第90話 星那沙夜は混ざりたい
「フフ。キミたちさえよければ、私も混ぜてくれないか?」
で。
で。
で――
「でたぁぁぁぁぁ!!!! どひゃああああ!!!」
「失礼だな。人を幽霊みたいに言わないでくれないか?」
「あ、じゃあシンプルに……。あんたなんでいんの?」
「それはそれで悲しくなる反応だな……」
――そんなわけで。
先輩系ヒロイン、星那沙夜の登場である。
いやマジで、ホントになんでこの人いるんだよ。
ここ二年の教室だぞ?
入ってくる気配すら感じなかったぞ? 忍者なの?
生徒会長の突然の乱入により、俺たち……というか教室内全体がザワついていた。
騒ぎの原因である張本人は、教室内をグルッと見回し……いつものクールな笑みを浮かべる。
「やっ、後輩たち。すぐに戻るから私のことは気にしないでくれ」
やっ、じゃないんだわ。
流石にそれは無理があるんだわ。
圧倒的知名度&存在感を誇っておいて『気にするな』は無理があり過ぎる。
相変わらずの自由っぷりを発揮する会長さんに、俺は内心ため息をついた。
「ビ、ビックリしたぁ……まさか星那先輩が来るなんて……」
「む、なんだ晴香。私が来てはいけなかったのか?」
「い、いえ! そそ、そんなことないです! 本当にただビックリしただけなので……!」
蓮見はブンブンと手を左右に振って否定する。
というか蓮見じゃなくても驚くに決まっているだろう。
呑気にテストの話をしていたら、本来いるべきはずではない人物が会話に加わってきたのだから。
いやー……それにしても。
会長さんの夏服……いいなぁ。
こう……ね。
……いいなぁ。
へへ。
俺がだらしない顔で見ていることに気が付いた会長さんが、「おや」と声を上げた。
「司、キミの親友が私をいやらしい目で見ているのだが?」
「おい昴……」
「青葉くん……」
「青葉……」
「あんたさ……」
グサグサグサグサ――!!!
クラスメイトたちからの容赦ない視線が俺に突き刺さる。
いてぇ! いてぇよぉ!
痛みに耐え切れなくなった俺は、ガタガタッと音を立てて勢いよく椅子から立ち上がる。
「なななな、なんだね君たちは!? 別になにも言ってないじゃないか! 会長さんが勝手に言ってるだけで俺がいやらしい目を向けてるなんて証拠はないだろ!?」
そうだ。
会長さんの一方的な言葉であって、俺の意見ではない!
それなのに冷たい目を向けられて可哀想じゃないか! 俺が!
まったく……失礼極まりないね! 昴は激怒した! ぷんぷん!
「おい昴。証拠とか言ってる時点で終わりだぞ」
「はぁ!? 司おまっ、そういうのホントに失礼だか――」
「――で、ホントにどうなの青葉」
渚が呆れたように俺を見上げる。
「おいおい渚、お前もか? だから俺は――」
「は?」
「見てましたすみませんマジで会長さんの夏服姿は目の保養になるんです思春期男子は逆らうことできないんです」
「青葉くん認めるの早くない!?」
「はっ……! つい圧に負けてしまった……!?」
恐るべし鬼様。
仕方ないじゃん!
人間は重力に逆らえないでしょ!?
そういうことなの!
別に会長さんに限ったことではなく、それこそ蓮見だって……ねぇ?
へへへ……。
「晴香、今度はキミが見られてるぞ。注意するといい」
「あああ、青葉くん!?」
会長さんの指摘により、蓮見は顔を真っ赤にして自分の身体を抱きしめた。
「ちっ……!」
「しかも舌打ち!?」
会長さんのせいでやりづらいぜ……。
より一層、周囲からの視線が冷たくなるのをひしひしと感じながら俺は席に座った。
おかしいな……夏なのに寒いな。
ちょっと勝手にエアコン設置したの誰ですか? やめてくれますか?
「昴の悪ノリはそれくらいにして……」
おい悪ノリってなんだ。
ツッコミを入れたいところだが……ここは我慢。
「星那先輩、どうして俺たちの教室に? なにか用でもあったんですか?」
司の問いかけに会長さんは「ああ」と頷く。
そんなわけで、ようやく本題である。
誰のせいでこんなに話が脱線したんですかねぇ……。
俺は知らない知らない。
「一組の先生に用があってな。それで、ふと二組から青春の匂いがしたから来てみれば……キミたちが楽しそうに話をしていたわけだ。それで、私も混ざりたくなった」
「なんだよ青春の匂いって……。カブトムシかあんたは」
「フッ、こんな美人なカブトムシなら飼いたくなるだろう?」
「飼いたい!!!!!」
はっ! また冷たい視線が……!
怖いから目を逸らして口笛でも吹いておこっと。
ぴゅーぴゅー。
「それに、司と……あとは昴の様子を見ておきたかったからな」
会長さんは司のあとに俺へと視線を向けて静かに微笑む。
「え、俺もすか?」
「ああ、キミもだ。元気そうで安心したよ」
元気そう……ね。
渚と同様、その意味については考えるまでもなかった。
なにも知らない司、月ノ瀬、蓮見はよく分からなそうに首をかしげる。
わざわざ訳ありっぽい感じで言うのは、正直勘弁願いたい。
まるで俺と会長さんの間になにかあったみたいじゃないか。
いや、まぁ……それは事実なんだけど……。
「もう超元気っすよ。綺麗な会長さんを見たらもっと元気になりました。あざした」
「フフ、そうか。それなら安心だ」
会長さんはそう言うと、渚へと視線を向ける。
その意味深な視線に渚は肩をピクッと反応させた。
わたしはなにも知りません──
そう答えるが如く、渚は会長さんからスッと目を逸らした。
結局昨日、会長さんが渚に最後まで俺を見送らせた理由はなんだったのだろうか。
そうすることで……この人になんのメリットがある?
考えるが……当然、分かるはずもなく。
仕方ないからそれは置いておこう。
「えーっと……とりあえず俺は、先輩が勉強会に参加することに賛成ですよ。むしろ断る理由がありませんし」
おお、流石は司。即答である。
「月ノ瀬さんたちはどうかな?」
司が尋ねると、一同はまだ驚いた様子で顔を見合わせる。
「私も問題ないわ。先輩って成績もいいのよね? どんな勉強をしているのか気になるもの」
「あー月ノ瀬さん、そこはあまり期待しないほうがいいかも……」
「え?」
「ま、まぁそれはそのうち分かるかな……」
司が困ったように苦笑いを浮かべる。
それに関しては俺も完全に同意である。
たしかに会長さんは校内トップレベルの秀才ではあるのだが……。
……うん。
司の言う通り、そのうち分かるだろうからここでの説明は控えよう。
月ノ瀬とはまた違うタイプ、とだけ言っておこう。
「蓮見さんは?」
「わ、私も大丈夫! むしろ……いいんですか? 先輩の勉強時間を奪っちゃうんじゃ……?」
蓮見の言葉に会長さんが首を左右に振る。
「いや、そこは気にする必要はない」
「そうなんですか……?」
「ああ。多人数で勉強……というのは興味あるからな。むしろ私からお願いしたいところだ」
昨日もそんなことを言っていたが、やはり会長さんは『誰かと一緒になにかをする』ということに憧れがありそうだ。
それも、ちょっと青春っぽいやつ……。
もう三年の夏だというのに、この人はこれまでどんな学校生活を送ってきたのだろうか。
個人的にちょっと気になってしまう。
「せ、先輩が大丈夫でしたら私からはなにも……!」
「わたしも大丈夫……です」
司から聞かれる前に、渚がしれっと同意する。
「昴は?」
「いいぜ? 昴くん的には美少女が増えてハッピーよ」
断る理由無し! 爽やか笑顔でサムズアップ!
とはいえ、勉強自体は別にやる気ない。
適当に理由をつけて参加しない選択肢も当然存在する。
……が、その場合は渚辺りが面倒なことを言ってきそうな気がする。
それっぽく納得させられる理由があれば別だけど、少なくとも今は難しそうだ。
――と、いうのに加えて。
今回は会長さんの存在が少し気がかりだ。
本当にただ『楽しそう』という理由だけなら問題はないが……それはありえないと思う。
この人はそんな単純な女じゃない。
絶対になにかしらの思惑があって、俺たちの前に姿を現したはずだ。
それがなんなのか分からない以上、会長さんを放っておくべきではない。
「よし、じゃあ場所はどうする? 前と同じ空き教室とか?」
「待て司。せっかくだから場所は私が用意しよう」
「え、先輩がですか?」
「ああ。放課後、また改めて連絡する。それでいいか?」
会長さんの言葉に俺たちは頷く。
どうせ校内には変わりないし、個人的には場所なんてどこでも構わない。
……あ、でも職員室の近くとかはやめてほしい! ふざけられないから!
「では、私は戻るとする。突然すまなかったな。また放課後会おう」
会長さんはフッと笑みを浮かべて言うと、長い髪を靡かせてスタスタと教室から立ち去っていく。
その後ろ姿を見て、俺は目を細める。
ただの勉強会で終わればいいが……。
どうもあの人の行動はなにかと胡散臭く感じる。
俺の思い過ごしなら、それはそれで問題はないだろう。
しかし、用心するに越したことはない。
となると――
ここは一つ、保険でも打っておくか。
会長さんが教室から出て行ったことを確認すると、俺は「司、蓮見」と声をかける。
「どうした?」
「ん? なに?」
こちらを向いた二人に俺は提案する。
「せっかくだし、あと二人くらい呼ばね? そのうちの一人は相当大変だろうしな」
「二人?」
「大変っていうと……。あっ、もしかして……!」
蓮見が表情を明るくすると同時に、司たちも「あー」と声を上げた。
二人、が誰を指しているのか分かったのだろう。
司に関しては否定する理由がないはずだ。
むしろ望むところだと思う。
「いいと思う。俺から連絡しようか?」
「いや。ここはあえて、なにも言わずに放課後迎えに行ってやろうぜ」
「ふふ、面白そうじゃない。なら、その役目はアンタたちに任せるわ」
「オーケー。任せておきたまえよ。意地でも引きずってきてやるぜ」
「おい昴。あまり変なことするなよ?」
分かってるっての。
優しくエスコートしてやるから安心してくれって。
あまりにも嫌がったら、うっかりあのツインテールを引っこ抜くかもしれないけど。
実際問題あの二人は『保険』であるため、万が一に備えてその場にいてくれないと困る。
――そうと決まれば。
まずは放課後待ち……かな。