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第86.5話 朝陽司は遭遇する【前編】

「ねね、玲ちゃんってワンピースとか着る?」

「うーん、どうかしら。あまり着たことはないわね……そもそも私に似合うのかが分からないわ」

「絶対似合うよ! 玲ちゃんは美人だからなに着ても絶対似合う! だよね朝陽くん!?」

「え、あぁ……うん。似合うんじゃないかな……?」

「……なんで疑問形なのよ」

「に、似合う! 似合うと思うよ!」

「……そ、そう……ならいいのよ、うん」

「そんな玲ちゃんにおすすめしたいのはね~……」


 二人に見えないように小さく息を吐く。


 日向や志乃もそうだったけど……どうして女子のショッピングはこんなに時間がかかるのだろう。


 それに、どうしてこちらに答えを委ねてくるのだろうか。


 月ノ瀬さんも蓮見さんも、誰が見ても頷くレベルで可愛らしい容姿をしていることは事実だ。


 そんな二人なのだから、どんな服を見せてきても『似合ってる』以外の答えは存在しないわけで……。


 もう何度目か分からないやり取りに、流石にちょっと疲れを感じてきた……。


 でも、まぁ……。


「私、こういう服全然持ってないわね……」

「えぇ!? もったいないよー! じゃあ私が玲ちゃんのために頑張っちゃう!」

「ふふ、なによそれ」


 月ノ瀬さんが楽しそうな姿を見ていて……悪い気はしない。


 ああやって笑い合える友達と出会えてよかったな、と。

 それは正直な気持ちだった。


 ――と、いうわけで。


 俺、朝陽司は現在駅前のショッピングセンターに遊びに来ていた。


 メンバーは俺と、月ノ瀬さん、そして蓮見さんの三人。


 いわゆる美少女二人と一緒にいるから……なんというか、正直ちょっと肩身が狭い。


 二人が周囲の視線を集めていることには当然気が付いている。


 だからこそ余計に……冴えない俺が一緒で申し訳ない気持ちになってくる……。


 昴だったらこの状況、すごく喜ぶんだろうなぁ……。


 とはいえ、別に退屈だとか嫌だとか……そういう気持ちはない。


 友達とこうして遊ぶ時間は好きだ。


 昴や渚さんに用事があったのは残念だけど……。


 みんなは今なにしてるんだろうなぁ……。


「ごめん朝陽くん!」

「え、あ、どうかした?」


 おっと……考えごとをしていたせいで話を全然聞いていなかった。


 俺が意識を目の前に向けると、蓮見さんが両手に洋服を持ちながらこちらを見ていた。

 

 持っている服は多分……自分用じゃなくて月ノ瀬さん用なのだろう。


 その姿から、これから蓮見さんがなにをするのかなんとなく察しがついた。


「玲ちゃんの服を本気で考えるから、ちょっとだけ時間もらってもいいかな!?」


 あー……やっぱりなぁ……。


 予想通りの展開に、俺は苦笑いを浮かべる。


 オシャレスイッチが入ってしまったのか、その瞳はキラキラと輝いていた。


 まるで着せ替え人形で遊ぶ少女のように楽しそうな蓮見さんに対して――


「つ、司……助けなさい……!」


 言葉通り、月ノ瀬さんは助けを懇願するような目で俺を見ている。


 これからきっと、月ノ瀬さんはアレコレいろいろな服を着させられるんだろうなぁ……。


 ……男として、正直どんな服を着るのか気になる部分はあるけど。

 

 ここはどうしたものか……。


 月ノ瀬さんを助けてあげるか、蓮見さんの意見を尊重するか……。


 考えた結果、俺が出した結論は――


 俺はふっと笑い、蓮見さんへサムズアップ。


「蓮見さん! がんばって!」


 ――ごめんよ月ノ瀬さん!


 俺がそう言うと、蓮見さんは元気よく笑顔を浮かべて「うん!」と自信満々に頷いた。


「玲ちゃんのために頑張っちゃう!」


 うんうん、頑張れ頑張れ。


 ………。


 月ノ瀬さんが物凄い形相でこちらを見ているが……ここは知らないふりをしておこう。


 見たらきっと沼に引きずり込まれる。


 見ない見ない……。

 

「よっし! じゃあ玲ちゃん! 試着室へ行くよー!」

「えっ! ちょ、ちょっと晴香! もうちょっとゆっくり……!」

「ゴーゴー!」

「だ、誰か助けて……!!」


 月ノ瀬さんは悲痛な叫びを上げながらズルズルと引きずられていく。


 えっと、今から連れて行かれるのって試着室だよね……?


 なにかヤバい部屋とかじゃないよね……?

 

 あんな強引な蓮見さんは珍しい気がするけど、それほど月ノ瀬さんとのショッピングが楽しいのだろう。


 ――もしかしたら、幼馴染の渚さんは昔からあんな感じで振り回されていたのだろうか。


 そうだとすると……。


 うん、ご愁傷様としか言えない……。


「司、助け――」


 引きずられている月ノ瀬さんが俺に向かって手を伸ばしているが……。


 助け出してあげたい気持ちをグッと抑え、俺は泣く泣く目を逸らした。

 

 ごめん月ノ瀬さん……! 強く生きてくれ……!


 せめて心の中で応援しておこう……。


「覚えてなさいよ司ぁ……!」


 なにやら物騒なこと言いながら、月ノ瀬さんは試着室へと連れ込まれてしまった。


 試着室のカーテンが閉まったことを確認すると、俺はホッと一息。


「さて……と」


 俺はなにをしようかな……。


 あまり遠くに行くわけにもいかないし……。


 うーん……アレかな。

 通路のベンチにでも座って二人を待つとするかな。


 ついでに昴や志乃にメッセージを送って、暇つぶしの相手をしてもらうのも面白いかもしれない。


 あーでもなぁ……。


 志乃はたしか日向の練習試合を見に行ってるだろうし。


 昴は花さんと出かけるとか言ってたし……。

 

 連絡取れるか分からないうえに、邪魔するのもちょっと気が引ける。


 ここは大人しくネットでも見て時間を潰そう。


「それにしても……流石の人混みだなぁ」


 俺はベンチに座り、周囲を見回して呟く。


 今日が日曜日だということや、七夕イベントを開催していることもあり……とにかく建物内は老若男女問わず賑わいを見せている。


 七夕イベント、かぁ。


 まさか二日連続で短冊に願いごとを書くなんてな。


 初めての経験に自分でも少し笑ってしまう。


 願いごとの内容自体は、昨日とそんなに変わらないものだけど……。


 蓮見さんと月ノ瀬さんは、なにを書くか結構考え込んでいた印象だ。


 結局、二人が書いたことは『これからもみんな元気に~』みたいな……当たり障りのない優しい願いごとだったけれど……。


 本当はなにか別に書きたいことでもあったのかもしれない。


 それがなんなのかは……分からないけど。


 なんにせよ、二人の願いが叶うよう微力ながら俺もお星様に祈っておこう。


 もちろん、志乃や昴の願いもな。


 ……いや、昴に関しては三つくらい願いごと書いてたよな。


 貪欲にもほどがある……。

 まぁそういうところがアイツらしくて逆に安心するけど。


 ――昴、か。


 ふと、親友の最近の様子を思い浮かべる。


 表面上はいつも通り明るくて騒がしいけど……どこか雰囲気が少し変わったような気がした。


 具体的に言葉にできないけど……学習強化合宿が終わってからだろうか……。


 ……もしかしたら、渚さんの存在が僅かながら昴に影響を与えているのかもしれない。


 アイツが渚さんをどう思っているかは分からない。


 それでも渚さんは、あんなバカ野郎のことを友達だと言ってくれた。

 悩んで、怒って、悲しんでくれた。


 そんな渚さんには、ぜひ頑張って欲しい気持ちでいっぱいだ。


 俺は俺なりに。

 渚さんは渚さんなりに。


 これからもアイツと関わり続けよう。


 きっと、いずれ昴のことを『見て』くれる人間も増えていくはずだ。


 そのとき……俺は改めてアイツに言ってやるんだ。


 ここがお前の居場所なんだ――と。


 ……そういえば最近は、志乃も昴の話をすることが増えた。

 志乃なりになにか思うことでもあるのだろうか。


 ここはお兄ちゃんとしてしっかり把握しなければ……!


「まったく……厄介な親友を持ったもんだよ……」


 我ながらよくあんなヤツと仲良くなったものだと思う。


 コイツとは絶対に仲良くなれない。

 そう……思っていたのに。

 


 昔の昴なんて――



「わわわ――!」


 

 突然、女の子の慌てたような声が聞こえてきたことで思考が途切れる。


 声の方向へと顔を向けると、そこには派手に転んだであろう一人の女の子が地面に倒れていた。


 足元には買い物袋から飛び出た雑貨や文房具が散らばってしまっている。


 これは……なかなか大参事だな……。


「や、やっちゃった……」


 女の子はその惨状を見て、今にも泣き出しそうな顔をしている……ような気がする。


 というのも……前髪が長いせいではっきりとその表情が見えない。

 

 そばかすが特徴的な女の子は黒髪を三つ編みにしており、前髪の隙間から涙で潤んだ茶色の瞳が覗いている。


 細身で身長も高くはなく……小柄寄りに見える。


 俺がこんなことを言うのは失礼だけど……パッと見、地味な印象を感じ――


 ……あれ?


 散らばった物を拾い集める女の子を見て、俺は首をかしげる。


 ……いや、今は俺のことよりあっちのことが優先だ。


 あんな姿を見てしまった以上、放っておくわけにはいかない。


 俺はベンチから立ち上がって女の子のもとへ向かうと、足元に落ちている一本のマーカーペンを拾い上げた。


「大丈夫ですか?」

「えっ――?」


 声をかけられたことで、女の子は驚いた様子で俺を見上げた。


「あああ、ありがとうございます……!」


 女の子は立ち上がり、お礼を言いながら俺からマーカーペンを受け取った。


 拾ったものをすべて買い物袋に戻し……再び俺へと視線を向ける。


 前髪のカーテンから覗く、綺麗な茶色の瞳と目が合う。


 ……数秒程度、互いに沈黙が訪れた。


 そして。


 再び――


「えっ――!」


 と、驚いたような声をあげた。



 女の子は不安そうに声を震わせ、俺に問いかける。


「つ、司くん――?」


 あぁ。


 やっぱりこの女の子は――

 

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