの表情をされるわけである。

 

 おかしいな。

 

 俺の想像ではイケメンフェイスの前に胸がときめくはずなんだけどな。


 ……うーむ、改めてそう考えるとやべぇヤツだな俺。


「昴、着いたぞ」

「おっ」


 司と話しながら歩いていると、お目当ての教室――一年一組の前に辿り着いた。


 開かれた扉の前から、俺たちは教室内の様子を覗き込む。


 放課後になって間もないため、まだ帰宅していない生徒が十人近く残っていた。


 さて……と。

 あの子たちはいるかね……。


 俺はグルッと教室内を見回し……とある場所で目を止める。


 二人の男子と、三人の女子……計五人の生徒が話をしている最中だった。


 話している内容が気になり、俺は耳を澄ます。

 

 五人は扉に近い場所にいるため、会話自体は聞き取れるだろう。


「ねぇねぇ()()()()()()()()()()


 おっと。さっそく名前が出てしまった。


 ――はい、そういうことです。


 俺たちが会いに来た二人とは……そう、我が妹……じゃない間違えた。

 

 我が親友の妹、志乃ちゃんと。


 うるさくて生意気な後輩、日向の二人である。


 二人の姿を発見できたのだから、サクッと声をかけてもいいのだが……。


 クラスメイトとの話に割って入るというのは、ちょっと申し訳ない気持ちもある。


 ……別に話の内容を盗み聞きしたいとかじゃないよ。


 ほんとだヨ。


 ひとまず話が落ち着くまで待つとしよう。


 司も同じようなこと考えてるっぽいし。


「なになに?」

「二人ってさ、今日このあと予定空いてたりする?」


 おぉ……?


 これは……。


「はぇ? 予定? なんでー?」

「それはねぇ……はい、あんたが自分で言いな!」

「うぉっ! ちょ、お前急に背中叩くなよ!」


 ……あ、なにこれ。

 ひょっとして青春?


 青春的なアレが始まる?


 なんだか面白くなってきたぞ……!


 ワクワクした気持ちで、俺は後輩女子に背中を叩かれた後輩男子の姿を眺める。


「あー、えっとだな……」


 後輩男子は照れくさそうに頭をガシガシと掻きながら、志乃ちゃんと日向に顔を向けた。


 いや、どっちかというと……志乃ちゃん寄りか?


 日向には普通に顔を向けているが、志乃ちゃんに対してはチラチラと……そんな視線を送っている。


 ははーん……?


 これはひょっとして……ひょっとするのかぁ!?


 いかがでしょう解説の昴さん。


 えぇそうですね。

 これはやはり……そういうことかもしれませんね。

 引き続き見て行きましょう。

 実況の昴さんに戻します。


 おっと分裂失礼。


「おい昴……あまり盗み聞きしてると志乃たちに悪いぞ?」

「シッ……! 今絶対面白いところだから……!」

「面白い……?」


 司には分からんだろうけどなぁ……!


 俺は司を静かにさせて、引き続き五人の様子を見守る。


「ほら、来週からテストだろ?」

「あ、はい。そうですね」


 ほー……志乃ちゃんって同級生の男子とはあんな感じなのか。


 敬語だし、ちょっと壁を作っているような……そんな感じがする。表情も少しぎこちない。


 まぁ……なんだかんだ言って、まだ男に対する嫌な感情は拭いきれてないっぽいしなぁ。


 穏やかな志乃ちゃんとは対照的に、日向は「げっ」と声をあげて嫌そうな表情を浮かべていた。


「テストの話しないでよー! あたし忘れるようにしてるんだから!」

「忘れちゃダメだよ日向! 赤点取っちゃったらどうするの? 夏休み補習なんだよ?」

「うぐぐ……! そ、そう言うけど志乃さぁ~!」


 案の定、日向はテストに対してネガティブなご様子。


 むしろいつも通りで安心した。


 急に『テスト? うんバッチリ!』とか言い出したら驚きのあまり顎外れるもの。


 日向は一生おバカであってくれ。先輩からのお願いです。


「んでー? テストの話がなんなのー?」


 不機嫌そうに日向は話の続きを促す。


 後輩男子は気合を入れるためか、コホンと咳払いをする。


 テストの話。

 今日の予定。


 あーうん、だいたいなにを言おうとしているのか察したわ。


 俺たちも同じような理由でここに来たわけだけど……。


 これは、今日のところは撤退コースか……?


「ほ、放課後一緒に――!」


 後輩男子がそう言いかけたときだった――


「――あ」


 たまたまこちらを見た日向と、バッチリ目が合う。


 目が──合ってしまった。


「あ」


 それに対して俺も反射的に反応してしまったことで、後輩たちの視線が一斉にこちらへ向いた。


 うわ、ヤバ。

 これは逃げられないやつだ……!


 日向お前なんでこっち見るんだよ……!


 大人しく話に集中しておけよ……!


「兄さんに……昴さんも?」

「や、やぁ……志乃ちゃん」


 驚いた様子の志乃ちゃんに、なんとか取り繕った笑顔を見せる。


「あーごめん志乃、盗み聞きとかするつもりはなかったんだけど……」

「司先輩じゃないですかぁ! えーなんですか!? ひょっとしてあたしに会いに来てくれたんですかー!?」


 テンションたけぇ! 声のトーンも上がってるし!


 女子かお前は! 女子だったわ!


 日向は司を見た瞬間、表情を明るくさせて物凄い勢いで俺たちの前までやってくる。

 

「今日も元気そうだね、日向」

「もー超元気です! 司先輩の顔を見たらめっちゃ元気になりました! ……あーあと昴先輩もどうもー」

「雑ッッ!!! 俺にもキラキラ笑顔で挨拶してこいよ! 昴先輩♡って言ってこいよ!」

「えー、むりですー」


 あぶねぇ。うっかり手が出そうだった。


 後輩たちが見てる前でアイアンクローするところだった。


 よく我慢できたぞ俺。偉い。


 ま、まぁ……アレだ。

 しっかり俺に挨拶しただけでヨシとしよう!


 態度も声音も全然違うけどヨシとしよう!


「兄さん、どうしたの? 私たちに用でもあったの?」


 トテトテと志乃ちゃんもこちらに歩いてくる。

 俺たちに問いかけると、可愛らしく首をかしげた。


 志乃ちゃんの質問に、司がチラッとこちらを見る。


 俺は視線で『説明任せた!』と訴えると、司は仕方なさそうに小さく息を吐いた。


 俺が説明するとややこしくなっちゃいそうだからさ。

 そういうのは司のほうが適任である。


 ほんじゃ、任せたぜ。


「あー、今日からみんなで勉強会をしようって話をしてて」


 あ、後輩男子がピクッて反応してた。

 

 先に謝っておくわ。

 すまない……名前も知らぬ少年よ……。


「で、二人もどうかなって思ってさ」

「そうだったんだ。五月のときみたいな……?」

「そうそう。今回は星那先輩も参加するって」

「生徒会長さんまで……!?」


 志乃ちゃんが驚く気持ちは分かる。

 俺たちもそうだったから。


「べべべ、勉強会……ですか……?」


 日向はダラダラと冷や汗を流し、心底嫌そうな雰囲気を醸し出している。


 志乃ちゃんはともかく、コイツのやる気をどうにかしなければダメだな。


「おい日向」

「なんですか昴先輩」

「夏休みに補習になるということは……お前さ」

「は、はい?」


 俺は日向の耳に顔を近付け、周りに聞こえないように声を潜めて言ってやる。


「――夏休み、司と遊べなくなるってことだぞ」


 その瞬間。


「―――――!!!」


 まるで電流が走ったかのように、日向の身体がピーンと伸びた。


「司先輩!」

「お、おう?」

「勉強会! あたしも参加します! 絶対参加します!」

「そ、そうか……。でもなんで急にそんなやる気出たんだ?」

「乙女の秘密です!!!」


 そうだな、乙女の秘密だな。


 先ほどまでの嫌々日向はどこへ行ったのやら、今の日向の瞳には強い決意が宿っていた。


 思考回路が単純すぎて。もはや心配になってくるレベルである。

 

 でも見ていて面白いから俺は嫌いじゃないけども。


「昴さんは……」

「おん?」


 司と日向が……主に日向がワーワー話しているなか、志乃ちゃんが小さな声で俺を呼んだ。


 志乃ちゃんは前髪をいじりながら、身長差的に上目遣いでこちらを見てくる。


 おいなんだこの可愛い生き物。


 美少女の上目遣いは危険物だってあれほど言ってるでしょ!?


 危険物取扱者の資格の中に『美少女の上目遣い』って項目あるの知らないの!?


 叫びそうになる気持ちを抑え、俺は落ち着きを保ちつつ志乃ちゃんの言葉を待つ。


「昴さんも、その勉強会には参加するんですか……?」

「俺? 参加しないよ?」


 軽く冗談を言うと、志乃ちゃんは「えっ?」と表情を曇らせる。


 そして、俺はすぐにニヤリと笑った。


「うそーん! 俺も参加するぜい」

「も、もう……! どうしてそんな嘘つくんですか……!?」

「げへへ、志乃ちゃんの反応が可愛くてつい」

「かわっ……!?」


 日向は日向で弄るの楽しいけど、志乃ちゃんはそれとは違った楽しさがある。


 顔を赤くして頬を膨らませる志乃ちゃんを前に、ムフフと笑っていると――


「――おい、昴」


 ガシッ、と。


 低く、怒気を含んだ声とともに俺の肩が掴まれた。


 ガクガクと震えながら振り向くと――


「志乃になにしてるんだ?」


 ニッコリと微笑むお兄様が――そこにいた。


「おおおおお兄様!? 違うんです! 違うのです!」

「誰がお兄様だ!! お前なぁ!」

「まーたやってるよ先輩たち……二人してシスコンだなぁ。志乃モテモテだね~」

「に、兄さん……! 恥ずかしいからやめて……!」


 愛する妹の志乃ちゃんが止めに入ったことにより、司は渋々俺の肩から手を離した。


 あぶねぇ……。

 危うく教室の黒板の一部になっちまうところだったぜ……。


 志乃ちゃん専用ボディガード、恐るべし。


「兄さん、私もその勉強会に参加するよ。このあと行けばいい?」

「おう。場所は俺たちが案内するよ」

「分かった、誘ってくれてありがとう兄さん。また月ノ瀬先輩に勉強を教わるのが楽しみだなぁ」


 たしかに五月のとき、日向と二人して月ノ瀬に勉強を教わってたな。


 そのおかげで点数が伸びたとも言っていたし……。


 今回も期待できるかもしれない。


「昴さんにも……いろいろ聞いてもいいですか?」


 おずおずと志乃ちゃんは俺に問いかける。


 そんないちいち確認取らなくてもいいのに。

 

 俺はムフーと笑って「任せなさい」と頷いた。


 とはいえ……。


「月ノ瀬がいるから昴先生の出番は無さそうだけどな」

「それはそれ、これはこれ……です!」

「あ、そうなの?」

「ふふ、そうです」

 

 志乃ちゃんは嬉しそうに笑みをこぼす。可愛い。


 ま、聞かれたら素直に教えてやるとしよう。


 月ノ瀬ほどの名教師っぷりは発揮できないだろうけど。


「あ、そういえば二人とも……」


 司が声をあげ、先ほどまで日向たちと話していた後輩組に目を向けた。


「クラスの子たちとなにか話してたよね? そっちは大丈夫なの?」


 お、気遣いができる男!


「あ、そうですね! ねね、それで話ってなんだったのー?」


 日向は振り向いて、クラスメイトたちに尋ねる。

 

 いやー……でもなぁ。

 もう話自体は片付いちゃったから……。


 三人組の中で、最初に日向たちに声をかけた後輩女子がニコッと笑う。


「ううん! なんでもない! 二人は先輩たちと楽しんで! ――ドンマイ、男子ども」


 最後の一言がすべてを物語っていた。


 後輩男子二人……とくに実際に誘おうとしていた男子が、それはもう悔しそうな顔をしていた。


 これは……ちょっと申し訳ないことしちゃったな。


 俺たちと同じように、勉強を一緒にしないかって誘いたかったんだろうに……。


 ――あ、でも待てよ?


 ひょっとしてあの少年、勉強会というのは建前で志乃ちゃんに近付きたかっただけじゃないのか……!?


 だとしたら、お兄さんたちが許しませんよ!?

 

 まずは三日間ほど面接させていただきますよ?


 とはいえ、そのあたりは日向がいるから大丈夫だろうけど……。


 日向も志乃ちゃんの事情はある程度把握しているし。


 ここはもう一回謝っておこう。

 すまない……名前も知らぬ少年よ……。


 でも我らが天使志乃ちゃんはそう簡単に渡しませんけどね!?


「あ、そう? じゃあ先輩たち、鞄取ってきますね!」

「私も準備してくるね」

「分かった」

「おー、俺たちはここで待ってるわ」


 二人はそう言うと自分の席へと戻っていく。


 さーてと。

 あとは二人を連れていったら任務完了だな。


 というかアレだな。


 志乃ちゃんは、なぜ俺が勉強会にいるのかどうかわざわざ聞いてきたのだろうか。


 うーん……。


 ──なんでもいいや。


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