第81話 星那沙夜は偶然を喜ぶ
三年三組に所属する女子生徒でありスーパー生徒会長。
超、容姿端麗。
超、頭脳明晰。
気さくな性格で、生徒だけではなく教師からの信頼も厚い。
運動神経も抜群で、もはや欠点を探すほうが圧倒的に難しい。
あまりにも存在感が強すぎるため、汐里高等学校に通う生徒で星那会長のことを知らない者は誰もいないだろう。
ゲームヒロインすらビックリするレベルで『完璧』を地で行く人物こそが――
星那沙夜なのである。
だが、生徒たちは知らない。
完璧な星那沙夜にも裏の顔があるということを。
× × ×
「やっ、昴に留衣。今日はいい天気だな」
困惑する俺たちをよそに、我らが生徒会長──星那紗夜はクールに笑ってこちらに手を振り上げた。
青みがかったサラサラの超ロングヘアーを風で靡かせる会長さんは、その美貌も相まって……その存在感を周囲にアピールしまくっている。
黒のスキニーパンツに、無地のTシャツ。
そのうえに薄手の上着を羽織り……文字通り『カッコイイ系』のファッションだ。
大人っぽい雰囲気を身に纏い、身長が高く……そしてスタイルもいい会長さんにバッチリ似合っている。
だからこそ……余計に目立つのだが。
普段から思っているけど、とても一歳差には見えない。
本当は二十代だけど年齢偽って高校通ってるんじゃないのこの人。
というか……おいこれ大丈夫か? 目立って司たちにバレないか?
「こ、こんにちは……」
渚が萎縮したように挨拶を返す。
相手が先輩ということもあり、いつもより控えめな様子だ。
恐らくこれは、コミュ障モードを発動しているかもしれない。
渚はまだ会長さんとそこまで親しくないだろうし……。
それに、この人から溢れる圧倒的『陽』の雰囲気に気圧されているのだろう。
仕方ねぇ、ここはイケメンであり同じく『陽』を纏いしこの昴様が相手をしてやろうじゃないの。
……イケメンであり同じく『陽』を纏いしこの昴様がね!
大事なことなので二回言いました。
「やっ、じゃないんですよ。なんでいるんすか会長さん」
「む? 気になるか?」
「いやめちゃめちゃ気になるわ。なにしれっと隣立ってるんですか」
きょとんとした顔で言う会長さんに思わずツッコミを入れる。
むしろ気にならない理由がないだろ。
ただでさえ渚がいただけでも驚いたのに、この人もいるなんて予想できるわけないでしょ!
「そうか。留衣も気になるか?」
会長さんの問いかけに渚がコクコクと小さく頷く。
この人は俺や渚みたいに、司たちが目的で来たわけではないだろう。
なぜならば、今日の司たちのデートを把握していなかったはずだ。
もし司から誘われていたら間違いなく了承するだろうし……。
てか会長さんに声かけてなかったのかよ。
先輩相手だから、逆に気を遣って声をかけてないパターンかもしれない。
だから会長さんがここにいる理由は、なにか別にあると思える。
「フッ、なら仕方がない。特別に教えてあげるとしよう」
「偉そうだなぁ……」
前髪をかき上げ、爽やかな笑みを浮かべる。
一つ一つの仕草がなんとも王子様のようで、それがとても様になっている。
性別問わず人気な理由も……なんとなく分かるだろう。
そこら辺の男よりこの人のほうがよっぽど男前だもんなぁ……。
「これには深い理由があってだな……」
ほうほう……深い理由ですか……。
コホン、と咳払いをして会長さんは話を続けた。
「まず、キミたちは今日ショッピングセンターで七夕イベントが行われることは知っているか?」
「あーはい、そりゃもちろん。アイツらだってそれが目的でしょうし」
前方にいる司たちをチラッと見て返事をする。
「イベント……とは言っても、モール内を七夕風に飾り付けたり、一階に笹を複数用意して自由に願いごとを書いてもらったり……。規模としてはそれくらいのようだ」
ふむふむ。そこは予想通りだ。
笹目当てでお客さん自体は来るだろうし……施策としてはそれで十分なのかもしれない。
子供たちなんかウキウキで願いごと書くでしょ。
あとカップルとかそういうの好きだろ!? なぁ!?
おっと失礼。
内なる嫉妬が顔を出しちゃったぜ。
鎮まれ鎮まれ……。
「そこで……だ」
会長さんは声のトーンを落とす。
お……いよいよ本題か?
「実際どんな感じなのか、この目で見たくてな。こうしてやってきたのだが……」
「やってきたのだが?」
「偶然、司を見かけたんだ。それも、玲と晴香も一緒にいるところを」
「あ、そこはマジで偶然なんすね」
「うむ」
会長は俺の言葉に頷いた。
この人のことだから狙って来てもおかしくないと思ったけど……。
どうやらただの偶然だったらしい。
流石にね……無理だよね、うん。
狙って来てるとしたら恐ろしすぎるよね。
「で、次に視線をほかの場所に移したら……そこにも見知った顔が立っているじゃないか。それが――」
「俺と?」
「わたし……」
「ああ、そういうことになるな」
会長さんが司を見つけたのは偶然。
俺が渚とバッタリ遭遇したのも偶然。
そんな俺たちを会長さんが見つけたことも偶然……。
なんだかご都合主義的なものを感じるけど……実際に起きているのだから文句は言えない。
偶然に偶然が重なり、さらに偶然が重なった結果こんな状況になっているのだ。
「それで、私は思ったのだ。せっかくだからどちらかのグループに混ざってやろうと」
「……で、こっちを選んだわけすか」
「正解だ。昴は賢いな」
おお……と会長さんが驚いたように目を丸くする。
あれ、これバカにされてる? 多分されてるよね?
「だって、今ここに立ってるってことは……そういうことでしょう?」
「ハハッ、それはそうだな」
「ったく……あんたはこっちじゃなくてあっちでしょうが」
「む……?」
む? じゃないわ。
なに言ってんだこいつ、みたいな顔でこっち見るのやめてくれる?
俺別に変なこと言ってないよね?
首をかしげる会長さんに俺は呆れてため息をついた。
「『司』じゃなくて『俺』のほうに来る理由が分かんねぇってことですよ」
「あぁ……なるほど?」
蓮見たちほど関わりがあるわけではないが、言わずもがな星那沙夜はヒロインズの立派な一員だ。
後輩たちの中で司のことを特別気に掛けているし、程良いお姉さんポジションを常にキープし続けている。
そんな会長さんが司ではなく、俺を選択した意味がまったく理解できなかった。
俺の言いたいことを理解したのか、会長さんはククッと愉快そうに笑う。
「たしかに……キミが考えている通りだろう」
「だったら――」
「だが」
俺の言葉を遮り、会長さんは首を左右に振った。
「私には私のやり方があるのだ」
会長さんのやり方……?
その場しのぎの冗談を言っているようには感じず、本心のように思える。
だとしても意味が分からない俺は、はぁ? と眉をひそめた。
そんな俺を見て会長さんは再びフフッと笑う。
「グイグイいくことだけが恋愛ではないということだ。覚えておくといい」
「……会長さん、あんたホントに高三すか?」
あまりにも大人びた発言に、俺は思わず問いかける。
「ああ。キミより一つ年上のお姉さんだ。おっと……美人な、お姉さんだな」
「そこ重要なんすね……」
「最も重要と言っても過言ではない」
否定しないけど。事実だし。超美人だし。
「まぁなんでもいいっすけど。一つ年上のお姉さんが語る恋愛観じゃねぇっすよそれ……」
グイグイ行くことだけが恋愛ではない……ねぇ。
高校生らしくない発言ではあるが、なんとも会長さんらしい言葉だなと感じた。
たしかにこの人の性格的に、好きな男子相手にグイグイいくようなタイプには見えない。
むしろ、ジワジワと相手を観察して外堀を埋めつつ……最後に畳みかける。
そのようなタイプに思えた。
――ハンターかなにかですか?
俺は小さく息を吐き、サラッと告げる。
「となると……俺はそのための踏み台ってところっすか?」
俺の言葉に、会長さんは目をパチパチとさせる。
「踏み台……」
ずっと黙っていた渚が、小さく呟いた。
なにか思うことがあったのかもしれない。
その呟きを聞き逃さなかった会長さんが、渚に目を向けて……一瞬目を細める。
が、すぐに穏やかな表情に戻して俺の話の続きを待っていた。
「今はまだ出遅れているかもしれない。だけど、ここぞというときに一気に飛び上がる。俺はそのための……踏み台なのかな、と」
淡々と話す俺を見て会長さんは静かに笑う。
「……ほう? ずいぶん詩的なことを言うじゃないか」
「どーも」
会長さんは顎に手を添え、視線を落としてなにかを考えていた。
恐らく……俺への回答だろう。
「ふむ」
考えが纏まったのか、視線を再度俺に向けた。
そして――一言。
「そうだ、と言ったら?」
穏やかな表情のまま、会長さんは答える。
あまりにもドストレートな回答に……俺は――
「ははっ……!」
思わず、笑みがこぼれた。
不快感なんて一切ない。
感じる理由もない。
俺はニッと笑い、答える。
「望むところっすよ」
――むしろ本望だ。
踏み台でもなんでも、俺を好きに利用してくれて構わない。
そのために俺は――この舞台に関わっているのだから。
「あ、あの……」
おずおずと渚が手を上げる。
それにより、俺と会長さんの視線は渚へと向いた。
「どうしたのだ留衣」
「朝陽君たち、もうショッピングセンターに向かっちゃってますよ……」
渚は前方を指さす。
そこには、先ほどまでワイワイ話していた司たちが……いなかった。
――あ、あれぇ!?
ちょっと話してる間にいなくなってるぅ!?
と、思ったのだが……。
もう少し先へと視線を向けると、三人の後ろ姿を発見した。
どうやら渚の言う通り行動を開始したらしい。
あぶねぇあぶねぇ。
俺は会長さんと話すためにここにいるわけじゃない。
「それはよくないな……さぁ行くぞ。昴、留衣」
「え、やっぱ三人すか?」
「当たり前だろう? 不満か?」
「いいえー、女の子二人と一緒にいられて幸せ者ですよ僕は」
「フフ、分かればいい。さ、行こうか」
そう言うと、会長さんはキビキビと歩き出した。
一人で悠々自適に盗み見したかったんだけどなぁ……。
まぁ仕方ないかぁ。
ここで別行動をしてもどうせ捕まえられて終わるだろうし。
会長さんの後を追おうと一歩踏み出したとき――
「ねぇ、青葉」
渚が俺を呼び止める。
「なんだよ?」
渚は俺……ではなく、会長さんの後ろ姿を見ていた。
「あんた、生徒会長さんには……あんなこと言えるんだね」
「あんなこと?」
俺が質問を返すと、その視線がこちらに向いた。
その気だるげな瞳が俺をジッと見つめる。
「踏み台がどうこうって」
「あー……そのことか」
俺が『踏み台』と発言したとき、渚は反応していた。
だからこうして話しているのかもしれない。
「月ノ瀬さんや晴香たちには絶対言わないでしょ。ああいうこと」
「……ま、そうかもな」
「あんたと生徒会長さん……ちょっと不思議な感じがした」
「というと?」
「お互いを見ているようで見ていない……ような。上手く言葉にできないけど……そんな感じ」
へぇ……。
渚の言葉に俺は思わず感心してしまった。
コミュ障ガールの割に、そういうところはちゃんと感じ取ることができるのか……。
そこに気が付いたご褒美として、素直に答えてやるとしよう。
「一つだけ、訂正しておくぜ」
「え?」
俺はさらに一歩踏み出して歩き出す。
たしかに渚の言う通り、月ノ瀬たちにあんなことは言えないだろう。
言ったところで……面倒になることが目に見えている。
だが、今回の場合は違う。
「会長さんには――じゃない」
相手は月ノ瀬でも蓮見でもなく……星那沙夜だ。
俺は遠ざかるあの人の背中を追うように歩きながら、最後の言葉を口にした。
「会長さんだから――だよ」




