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第84話 青葉昴は謎の少女に謝る

「あいたた……」


 尻もちをついている女の子に声をかける。


 女の子は黒髪を三つ編みしているおさげスタイルだった。

 目元を隠すように伸ばされた前髪の隙間からは、チラチラと茶色の瞳が覗いている。


 細身で身長も高くはなく、平均よりは下……程度だろうか。


 こう言っては失礼だが……パッと見、地味な印象を感じる女の子だった。


 ちゃんと顔は見えないが……恐らく同年代くらいか?

 

 容姿はとりあえず置いておいて……。


 女の子の服装がワンピースでよかった。


 仮に短めのスカートとかだったら……尻もちの格好的に、大変なことになっていた可能性がある。


 そういうラッキースケベ的なアレは、ラブコメの中だけにしておいてもらって……。


 現実でそんなこと起きたら、通報からのハローポリスメンコースだからね。


「すみません、よそ見しちゃってて……立てますか?」


 俺は身をかがめて、改めて声をかける。


 女の子は俺の視線に気が付くと、ハッとして慌てて立ち上がった。


「ごごごご、ごめんなさい……! 私もその、店内の装飾に夢中になっちゃってて……!」


 可愛らしい声でそう言うと、勢いよくこちらに頭を下げる。


「ああぁぁちょっ! その、俺は大丈夫なんで! 頭上げてください!」


 周囲の目もある中で、女の子に頭を下げさせてしまったら……それこそヤバい男みたいに思われてしまう。


 俺の焦りが伝わったのか、女の子は「は、はい……」とゆっくり顔を上げた。


 ホッ……と俺は一息。

 危なかったぁ……。


 もっと目立ってしまう前に、さっさと必要なことを済ませてここから立ち去ろう。


「えっと……怪我はないです?」

「あ、は、はい……! あの、そちらは……?」

「それならよかった。俺も問題ないです」


 よし、怪我もないようだな。

 それなら気にすることはもうなにもない。


 もしも、怪我なんてさせてしまったら……ね。


 女の子、怪我。

 双方の親、召喚。

 青葉家、謝罪。

 

 終わっちゃう……ね。うん。


 なんとか社会的死亡ルート回避!


「昴ー? なにかあったのか?」


 少し離れた場所から会長さんの声が聞こえてくる。


 おっと……早く行かないと。

 司たちを見失ってしまう。


 こんなところで時間を食うわけにはいかない。


「おっと……連れが待ってるんで。俺はこれで」

「えっ、あ、はい……!」


 俺はサクッとそう言い、女の子に軽く会釈をして背中を向けた。


 女の子は未だに戸惑っている様子だったが、俺は構わず会長さんたちのところへ歩き出す。


 ――休日のショッピングセンターで、初対面の女の子とぶつかる。

 ……アレだな、ラブコメ的イベントが起きそうな導入だな。


 だが、あいにく特別ななにかが起きるわけでもなく……。


 自分で言ってて、なんか悔しくなってくるな。


 名前だけでも聞いておけばよかったかなぁ!?


 ――というのは冗談で。


 そういうのは司の役目であって俺の役目ではない。


 ラブコメなど、俺には必要ないのだ。


 ま、別にもう会うことはないし問題ない。


 顔もしっかり見たわけではないし、仮にどこかですれ違っても気が付くことはないだろう。


「知り合いか?」


 二人と合流すると、会長さんが俺に尋ねてくる。

 

 その質問に「いえ、全然」と首を左右に振って答えた。


「ちょっとぶつかっちゃって……怪我してないようなんでよかったっす」 

「へぇ……通報されなかったんだ? 残念」


 ふふ、と小さく笑って渚は言った。


 コイツさては……俺が慌てている姿を見て楽しんでたな?


 女の子に頭を下げさせてる光景を見て内心爆笑してたな?


 渚の言葉に俺は「お前なぁ……」とため息をついた。


「もし事情聴取されたら真っ先にお前の名前出してやるからな」

「やめてくれる? 無関係だって装うから、わたし」

 

 なんて非情なっ!


 でもコイツだったら普通にそういうことしそう。

 

 『青葉昴……? え、誰ですか?』とか言い出しそう。

 

 そんな俺たちの短いやり取りを聞いていた会長さんが「フフ」と笑った。


「おや。てっきり私は、留衣が嫉妬しているかと思ったのだが……」

「……え? わたしがコイツにですか?」

「ああ。キミが昴に、だ」

「え、ありえないですけど。なんで?」

 

 渚は表情をポカーンとさせて……スッと真顔に戻って言い放った。


 真顔で。キッパリと。


 会長さんの言葉を否定した。


 さらっとタメ口で『なんで?』って聞いてるのが余計に心にくる。


 ……あれー。おかしくない?


 なんで二人の会話なのに俺だけが傷ついてるの?

 なんでるいるいはそんな真顔で否定するん?


 嫉妬してんの? みたいな煽りに対してよくあるじゃん。


 『バッ、バッカじゃないの!? 誰がコイツなんかに!』みたいな。


 顔を赤くしてさぁ……焦っちゃってさぁ!

 そういう初々しい反応はないの!?


 真顔で『え、ありえないですけど』は流石に酷すぎない?


「……そう、か」


 冷静すぎる渚の返答に、会長さんはなんとも言えないような表情で頷いた。


 その後、二秒程度無言の空気が流れ――


「さ、行こうか」

「っておいおいおい! 待ってくださいって!」


 何事もなかったかのように歩き出した会長さんを思わず引き留める。


「む……? なんだ昴、トイレか? トイレならあそこに――」

「いや違うから。嫉妬のくだりをなかったことにするのやめてくれます?」

「不服か?」


 会長さんは、表情を変えることなくこちらに問いかける。


 この人加害者側だよね?

 なんでそんなクールな感じなの?


「不服だわ! 俺だけが傷ついて終わったじゃないですか!」

「……不服か?」

「いや不服だっつの!」

「よし。なら問題ないな。行こう」

「オッケー! ――ってなるかぁ!」

 

 はぁはぁ……。


 疲れた……ツッコミし過ぎたせいか頭いてぇ……。


 俺は今日、会長さんと漫才しに来たわけじゃないんだが?


 酸素不足なのか知らんけど、ちょっとふらつくしさぁ……。


 ひょっとして会長さん、相手の体力を奪うスキルでも持ってる?


「あんた、生徒会長さんと仲いいじゃん」


 息を荒げる俺を見て渚が淡々と言った。


 俺は息を切らしながら、ジトッと渚を睨みつける。


「ったく……他人事みてぇに言いやがって。俺に嫉妬しろよるいるい!」

「え、なんで?」

「だってお前、俺のこと好きじゃん」


 俺の言葉に渚は目をパチパチとさせ、「おー……」と小さく拍手をし始めた。


 よく分からない行動に俺は眉をひそめる。


 いったいなんの拍手なんだ……?


 その疑問に答えるように、渚は感情の籠っていない声で言った。


「あんたの今のギャグ、今日で一番面白かったかも」


 うぐぅ!!!


 切れ味抜群の言葉のナイフが俺を貫く。


 ……今のが今日いちってマジ?


「まさかのギャグ認識されてる件につきまして」

「ギャグでしょ?」

「マジだが?」

「バカなの?」


 うーん会話のリズム感よし!!


 ……あかんもう昴くん泣いてまう。


「フフ――!」


 突然聞こえてきた笑い声に、俺と渚の視線が同時に動く。


 すると、声の主……会長さんは口元を抑えながら肩をプルプルと震わせていた。


「フフフ……!」

「せ、生徒会長さん……?」

「……コホン。いやすまない……キミたちのやり取りが面白くてな」


 流石、笑いのツボが赤ちゃんの人だ。


 俺たちのやり取りでそんなに笑うなんて……。


「やったな、渚。コンビ組んで芸人になる?」

「なりません」

「そうすか」


 振られました。

 これからも大人しくピンでやっていこうと思います。


 会長さんは息を整えると、俺と渚を交互に見て「それにしても……」と話を始めた。


「二人は少し不思議な関係だな」


 不思議な関係……? 

 どういう意味だろう?


 チラッと渚の様子を見てみると、同じようにハテナマークを頭上に浮かべていた。

 

 会長さんはいつも通りフッと笑い、話を続ける。


「別に恋人同士というわけではないのだろう?」

「生徒会長さんホントにそれだけはやめてください」


 俺に答える隙を与えず、渚が即答する。


 ………。


 いや別に、いいんすよ? 事実なので。


 事実だからいいんだけど……なんかこう……さ。


 あまりにも即答過ぎて驚いたよね。

 一考の余地すらなかったよね。


 いやいいんだけどさ。


 会長さんはそんな俺を見て……気まずそうに苦笑した。


「……すまない、昴」

「あの、素で謝られるのが一番傷つくのでやめてください」


 今のはスルーでいいんですわ。

 逆に謝ってほしくないんですわ。


「まぁ……そうだな。キミたちのような関係を見ているのは嫌いではない、ということだ」

「俺たちの……」

「関係……?」

 

 俺たちの関係……ねぇ。


 どう言い表せばいいのか分からないけれど。


 友人でも、恋人でもないのだから。

 それ以外の……なにか。


 会長さんの言葉に、どれほどの意味が込められているのかは分からない。


 言葉通りなのかもしれないし、なにか別の意図が含まれているのかもしれない。


 それが分かるのは……目の前に立つこの人だけだ。


「――っと、流石に話をし過ぎたな。行こうか」

「え、あ、最後まで言わねぇのかよ……」

「ちょっと気になるけど……仕方ないか。ほら、あんたも行くよ」

「へいへい……」

 

 いつもそうだ。


 星那沙夜は、わざと遠回しな言い方ばかりをする。


 核心には触れず、外側だけをなぞるように……。

 底を語らず、上辺だけを見せるように……。


 この人のこういうところには……未だに慣れない。


 俺は会長さんではないし、語られる言葉一つ一つの本心など……分かるはずもないのだから。


 × × ×


 悲報。


 ――事件発生である。


「見てくれ昴、このトップス可愛いと思わないか?」

「あーそうっすね」

「留衣、このパーカーはキミに似合うと思うのだが……どうだ? キミはパーカーが好きそうだからな」

「え、えっとー……好きですけど……あの……」

「ちなみに私的に思う、留衣のベストファッションなのだが――」

「おいコラ星那沙夜」

「……む?」


 ショッピングセンター二階にズラッと並んだ服屋……アパレルショップにて、会長さんが嬉々として洋服を見ていた。


 あれかな、これかな、と目を爛々と輝かせて洋服を見るその姿を見ていると……やはりこの人も年相応の女子高生なのだなと思った。


 ショッピングは楽しいからね。

 テンションが上がっても仕方ないよね。


 分かる分かる……。


 ――って、そんなことどうでもいいんだわ。


 思わずタメ口で名前を呼ぶ俺に、会長さんは「なんだ?」と首をかしげた。


 なんだ? じゃないんだが?


 俺は拳を握り、わなわなと震わせる。

 叫びそうになる気持ちをなんとか抑え、冷静に努める。


 そして俺は……呆れたようにため息交じりに言った。


「――司たち、見失ったんですけど???」


 事件発生。本末転倒。


 今日ここに来た理由をすべて失った瞬間であった。


 会長さんはキョロキョロと周囲を見回す。


 当然……司たちを視界に捉えることはできなかった。


 ――会長さんに振り回されてる間に、一番大事な目標を見失ってしまったのである。


 分かっていたのに……完全にこの人にペースを握られてしまった。


 やっちまったぜ……。


「…………」

「おい、目逸らすな。気まずいからって目逸らすな」


 会長さんはなにも言わず視線を斜め上に向けた。


「……すまない。同年代の友人とこうして遊ぶことなんて滅多になくてな……つい盛り上がってしまった」


 冗談ではなく、本当に申し訳なさそうに会長さんは謝罪をした。


 ……ずるいわぁ。

 そんなこと言われたらなにも言い返せないではないか。


 たしかに会長さんは正直……友達が多いイメージではない。


 いつも生徒たちに囲まれてはいるが、あくまでそれは生徒会長と一般生徒というだけだろう。


 特定の誰かと……それこそ友達のような……。


 そういった存在と一緒にいる姿を見かけることは滅多にない。


 あるとすれば……生徒会副会長くらいだろうか。


「……ま、見失ったもんは仕方ねぇっすね」


 これ以上、会長さんに文句を言っても仕方ない。

 

 自由気ままなこの人を止めなかった俺にも問題はある。


 司たちとは同じ建物に居る以上、どこかしらで発見できるだろ。


 とりあえず今は……頭痛がするし気持ちを切り替えよう。


「俺、ちょっとトイレ行ってきますわ」


 尿意さんがこんにちはしてるんでね……まずはスッキリが最優先!


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