第82話 星那沙夜は自由に振る舞う
「ほう……これは見事なものだな」
「おー……なかなかっすねぇ」
「……人多い」
司たちを追い、ショッピングセンターの一階広場にやってきた俺たち三人組は、目の前に広がる光景に感嘆の声を上げた。
渚に関しては感嘆でもなんでもないのだが……言っていることは間違っていない。
会長さんが話していたように、広場には二メートル程度の笹があちこちに設置されており、それぞれの笹にお客さんが書いたであろうカラフルな短冊が飾り付けられていた。
子供から大人まで、皆楽しそうに願いごとを書いている。
なんでも、短冊を飾り付けると近くに在中しているスタッフさんから割引クーポン券をもらえるようで……それが目当ての客も一定数存在していそうだ。
……にしても建物内も暑いな。
なんでみんな、ちょっと平気な顔してるの……?
え、暑いの俺だけ……?
「せっかくだから私たちも書いて行こうじゃないか」
「マジ? 司たちにバレたらどうするんですか?」
「大丈夫だ。バレないように少し離れた笹を選べばいい。ただ見ているだけではつまらないだろう?」
笹や短冊を見てどこかワクワクしたような表情でそう言うと、会長さんは早速笹に向かって歩いて行ってしまう。
大丈夫って……どこからその自信湧いてくるんだよ。
まぁでも、たしかに笹は広い範囲に設置されているし、司たちから遠い笹を選べば問題ないか……。
現在、司たちは短冊を手に取ってなにかを話し合っている。
あの笹から一番遠いところとなると――
俺がターゲットを定めると、会長さんも同じ笹に目星を付けていたようで……流石は星那会長。しっかり考えてらっしゃる。
「……普通に遊んでるけどいいのかな」
会長さんの背中を見て、渚がぽつりと呟く。
自分は蓮見を見守りに来たはずなのに、同じように遊んでしまってもいいのか……とでも思っているのだろう。
渚よ。お前の言いたいことは分かる。めっちゃ分かる。
俺だって司たちに興味があるだけで、別に七夕イベント自体はどうでもいい。
だって昨日やったし。
ガッツリ願いごと書いてきたし。
とはいえ……会長さんを自由にさせて、うっかりバレたら厄介なことになる。
ここは大人しく付き合っておくのが吉だ。
俺はニヤリと笑って渚の呟きに答える。
「いいんじゃね? ほら、早くしないと会長さんが司たちのところに特攻しかねないぞ」
「それは困る」
ああ、困るだろう?
考えが変わって急に司たちに『やっ』とさせるわけにはいかない。
俺たちは頷き合い、会長の後を追って歩き出す。
「それにしても……」
歩きながら、渚が再び口を開く。
「生徒会長さんって、誰に対してもああなの?」
「ああってなんだよ。スタイルが良くて最高! ってことならそうだぞ。あの人の夏服は正直やば――」
「あんたのキモい話はどうでもいいから」
淡々と俺の言葉を遮る渚に、俺は爽やかな笑顔を浮かべる。
キモいとは失礼な。チクチク言葉よくない。
「安心しろってるいるい。お前の夏服姿もバッチリこの目に――」
「通報した」
「はいはい通報ネタは……ってした!? する、じゃなくてした!? ってたしかにスマホ持ってんなオイ!」
引いた表情で俺を見る渚の手にはスマホが握られていた。
うーむ……これは大変ですねぇ。
もしかしたら警察様がショッピングセンターへお買い物に来ちゃうかもしれないですね。
渚は面倒くさそうにため息をつき、肩から下げたクリーム色のショルダーバッグにスマホをしまった。
まさかこんなところでも通報されかけるとは……気が抜けないぜ。
俺はただ会長さんの夏服スタイルの良さを語っただけなのになぁ……。
思春期男子的にはたまらんのですよ……ぐへへ。
「……キモ」
「ねぇなんでもう一回言った? もしかして俺の頭の中覗いた?」
怖いって。るいるい怖いって。
渚はまるでゴミを見るような目を俺に向けている。
俺がドМだったら泣いて喜んでいたかもしれない。
――おっと、話が脱線し過ぎたな。
失敬失敬。
「んで? なんの話だっけ?」
渚は呆れたようにこめかみに手を当て、頭を左右に振った。
大丈夫かな。頭痛かな。
俺はなにも知らないヨ。
「……生徒会長さんって、誰に対してもあんな感じなの? 気さくというか……なんというか……」
「ハッハッハ、陰キャのお前には眩しいか!」
「手出るよ?」
「ごめんて」
渚が拳をグーにして俺を睨みつける。
痛いのは勘弁なのでスッと目を逸らした。
――で、会長さんの話か。
「まぁ、俺も会長さんのことをよく知っているわけじゃないけど……」
あの人とは学年が違うし、毎日話すわけでもない。
司ほど生徒会の手伝いに駆り出されることはないし……とはいえ、後輩の中では比較的多く話しているほうだろう。
しかし、あくまで学校で話しているというだけで……プライベートの会長さんのことはあまり知らない。
そのうえで答えていいのなら――
「そうだな。あの人は誰に対してもあんな感じだと思うぜ」
「そうなんだ……。生徒会長さんから名前で呼ばれるの慣れないんだけど……」
「じゃあ俺も留衣って呼んであげよう。そしたら慣れるだろ」
「鳥肌立つから本気でやめて」
「ひどい」
からかっているのは俺とはいえ、返しがいちいち酷いよこの子。
でも、留衣よりやっぱり『るいるい』のほうがしっくりくる自分がいる。
毎日のように蓮見と渚の会話を聞いているからかもしれない。
よい子のみんなもるいるいって呼んであげてね!
にしても……呼び方、かぁ。
「俺も最初から昴って呼ばれてたなぁ」
会長さんは基本的に他人のことを下の名前で呼んでいる。
相手が男子でも女子でも、そこは変わらない。
あの人曰く『私は全校生徒の名前を覚えている。生徒会長だからな』とのことで……一度も話したことがない生徒のフルネームまでバッチリ把握しているようだ。
それもそれで怖いけど……。
生徒会長ってそういう感じだっけ?
前任の人もそんな超人だったの?
今の会長さんの印象が強すぎて、前任の生徒会長の顔覚えてないぞ俺。
あの人を基準に物事を考えたら絶対ダメだと思うんだ。
「とりあえず、いちいち気にしても仕方ないぜ。会長さんはああいう人間だって受け入れるしかない」
ため息交じりに言うと、渚は「ふふ」と小さく笑った。
どうして笑ったのか気になったが……その答えは視線の先にあった。
「む、赤色がいいか。ピンクがいいか。緑か……悩みどころだな。あえての……黄色か? それとも……」
近くまで辿り着くと、テーブルに並べられた短冊を見てぶつぶつと呟いていた。
どうやら何色の短冊にするか迷っているようで、視線がキョロキョロと忙しなく動いている。
真紅の瞳をキラキラと輝かせて選ぶその姿は、なんとも子供っぽい。
渚はこの姿を見て笑っていたのか……なるほど。
見ていて微笑ましい気持ちになってくるのは事実だな。
「ちょっと怖そうだなって思ってたけど……面白そうな人だね、生徒会長さん」
会長さんに聞こえないように渚は言う。
その言葉に俺も笑みをこぼした。
「ああ、一緒に居て退屈はしない人だと思うぜ」
クールな雰囲気を纏っているせいで一見怖く思えるが……話してみると実際そんなことはない。
意外と話しやすいし、自由で愉快な一面にギャップを感じることだろう。
ミステリアス系お姉さんかと思ったら実は……ってわけだな。
見られていることに気が付いたのか、会長さんはクルッとこちらを振り向いて「む?」と目を細めた。
「やっと来たのか二人とも。なんだ、仲良く内緒話でもしていたのか?」
「ええ、会長さんの魅力を――」
「そんなことより見てくれ二人とも……! 短冊の色で迷っているのだが何色にすればいいと思う?」
「……えぇ。そっちが話振ってきたんだよな……?」
見事なまでのトークスキルっぷりに一瞬理解が追い付かなかった。
自分から話を振ってきたのに『そんなことより』で一刀両断しやがったぞ。
俺の疑問を理解するつもりがない会長さんは、こっちこっちと俺たちに手招きをしている。
なんとも言えない複雑な気持ちを抱えて、俺は会長さんの隣に並んだ。
俺たちの前に用意されているのは笹と、その笹に飾るための短冊が置かれているテーブルだ。
短冊はさまざまな色が用意されていて、迷ってしまうのも納得である。
「昴、キミは何色にする?」
「んー、そうっすねぇ」
王道の赤とかもいいけど……。
やっぱり俺は――これかな。
俺は短冊を一枚手に取り、会長に見せた。
「青っすかね! ほら、青葉だけに青――つって!」
昴くんの迫真のギャグきたぁ!!!
ドッ!
「……え、さむ」
短冊の色を選んでいた渚がボソッと呟く。
おい聞こえてんぞ。
バッチリ聞こえてんぞ。
しかし、渚にそういう反応をされるのは想定内だ。いつものことだし。
俺が見たかったのは――
「……フフ――!」
会長さんの肩が……プルプルと震える。
そんな様子を見て渚が驚いたように「え……?」と声を上げていた。
「フフフ――」
会長さんがそのまま肩を震わせ。
そして……。
「ハハッ――!! ハハハッ……!」
腹を抱えて……笑い出した。
「アハハッ! 青葉だけに……青と? フフ! キミは相変わらず面白いなぁ昴……!」
冷たい渚とは対照的に、会長さんはもうそれは楽しそうに大笑いをしている。
あぁ……満足感あるなぁ。
いつも無視されるか冷静なツッコミされるかしかないからなぁ。
こうやって笑ってくれるって気持ちいいなぁ。いいなぁ!
「ジーン……」
「か、勝手に感動してるところ悪いんだけどさ……」
胸に手を当てて感動していると、渚が困惑したように俺と会長さんを交互に見る。
「えっと、アレ……なに?」
アレ……とは今も一人で笑っている会長さんのことだろう。
普段では間違いなく滑るはずの俺のギャグを聞いて……大笑いで喜んでいる。
そんな異常事態を前に、渚は状況を理解できていないようだった。
まぁ……でも、うん。
そう思っても仕方がないだろう。
俺のギャグ云々は置いておいて、あのクールな会長さんが腹を抱えて笑っているということにまず驚くだろうし。
会長さんと言えばあの『フッ』って笑い方が特徴的だからなぁ。
「あー……えっと」
コホン、と咳払いをして俺は会長さんを指さす。
「あの人な――」
完璧超人、星那沙夜の残念ポイントの一つ。
星那沙夜は――
「笑いの沸点が……赤ちゃんなんだわ」
しょうもないギャグであればあるほど喜び、そして大笑いをするほど――
笑いの沸点が、低い。