第83話 渚留衣は振り回される
「では、私はこの黄色の短冊にしよう」
「わたしは緑かな……」
俺が青色、会長さんが黄色、渚が緑色。
各自好きな短冊を選び、備え付けられたマジックペンを手に取る。
チラッと司たちの様子を見てみると、同じように短冊になにか願いごとを書いていた。
同じ場所にいて、違う組み合わせで、同じことをする……なんて。
なんとも不思議な感覚である。
「渚が緑色を選ぶのはまぁ納得だな」
「文句あるの?」
渚は不機嫌そうに目を細めてこちらを見る。
別に喧嘩売るようなこと言ってないでしょ。
普通のことしか言ってないでしょ。
怖い怖い……。
「なんで喧嘩腰なんだよ」
「フフ、二人は仲がいいな」
「あ、あの……生徒会長さん。それ、何回か言ってますけどコイツとは――」
「しかし、たしかに昴の言う通りだな」
会長さんは抗議の言葉を遮ると、渚との距離をグイッと詰めた。
お――っと?
突然の行動に渚は「ぇっ」と言葉にならない謎の声を上げ、反射的に距離を離そうとしたが――それは許されなかった。
距離を詰めた会長さんは、渚の髪……ポニーテール部分の毛先を手に取る。
おい、またなんかし始めたぞこの人。
「せせせ、生徒会長さん……? あの、なにを……そ、その……」
自分の髪を急に触られた渚は、ビクビクしながら行動の意味を問いかける。
目が泳ぎ、言葉は途切れ途切れ。
渚はすっかり会長さんのペースに呑みこまれ、いったいどうすればいいのか困っていた。
助けを求めるように、チラチラと俺のほうを見ているが……。
――面白いからこのままにしてやろ。ゲヘヘ。
俺は渚からスッと視線を逸らした。
「やはり留衣といえばこの綺麗な髪色だからな。緑色を連想してしまうのも無理はない」
渚の髪を弄びながら会長さんは言う。
あの薄緑色の髪の毛は印象的だしな。
渚といえば緑色……というものが俺の中では出来上がっていた。
「あああ、あの、せ、せいと……かっ……」
どもりまくりの渚をよそに、会長さんは「フフ……フフフ……」ご機嫌な様子で髪を弄り続ける。
……流石にちょっと可哀想になってきたな。
このままだと渚がパンクして戦闘不能になってしまうかもしれない。
目の前で繰り広げられる百合百合しい光景を見ていたい気持ちもあるが……。
仕方ねぇ……助けてやるかぁ。
「はいはい会長さん、それ以上はセクハラなんでやめてあげてください」
「おぉ……つい夢中になってしまった。すまない、留衣」
俺に声をかけられた会長さんはハッとして渚の髪から手を離した。
ようやく解放された渚は「陽キャ怖い……」と心底ホッとしたように息を吐いてる。
「さっさと願いごととやらを書きましょうや。司たち行っちゃいますよ」
「む、それもそうだな」
「……わたしもう疲れた。精神的に……」
受け入れろ渚。それが星那沙夜って人だ。
この人と話すときは、自分のペースをしっかり保たないと面倒なことになるぞ。
「さて……なにを書こうか……」
俺たち……主に渚の疲れなどつゆ知らず、会長さんはペンを片手にうんうん唸る。
「にしても会長、黄色好きなんですか?」
「黄色?」
「ほら、短冊の色。黄色選んでますし」
特に意味のない質問。
なんとなく気になったから聞いてみた。
髪色の青、瞳の赤。
会長さんから連想されるのはこの二つの色だ。
クロスに留められたヘアピンは金色だけど……。
会長さんは自分が選んだ短冊を見て、フッと微笑む。
「……そうだな。私にとって最も大切な色、かもしれないな」
「それはまた大層な……」
好きな色、ではなく大切な色……ときたか。
なかなか聞かないような興味深い回答である。
会長さんにとって『黄色』という色は、好き嫌い以前に特別な意味があるのかもしれないな。
――ま、それがなにかは興味ないけど。
ほんじゃま、さっさと願いごとを書くとしよう。
「モテモテ男子になれますように……っと」
サラサラっとペンを走らせる。
願いごと云々に関してはもう適当でいいや。
昨日散々やったくだりなんでね。
もう一回同じことをやるのは非常に面倒くさい。
「うわ、欲望丸出しじゃん……」
俺が書いた内容を、横から覗き見してきた渚がドン引きの表情を見せた。
「失礼な。男ってのは頭の中の九割はこれなんだよ。モテるために生きてると言っても過言ではない」
「いや絶対過言でしょ……」
「そういうお前はなに書いたんだよ」
渚の願いごと、というのは正直ピンとこない。
普段からあまり『あれがしたい、これがしたい』という願望を口にしていないからだろうか。
なに書いてんだろうコイツ……。
直毛になれますように、とか切実な願いかもしれない。
「別に面白いことは書いてないけど」
「青葉昴と付き合えますように――とか!」
「…………………危ない。うっかりペンで刺すところだった」
「ほんまごめんて」
今、明らかに葛藤があったよね。
答えるまですごい間が空いてたもん。
ありがとう、るいるい。
君が我慢できなかったら今ごろ血の七夕イベントが始まるところだったぜ。
渚はため息をつきながら「はい」と短冊をこちらに見せる。
書かれた願いごととは――
「『コマンド入力の精度を高める』――ってお前、プロゲーマーかなにかですか?」
できますように~などではなく『高める』と言い切っちゃってるし。
願いごととはちょっと違っちゃってるし。
流石はガチゲーマー。
きっと織姫様と彦星様もビックリしてるに違いない。
『ふふっ。あの女子高生なにをお願いするのかしら……ん? コマンド入力の……精度? ん? え?』
ってなっちゃってるよ。
「だから言ったでしょ。面白くないって」
「いやいや、逆に渚らしくて面白いわ。流石っす」
「バカにしてる?」
「してないです」
むしろ急に『素敵な彼氏と出会いたい!』みたいなキラキラな願いごと書き始めたら別人を疑うもの。
安心したわ。コイツはしっかり渚だったわ。
お次は、と。
「で、会長さんはなに書いたんです?」
「私もそこまで面白いものではないぞ?」
「大喜利じゃないんですから。面白くなくていいですって」
会長さんは俺と渚に見えるように短冊をこちらに向ける。
面白いものではない、と言いつつ会長さんのことだから癖がありそうだなぁ……。
ワクワクした気持ちでその願いごとを見る……が、しかし。
予想とは違う方向性の内容に、俺たちは同時に首をかしげた。
会長さんが書いた願いごとは――
「『再会』……?」
再会。
丁寧な字で書かれた……たった二文字。
それが、なにを指している言葉なのか。
どのような意図で書かれた言葉なのか。
全然……分からなかった。
たしかに癖が強いっちゃ強いけど……これはまた別の話だ。
「あのー、会長さん? 再会って……」
「む? 言葉通りだが?」
意味くらいは分かるわ!
「あ、いやそうではなく……」
「フフ、気にするな。キミには関係のない話だ」
「なるほど……?」
俺には関係のない話……か。
「二人とも、早く笹に飾るとしようか」
妙に腑に落ちないが……会長さんがそう言うなら気にしても仕方がないのだろう。
詳しく教えるつもりはなさそうだし。
再会……ねぇ。
「はいはい……っと」
会長さんに続き、俺たちも笹の適当な位置に短冊を飾り付ける。
笹にはすでに何枚かの短冊が飾り付けられており、さまざまな願いごとが書かれている。
子供の可愛らしい願いごとや、恋人の幸せを願うもの、部活や仕事関係のものなど、願いの幅は広い。
なかには『彼女欲しい!!!!!』というドストレートな願いごともあり、思わず笑みをこぼす。
誰の願いごとかは知らんが……頑張りたまえ。
「よし、飾り付け完了っと。叶え! 俺の願いごと!」
「無理でしょ」
「サラッと無理とか言わないでくれる?」
俺に目を向けることなく、渚はボソッと否定する。
叶うといいね~、みたいなお世辞くらい言ってくれてもいいでしょ。
……いや言わないな。コイツがそんな気の利いたことを言えるわけがない。
「昴、留衣。どうやら司たちが移動を始めたようだぞ」
「おっ……と。そいつは見逃しちゃいけないっすね」
司たちに視線を向けると、三人はまた別の場所に向かって歩き出していた。
それにしても……。
司はともかく、月ノ瀬と蓮見はなにを願ったのだろうか。
恋愛事……については書いてないよなぁ。
好きな男の前だから難しい部分がありそうだし。
短冊に名前を書くシステムだったらなぁ……誰が書いたのかすぐに分かるから見に行ってもいいのに。
個人情報、個人情報。
名前を書いたらいろいろ面倒になっちゃうよね。
「階段のほうに行ってる……ということは上に行くのか?」
「二階って洋服だったっけ」
「あー、そうかもしれない。チッ、なんだそれデートかよ」
男女で洋服を見るとかもうド定番じゃん!
『ねぇ、どっちが似合うかな?』とか聞かれるんでしょ?
月ノ瀬と蓮見とかいう美少女コンビにそんなこと聞かれるんでしょ?
世の非モテ男子たちが、助走をつけてドロップキックするレベルで羨ましい展開じゃねぇか。
思わず親指の爪を噛んでしまいそうなほど「ぐぬぬ……」と唸っていると、会長さんが俺の肩にポンッと手を乗せてきた。
「なにを言っているのだ昴。傍から見たらキミの状況も立派なデートだぞ?」
フッと綺麗に微笑んで会長さんは言う。
「え? マジっすか?」
「うむ。考えてみたまえ。男一人に対して、私たちのような美少女二人だ。男子なら羨む光景だろう?」
「…………たしかに?」
司たちが三人なら、こっちも三人だ。
それも会長さんの言う通り、美少女二人を連れている。
そのなかの一人は、陰鬱とした雰囲気を纏っているせいで美少女感が弱いが……。
それでも容姿は整っているほうだろう。
事実だからしっかりそこは認めてやるぞ。
感謝しろ、るいるい。
……って昴くん、いつの間にかハーレムデートしてたってことぉ!?
――と、言いたいところだが騙されるな。
俺は気持ちを落ち着かせて、冷静に二人に問いかける。
「はい、じゃあこの中で昴くんのことが好きな人手挙げて」
「……」
「……」
「解散!!!」
……だろ?
予想通り二人は手を挙げず、そっぽを向いていた。
これこそが、司グループと昴グループの決定的な違いである。
この二人は、俺に対して一切好意を持っていない。
渚は当然として……。
――星那沙夜も、それは同様だ。
だからこそ余計に……この人が今ここにいることが違和感でしかないのだ。
そのうえで。
これはハーレムと言えるのか?
……というか、せめて会長さんは嘘でも手挙げろよ!
あんたが振ってきたんでしょうが!
会長さんに恨みの視線を向けると、その横顔が僅かにニヤけていた。
間違いなくこの人楽しんでるな……。
俺で遊んで楽しんでやがる……。
「青葉、遊んでないで早く行くよ」
「そうだぞ昴。遅れるな」
「おいコラおめぇら…!!」
悲しい気持ちになっていた俺を置いて、二人は司たちの後を追うように歩き出した。
勝手に遊んで勝手に置いて行きやがって……!
おかしいって!
司たちはなんかキャッキャウフフして楽しそうじゃん!
キラキラしてて、なんか正にリア充って感じじゃん!
それに比べてこっちはどうですか!?
キラキラしてますか!?
現状との違いに俺は盛大なため息をつき、二人を追うように歩き出す。
――その瞬間。
「きゃっ……!」
「うぉっ……!」
ドンッとなにかにぶつかってしまった。
聞こえてきたのは……女の子の声。
どうやら横から歩いてきた女の子と衝突してしまったらしい。
「っとと……」
一瞬視界が揺れて足がもつれる。
あぶねぇ……転ぶところだったぜ。
ぶつかっただけでふらつくなんて、俺の体幹も弱ったものだぜ。
……そんなこと今はどうでもよくて。女の子のほうが優先だ。
周囲を見ていなかったこちらにも非があるため、放っておくわけにはいかない。
「あ、すいません! 大丈夫すか!」
俺はぶつかってしまった女の子を確認するために横を向いた。
そこには――
「あいたた……」
三つ編みおさげのそばかす女子が、尻もちをついていた。




