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第86.5話 朝陽司は遭遇する【後編】

「よし、これで全部拾い終わったかな」

「あ、うん……! 本当にありがとう司くん」

「いやいや、このくらい普通だって。とりあえずここは邪魔になるから……端に寄ろうか」

「そ、そうだね」


 地面に散らばった購入品を拾い終わった俺たちは、先ほどまで座っていたベンチまで移動する。


 並んで腰かけると、俺は改めて女の子に挨拶をした。


「順番が前後しちゃったけど……久しぶりだね」


 この子が俺の知っている女の子だって確証があったわけじゃない。

 

 だけど、俺のことを『司くん』と呼んだおかげで誰なのかが分かった。


 お互いに成長しているとはいえ、外見の雰囲気はあまり変わっていなかったから。


 あの頃から前髪が長かったし、大人しめな性格をした三つ編みそばかす女子は一人しか記憶に残っていない。


 懐かしさで思わず笑みをこぼしながら、俺は隣に座る女の子の名前を呼んだ。


「――有木ゆうきさん」


 俺が名前を呼ぶと、女の子――有木さんは照れくさそうに俯いた。


「う、うん……久しぶり、司くん」

「何年振りだろう……七年ぐらいかな」

「四年生に上がってすぐ()()しちゃったから……そのくらいかも」

「うわー……七年ってすごいなぁ」

「あはは……たしかにね……」


 有木ゆうき恵麻えま


 四年生。七年ぶり。


 その単語からなんとなく察しが付くと思うけど……有木さんは小学生のときにクラスメイトだった女の子だ。


 当時から引っ込み思案で、あまり目立っていた子ではなかったけど……テストでいつもいい成績を取っていたから印象に残っていた。

 

 彼女と同じクラスになったのは、二年生から四年生までの間だったけど……。


 その四年生に上がってすぐに、親の仕事の都合で地方へと転校して行ってしまった。


 子供だった俺に連絡を取る手段はなく、それからまったく会っていなかった。


 だから今、こうして偶然再会できて内心かなり驚いている。


「東京にはいつ戻ってきたの?」

「あ……えっとね、ちょうど高校に上がるくらいだよ」


 じゃあ戻ってきて一年ちょっとなのか。

 

 ということは……だ。

 去年、どこかですれ違っていた可能性でもあるのだろうか。


 うーん……分からん……。


 分からんけど……俺を見た有木さんの反応的に、実はどこかで~なんてことはなさそうだ。


「高校はこの近くなの?」


 何気なく近況を聞く。

 

 しかし、俺の質問に有木さんは一瞬言葉に詰まったような気がした。


 ずっと俯いていることで長い前髪が垂れ下がり、表情はよく見えない。


 これは……聞かないほうがいい内容だったかな。


 俺、ミスったかもしれない。


 別の話題に変えようとしたとき、有木さんは「……ううん」と小さく首を左右に振った。


「何駅か先にある……女子高なんだ」

「おー、女子高か」

「………うん」


 ……これは、あまり深堀りしないほうがいいのかもしれない。


 鈍感鈍感って昴にいつも馬鹿にされているけど、流石に俺でも分かる。

 

 学校の話を振って芳しくない反応が返ってくるということは、なにか訳ありの可能性があると見える。


 有木さんの高校生活を根掘り葉掘り聞く理由はないし……。


 ここは素直に話題を変えておいたほうがいいだろう。


「あー……それにしても、よく顔を見ただけで俺のことが分かったよね。ビックリしたよ」


 話題を変えたおかげが、有木さんは僅かに顔を上げる。


 前髪の隙間から茶色の瞳がこちらに向けられた。


「だ、だってその……司くん、全然変わってなかったから」

「そう? ちょっとは男前の顔に成長できたと思ったんだけどなぁ」

「あ、えっと……! そういう意味じゃなくて……! その……」


 あわあわと困った様子を見て、思わず笑ってしまいそうになる。


 こうしてすぐ慌てちゃうところも……あの頃のままだ。

 

 七年ぶりの再会で、有木さんと話していると懐かしい気持ちが胸に広がってくる。


「さっき……助けてくれたから」


 呟くように、有木さんは理由を説明した。

 なんとも短くて、あまりよく分からない理由だ。


 予想していなかった返答に俺は「え?」と聞き返す。


「司くん、困った人がいたらすぐに助けてたから。……さっきみたいに」

「え、そうかなぁ」

「そうだよ……だからすぐに分かったもん。も、もちろん顔とか……声とか、そういうのも理由の一つだけど……」

「な、なんかそう言われると恥ずかしくなってくるな……」


 急に褒められたことで恥ずかしい気持ちになる。


 すぐに助けてた……か。


 そうか……。


 まぁ……うん、そう言ってもらえて悪い気はしない。

 

 せっかくだし、ここは有木さんのお褒めの言葉をありがたく受け取っておこう。


「司くんこそ……よく覚えてたね。あたしのことなんて……わ、忘れてるのかなって思ってたよ。友達とか全然いなかったし……」

「最初はもしかしたら……? って感じだったけど、司くんって呼ばれて確信したよ。あ、この子有木さんじゃんって」

「そ、そうなんだ……」


 いやー、でも実際ちゃんと本人でよかったぁ。


 もしこちらから一方的に『有木さん?』とか声をかけて、万が一別人だったら……とてつもなく厄介なことになっていただろうし。


 ナンパと間違えられて、そのまま通報されてもおかしくない……!


 俺だって思春期男子だ。

 知らない女の子に声をかけるなんて、それはもうかなりのエネルギーがいるのだ。


 結果的に知らない相手じゃなくて心の底から安心した。


「あ、あの……司くんは、さ」


 安心した気持ちに浸っていると、有木さんがこちらを見上げたまま話を振って来る。

 

 「ん?」と俺は続きを促した。


「今は……ど、どこの高校に通ってるの?」


 そういえばこっちが聞いてばかりで、肝心の俺のことを話していなかった。


 たしかにこれは不公平かもしれない。


「汐里高校だよ」


 隠す理由はないため、俺はサラッと答える。


「え、汐里ってあの進学校の……だよね? すごいなぁ」

「そんなことないって。授業に付いていくので精一杯だし……テストも大変だよ」


 これはもう完全なる事実。


 テストは毎回上手いことパスしているが、気を抜いたら赤点を取ってしまってもおかしくはない。


 日向ほど危険ラインではないが……俺なりに精一杯頑張っている。


 ……え? 授業中寝落ちしかけてるだろ……って?


 そ、それはそれと言いますか……うん。


 ……。


 はい。

 

 本当に不甲斐ない男で申し訳ないです。


 俺の大変さを察したのか、有木さんは気を遣うように「あはは……」と笑った。


「そ、そっかぁ……。でもテストといえば、もうすぐ夏休み前の期末試験があるんじゃない?」

「…………」

「あ、司くん……?」

「…………ヤバい完全に忘れてた」

「え、えぇ……?」


 有木さんの言葉に、俺は思わず頭を抱える。


 そうだよ。今って七月じゃん。

 今月が終わると……いよいよ夏休みに入る。


 夏休みに入るということは……その前に学期末のテストがあるというわけで……。


「うわマジかぁ……テストのことだけ頭から飛んでたよ……」


 そのテストで赤点を取ってしまった場合、夏休み期間中に補習という名の地獄が待っている……!

 

 それだけはなんとしても避けないと……!


 というか、そんなことになったら志乃様のお怒りで朝陽家が大変なことになってしまう……!


 俺はテストのことを思い出させてくれた有木さんに、ぺこりと頭を下げた。


「あ、ありがとう……有木さん。危うく補習コースになるところだったよ……」

「ど、どういたしまして……?」


 補習回避のためには、しっかり勉強をしなければならない。


 昴やみんなに言って、また勉強会をするのも面白そうだ。


 五月のときも、それのおかげでいつもよりいい点数を取ることができたし。


 ――あ。


 昴、か。


 俺がコホンと咳払いをすると、それに対して有木さんが首をかしげた。


「あの、さ……有木さん」

「うん……?」


 言っていいものなのか、正直悩む。


 でも、ここで別れたあと……次にいつ会えるのかは分からない。


 有木さんがどういう反応をするのか分からないけど……。


 ……うん、ここはちゃんと伝えよう。


 秘密にしておくものじゃないし。


 自分なりの考えを纏め、俺は話し始めた。


「俺らと同じ小学校組のヤツらで、汐里高校に通ってる男がいるんだよ」

「え、そうなんだ……。誰だろう……男の子かぁ……分かるかな……」

「分かるよ。だってソイツも同じクラスだったから」

「同じ、クラス……? う、うーん……」


 有木さんは考え込むように視線を落とす。


 恐らく、当時クラスが一緒だった男子のことを一人一人思い出しているのだろう。


 「えっと……えっと……」と呟きながら考えている有木さんに――俺は告げる。


 まず真っ先に出ることがないであろう……男の名前を。


「――昴だよ」


 昴。


 その名前に、有木さんは表情を固まらせた。


 そして、ゆっくりとこちらを視線に向け……。


「――ぇ?」


 絞り出すように……声を上げる。


 ()()()()()()をされることは想定通りだ。


 『あっ! 昴くんなんだねー!』……みたいな。


 そんな明るい反応など微塵も期待していない。


 なぜならば有木さんは、四年生に上がってすぐに転校してしまったから。


 それ以降のアイツを見ていないから。


「青葉昴――覚えてるでしょ?」

「う、うん……もちろん覚えてるけど……。え、()()……昴くん?」


 信じられない様子の有木さんは、念を押すように尋ねてくる。


 俺は苦笑いを浮かべて「そうだよ」と頷いた。


()()、昴だ」

「……え、あっ……学校が一緒ってだけ……? それなら……」

「いや、今のアイツは俺の親友なんだよ。昨日だって一緒に遊んだし」

「う、うそ……」


 ありえない。


 目を見開いたその表情は……そう、物語っていた。

 

 まぁ、そうだよなぁ。


 ()()()を知ってる人間なら誰でもこうなるよなぁ。


 まさに『驚愕』という言葉がピッタリな状態の有木さんに、俺は話を続ける。


「中学も一緒でさ。アイツ、毎日のように騒がしいんだよ。いろんなバカをやって、周りを楽しませてくれてる」

「……ぇ?」

「しょうもないギャグを言っては冷たくあしらわれたり、クラスにいる女の子と面白い言い合いをしたり……退屈しないヤツだな」

「ちょっ、ちょっと待って…? ご、ごめん司くん……えっと、昴くんの話だよ、ね?」

「……実はそうなんだよ」


 有木さんは終始戸惑った様子で俺の話を聞いている。


「べ、別の男の子の話じゃなくて……?」

「じゃないんだよなぁこれが」


 君がそんなに戸惑う理由はよく分かる。


 だって君は、青葉昴という人間に対して良い印象を持っていないのだから。


 それどころか……悪い印象しかないだろう。


 であれば、そんな反応になってしまうのも当然のことだ。


 だけど、それでも俺は知って欲しかった。

 少しでも話しておきたかった。


 昴の現在を。


 昴の……変わった姿を。


「で、でも司くんって……昴くんと仲良くなかったというか……その……」

「ははっ、濁さなくても大丈夫だよ。仲良くなかったというか……普通に仲悪かったしね」

「仲悪いって……。だって、それは昴くんが一方的に……!」

「それはもう、昔のことだから。今のアイツを見たらきっと驚くよ? 雰囲気とか全然違うし……多分、会っても気付けないんじゃないかなぁ」


 もし、有木さんと昴がバッタリ遭遇したら……多分お互いに気が付かないままで終わるだろう。


 昔と今の昴とでは、雰囲気や顔つき、話し方も全然違う。


 その昴自身、有木さんのことを覚えていない可能性が高いし……。


 違う。


 覚えていないというより……記憶そのものを閉じ込めている……というほうが正しいのかもしれない。

 アイツにとって、忘れたい過去だろうから尚更……。


 俺が嘘を言っているように見えなかったのか、有木さんは複雑な表情で……口を閉じた。

 

 自分が知っている昴と、俺から聞いた昴。


 あまりにも異なるその姿に、まだ理解が追い付いていないのかもしれない。


 それでも。


 今こうして話してよかったと、俺は思っている。


「そうだ、なんなら今度昴と――」

 

 言いかけたときだった。




「朝陽くんお待たせ! 待たせちゃって……ごめ――ん?」

「アンタ、さっき私を助けなかったこと後悔させて――て……」


 

 ショッピングが済んだであろう、蓮見さんと月ノ瀬さんがこちらに向かって歩いてきた。


 おっと……話してたらあっという間だったな。


 ちょうどいい機会だし、有木さんのことを二人に紹介しておこう。


 ――と思ったのだが、蓮見さんは俺の隣に座る有木さんを見た瞬間……表情がピシッ! と固まった。


 おっと……これは、いったいどうしたのだろう。


「れれれれれれれれ」


 突然『れ』を連呼しだした。


 いや怖い怖い。


 蓮見さんは震えながら月ノ瀬さんの服を掴む。


「れれれ、れいちゃ……朝陽くんがが、お、女の子と……!!」


 ……これは俺には分からないし、ひとまず放置で。


 次に、俺は月ノ瀬さんの顔を向けて……。


 そして。


「え……?」


 思わず、疑問の声が上がった。


 月ノ瀬さんも蓮見さんと同じように目を大きく見開き……身体を震わせていたからだ。


 だけど。


 その震えは……蓮見さんのものとは異なっているように見える。

 

 視線は俺ではなく……俺の隣、つまり有木さんへと向いていた。


 もしかして、有木さんのことを知ってるのだろうか……?


 そう思って有木さんの顔を見てみると……再び俺の中に疑問が生まれた。


「……っ」


 有木さんも、月ノ瀬さんのことを見ていたからだ。


 それも……かなり驚いた様子で。


 三者とも似たような反応をしている現状に、俺は考えが追い付かなくなる。


 え、これ……どういう状況?


 ハテナまみれの状況で、有木さんが……口を開く。


「つ、月ノ瀬……さん……?」


 小さな唇を震わせ……彼女の『名前』を呼ぶ。


 その声を聞いた瞬間――


 ギリッ。


 音が聞こえた。


 音の方向は月ノ瀬さんからだ。

 きっと……歯を噛みしめた音。


 月ノ瀬さんの表情には、驚きではなく……強い『怒り』が満ち溢れていた。


「れ、玲ちゃん?」


 雰囲気が一変したことで蓮見さんが心配そうに声をかけるが、その声が本人に届くことはなかった。


 自分の怒りをぶつけるように――


 今度は月ノ瀬さんが……口を開く。


「なんで――」


 なんで。


 有木さんをキッと睨みつけて。


 月ノ瀬さんは強気なところがあるけど、こんなにも怒っている姿は初めて見た。


「なんであんたがこんなところにいるのよ――!」


 低く、静かに言い放たれたその声からは強い怒気と……。


 『恐れ』を感じた。


「有木――!」


 有木さんの名前を呼ぶ。

 つまり二人は……互いの名前を知っている関係だということだ。


 なぜ、この二人が知り合いなのか。

 なぜ、お互いにこんな驚いているのか。


 なぜ、有木さんは月ノ瀬さんを見て恐れているのか。


 なぜ、月ノ瀬さんは有木さんを見て怒っているのか。


 

 今はただ……分からないことが多すぎる。


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