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第10話 学生の本分は勉強である

 学生の本分は勉強だとよく聞く。

 たしかに成績が悪いと進級できないし、進学にしても就職にしても選択肢が狭まるのは間違いないのだろう。

 どんなに運動ができても、どんなに人が良くても、一定の成績を収めない者は一個上のステージ(学年)に登ることすら許されないのだ。


 実際、我々はお金を払って高校という教育機関のお世話になっている。


 だるくても勉強しろ、というのはまさにその通りではある。


 まぁ、だるいものはだるいからやる気が出ないのも当然なのだけれど。


 ――とはいえ。


「さっき説明した公式があるよね? で、それをちょうどこの問題に当てはめるんだけど……」

「ほぇ? さっきの公式? ……なんだっけそれ」

「……ひ、日向ぁ」

「クックック。おい日向、今のうちから志乃ちゃんを志乃先輩って呼ぶ練習しておけよ」

「ヤ、ヤダ! そんなの絶対イヤです~! 昴先輩のいじわる!」 


 こんな状態にはなりたくないものである。

 

「川咲さん、よくうちの高校入れたね」

「司と同じ高校に入るためだけに死ぬ気で勉強したんだよ」

「あー……納得」


 俺の目の前に座り、国語の問題集を解いていた渚が言った。

 

「でもさ、そういう目的だとしても本当に入れちゃうのはすごいよね」

「そうなんですよ晴香先輩! あたしってやればできるっていうか――」

「日向――じゃあやって? やれるよね?」

「ひえぇっ。つつつ、司先輩! 志乃が怖いですー! 助けてください~!」

「日向……来年は後輩として志乃を支えてやってくれ」

「先輩まで!?」


 ハハハ、と笑い声に包まれる。


 俺たちは今、大原先生に言って空き教室を使用する許可をもらいみんなで勉強していた。

 蓮見の提案で先週から行っている勉強会の真っ最中である。


 そして現在、試験一週間前ということで、部活動は強制的に休みとなる。

 

 お前らは勉強しろ、と学校からのお達しだ。


 せっかくだから、と司が志乃ちゃんに声をかけたことで一年生コンビも勉強会に参加している……というわけだ。


 なんでも、志乃ちゃんも日向に勉強を教えることが大変だったようで……。

 ぜひ先輩たちの力を貸してほしい、と志乃ちゃんたってのお願いで勉強会に参戦してきた。


 さっきの日向の様子を見るに、大変そうなのは確かだな……。


「というか、一年生の最初のテストなんてほぼほぼ中学の問題だろ? そんな苦労するところあるのか?」

「昴先輩!」

「んだよ」


 司を挟んで俺の右横に座る日向が目をクワっと見開く。

 

 ちなみに席順としては――。

 俺、司、日向が横並びに座り。

 向かい合うようにして渚、蓮見、志乃ちゃんが座っている。


 そして月ノ瀬はいつも通りお誕生日席であった。


 実際、月ノ瀬はどんな質問をしてもかなり分かりやすく教えてくれるため、全体を見ることができる今の席は最適だ。


「そんな内容あたしが覚えてると思いますか!?」

「思ってないぜ!」

「でしょー!」

「うんうん!」


 デヘヘヘ、と俺と日向は顔を見合わせて笑い合う。


「日向! 昴さんも!」

「「はいごめんなさい志乃先生」」


 そして同時に頭を下げた。

 それはもう机に叩きつける勢いで頭を下げた。


 志乃ちゃんは怒るとマジで怖いし。ダメ絶対。


 「もう……」と志乃ちゃんはこめかみに手を当て、ため息をついた。


「志乃さん、川咲さん」


 このなんとも言えない状況に差し込む一筋の光。

 月ノ瀬大先生の登場である。


「すみません、問題を見せていただいてもいいですか?」

「あ、はい! どどど、どうぞ!」 


 大先生は日向を見て優しく微笑んだ。

 未だに月ノ瀬との会話に慣れていない日向は、慌てて問題を見せる。

 

 ……まぁ、こんな美人と話すの普通に緊張するよな。


 俺もまだ司たちが一緒にいるからいいけど、二人きりになったらちゃんと話せるか分からんし。


 月ノ瀬は長い髪を耳にかき上げ、問題集に目を落とす。

 

「……なるほど。これなら私も力になれるかもしれません」

「本当ですか月ノ瀬先輩? 日向、こんな感じですけど……」


 こんな感じ。


 言われてんぞ日向。


「ふふ、大丈夫ですよ。川咲さん、ちょっと別の考え方をしてみましょうか」

「別の考え方?」

「ええ、そうです。例えば――」


 まるで本当の教師かのように、月ノ瀬は優しく分かりやすく説明を始めた。

  

 その説明にはじめはポカーンとした日向だったが、話が進むごとに表情が変わっていった。

 一緒に話を聞いていた志乃ちゃんも、食い入るように耳を傾けている。


「おー……さすがだね、月ノ瀬さん」

「うん、ホントにね。晴香も赤点取らないようにがんばらないとね」

「だ、だからそこまで酷くないよう!」


 日向は月ノ瀬に任せるとして……。

 蓮見も見ている感じ赤点を取ることはないだろう。


「んで、司はテスト大丈夫そうなのか?」

「大丈夫だと思う。新学期一発目だし、新しい内容も多くないだろ?」

「そりゃそうだな。ほんじゃ、みんな心配なしか」

「昴は……ってまぁお前は大丈夫か」


 当たり前だぜ……と俺はドヤ顔を披露する。

 前から「うざ」って聞こえてきたけど気にしないことにする。


 実際、一学期最初のテストなんて去年の復習みたいなものだ。

 

 よほど悪い成績を取ってきたとか、勉強内容なんてまったく覚えてないとか、そういうレベルではない限りは問題なくパスできるだろう。


「一回くらいは昴に勝ってみたいけどなぁ」

「別にいいだろこの程度。その分お前は俺より勝ってるところいっぱいあるじゃねぇか」


 主人公属性とかなぁ!? モテ度とかなぁ!?


「そうかぁ?」


 当然自覚しているわけがなく、司は首をかしげる。

 

「あるよ、いいところも沢山な。なぁ、蓮見?」

「うぇっ!?」


 俺はニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 予想していなかった一撃に蓮見は驚いてシャーペンを床に落とす。

 

 まったくもう……、と渚が代わりに拾ってあげていた。


「あ、ありがとうるいるい……」

「青葉、自分は勉強できるからって晴香の邪魔しないで」


 シッシッと、まるで虫を追い払うように渚は手を払う。

 二人はそのまま勉強に戻っていった。


 隣を見ると司も黙々と問題集と向き合っている。

 

 なんだよぉ、せっかく勉強会を盛り上げようとしてるのにさぁ。

 

 ――え、勉強会なんだから盛り上げる必要なんかないだろって?


 …………確かに? あれ、ひょっとして俺邪魔?

 

「な、なるほどぉ! なんかすっごい分かったような気がします! すごいです先輩!」


 暇な気持ちを持て余していると、日向の声が教室内に響き渡った。


「わ、私も驚きました……。考え方でこんなに解きやすさって変わるんですね」

「数学は基本的に答えが合っていればいいですからね。ゴールにたどり着くまでの道のりは人それぞれなので、自分に合う道を探すことが大切なんです」


 あの人、なんかすっげぇ深いこと言ってない?

 俺も気になるから、あとでどんな風に教えてもらったのか聞いてみようかな。


 おバカな日向があんなにピンと来てる顔してるなんて相当だもの。


 日向は瞳をキラキラさせて月ノ瀬を尊敬のまなざしで見ていた。


「またなにかあればいつでも聞いてくださいね」

「あ、それでしたらその……私も聞いていいですか?」

「もちろんです。どこですか?」


 おー……次は志乃ちゃんか。

 

 月ノ瀬玲、後輩の心をガッチリ掴む。


「あ、そうだ司先輩」

「ん? どうした?」


 トントン、と日向は司の肩を軽く叩く。

 司が自分を見たあと、ニッコリと笑顔を浮かべた。


 あっ――これアレだわ。

 

 俺はその笑顔を見た瞬間、いろいろ察した。


 中学時代から何度も見てきたこの笑顔。


 この顔をしている日向は大抵――


「テスト頑張ったら、ご褒美ください!」


 ()()()()をしてくる。

 

 日向の突然のおねだりに、蓮見が小さく「ご褒美……え、ご褒美……?」と呟いていたのを俺は聞き逃さない。

 ちょっと笑いそうになったのは秘密である。


「ご褒美って、なにかしてほしいことでもあるのか?」

「んー……それは考えておきます! どうですか!?」


 うーん、と司は考える。

 

 それにしても、テストを頑張るってなんだ。

 なにがどうなると『頑張った』ってことになるんだ。


 そのあたり司はなにも考えてないんだろうなぁ。


「日向は俺たちと同じ高校に入るために頑張ってくれたもんな」

「はい! もうめっっっちゃ頑張りました!」


 俺たちっていうか、お前と同じ高校に入るためだぞ。

 そこに多分俺は入ってないぞ。あ、なんか悲しくなってきた。


 それから改めて司は考えると、軽い調子で頷いた。


「うん、いいよ」

「ホントですか!? 嘘じゃないですよね!?」

「嘘じゃないよ。だからテスト頑張れるか?」

「はい! あたし超頑張ります! ……やった――!」


 日向は嬉しそうにひざの上でガッツポーズ。


 こうして朝陽司は無自覚に好感度を上げていく。

 どんなご褒美を要求されるか分からないのに……。


 頑張った後輩を労ってあげるだけ。司の中ではそれだけのことなのだろう。

 何気ないその返答が、他のヒロインズをどう思わせているのかなど知らずに。


 ――ま、見てる分には面白いからいいけどね。もっとやってくれ。


 あと蓮見、小さい声で「いいなぁ……」って言ってたのも俺はバッチリ聞こえてるからな。笑うから本当にやめてくれ。


「……あーあ、ムカつくから名前書くの忘れてゼロ点取ってくれねぇかな」

「ちょっと昴先輩!? 聞こえてますからね!?」

「聞こえるように言ったからな」

「最低な先輩だ!?」


 ギャーギャーと騒ぐ日向を無視して、俺は改めてシャーペンを手に取る。

 みんな真面目にやっていることだし、俺も勉強するかぁ。


 これでもしこの中の誰かに成績抜かれたら流石に悔しいし。


 あ、もちろん月ノ瀬大先生は別ね。勝てる気一切無し。


 さーてと。やるかぁ……。


 遊びたい気持ちを心の隅に押しやり、勉強スイッチを入れる。


 せっかくこんなに人数がいるのなら、机に向かうんじゃなくて遊びたいってのが本音だけど――。


 まぁ。


「あ、ごめん昴。ここちょっと教えてくれないかな? 絶賛苦戦中で……」

「んぁ? それ古文か。仕方ねぇな。いっちょ青葉先生も出勤してやるか」

「……あ、わたしもちょうどそこやってた。青葉、わたしにも教えてくれない?」

「あっ、せっかくだから私も聞いておこうかな」

「おうおう、まとめて教えてやんよ。いいか? よく聞けよ?」


 こういう時間も、嫌いじゃない。

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