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第80話 青葉昴は日曜日を満喫した……かった

 ――『おいおい! ありがとうはどうしたんだよー!?』


 ――『オレのおかげで勝てたんだからちゃんとありがとうございますって言えよー!』


 ――『ははっ! いいからオレにやらせろって! おめーらよりオレのほうができるんだからさぁ!』





 ――『ありがとう』


 ――『ありがとうございます』


 ――『ありがとう』


 ――『ありがとう』





 『ありがとう』

 『ありがとう』 

 『ありがとう』 







 『ありがとう』


 × × ×


「……っはぁっ!?」


 勢いよく布団から飛び起きる。

 

 汗で服がべたつく……けれど暑いからではない。


 息が荒い……けれど疲れているわけではない。


 呼吸を整えながら時計を確認してみると、朝の六時半を指していた。


 起きるには早すぎる時間帯だった。


「あーくそっ……最悪な寝起きだぜ」


 頭を抑え、軽く左右に振る。


 未だに夢で聞こえたあの声が……頭から離れない。


 子供が淡々と話す声が……響く。


 『ありがとう』。

 『ありがとう』。


「うるせぇ……その言葉を言うんじゃねぇ」


 不快感がぐちゃぐちゃと混ざり合い、俺を蝕む。


 せっかくの日曜日だというのに……最悪な目覚めだった。


 どうせ夢を見るんだったら、もっとこう……美少女に囲まれる夢とかさぁ、そういうさぁ……ねぇ?


 幸せとは程遠い夢の内容に、俺は心底うんざりしてため息をついた。


 最近はああいった()()()を見ることは少なかったのに……。


 昨日司の家に遊びに行ったり、母さんに変なことを言われたりしたからだろうか。


 ──『おいおい! ありがとうはどうしたの!?』


 頭を振り、嫌な記憶たちを追い出す。




 ――忘れたい。

 ――忘れてはいけない。

 ――捨て去りたい。

 ――捨て去ってはいけない。




 紙に垂れたインクのようにじわじわと広がる暗い気持ちを抑えるように……俺はゆっくり深呼吸をした。


 速くなっていた鼓動は、次第にその落ち着きを取り戻していく。


「あーきもちわる……とりあえず着替えよっと」


 汗で濡れたTシャツを着替えるために、俺は布団の上で立ち上がる。


 と、同時に──


「うぉ……っ」


 不意に、足がもつれる……が、なんとかふんばって耐えることに成功した。


 あぶねぇあぶねぇ……意味もなく転ぶところだったぜ。


 というか……アレだな。


 気のせいかもしれないけど、ちょっと喉に違和感がある。

 それに……いつもより頭が重いような……。


 ──おい、誰が頭でっかちだって? あ、言ってないすか。


 まぁ……大丈夫だろう。


 わざわざ気にするレベルでは無さそうだし。


「昴くんは今日も元気だぜっと」


 俺は新しいTシャツに着替え、自室を出てリビングに向かう。

 

 特別やることがあるわけではないが、かといって二度寝する気分ではない。

 

 またあんな夢を見てしまうかと思うと……尚更そんな気持ちにはならなかった。


「おはよーございますー……」


 囁くように言いながら、リビングの電気を点ける。

 

 当然返事はなく、カチカチと時計の無機質な秒針の音だけが響いていた。


 母さんは仕事……ではなく、今日は休みだ。

 普段ガッツリ仕事をしている反動からか、休みの日は全然起きて来ない。


 本気で起こそうとしない限り起きる気配すらない。


 休日の母さんは、完全なる超スリープモードなのだ。


 その分、起きて来たらいつもの三倍くらいうるさいけど……。


 普段からアレなのに三倍うるさいって言われても想像できないだろうが……うん、察してくれ。


「うーむ……」


 このままボーッとしていても仕方ないし……朝食でも作るか。


 母さんの分も一緒に作って……冷蔵庫の中に入れておけば平気だろう。

 

 朝食を摂ったら昼までダラダラして……()()()()()()をしなければ。


 ふふふ……楽しみだぜ……。


 とりあえず俺はキッチンへと向かい、朝食作りに取り組んだ。



 なにかをしていないと――


 



 あの声が。




 『ありがとう』が。





 また、頭の中に響きそうだったから。


 × × ×


 時刻は進み――現在は午後一時。

 

 外出用の服にバッチリ着替えた俺は、家……ではなく駅前に立っていた。

 司たちと何回も待ち合わせをした、あの駅前だ。


 日曜日のお昼ということや、ショッピングセンターでの七夕イベントも相まって人混みが凄い。


 それに加えて……太陽様の熱い視線がジリジリと肌を突き刺す。


 額から流れた汗が、ポトリと地面に落ちた。


「いやもう……暑いって」


 ぐったりするほどの暑さに愚痴がこぼれる。


 昨日のあの雨はどこに行ったんだよ。

 むしろ雨の翌日だから余計に暑いのか?


 太陽の光を遮るように右手を目元に持っていき、空を見上げる。


 ――うん、バッチリ快晴だぜ!


 もう少し日が経つと、セミの鳴き声とかが聞こえ始めるのかねぇ……。


 そうなると本格的な夏の幕開けって感じがしてくる。


 そんなわけで――


 どうして俺が一人で駅前に来たのかというと……だ。


 買い物? いや違う。

 遊びに来た? いや違う。

 デート? んなわけないだろてかお相手誰美少女カモーン!


 失礼、取り乱しました。


 正解は――


 少し離れた……前方で繰り広げられている光景だ。


 男子が一人。女子が二人。

 計三人の男女が……広場で楽しそうに話をしている。


 それはもう素敵な青春の一ページだった。


 男は穏やかな表情で女子二人の会話を聞き……。

 対する女子組は………どちらも美少女で、お互いになにかを褒め合っていた。

 

 あれは……服のことでも話しているのか?


 会話の内容までは聞こえてこないが、茶髪の美少女が金髪の美少女を見て瞳をキラキラと輝かせていた。


 そんな光景を……俺は離れたところから生暖かい目で見守っていた。


「ふぉっふぉっふぉ……いいのう。青春じゃのう」


 昴おじいちゃんが見ている三人組とは――


 そう。察しのいい人ならすぐに分かるだろう。


 中肉中背の黒髪男子、司。

 ゆるふわ茶髪のスタイル抜群美少女、蓮見。

 

 そして。


 サラサラ金髪のスレンダー美少女、月ノ瀬。


 俺がよく知る三人組の姿だった。


 

 ――俺の今日の目的とは……ズバリ!!



 三人のデートをコソコソ盗み見ることである!


 

 いやー、昨日司から話を聞いたとき思っちゃったよね。


 絶対面白いじゃんこれ……って。


 現に今、三人の姿を見ていてワクワクしている。


 だって主人公とダブルヒロインによるラブコメデートだぜ? しかも七夕だぜ?


 こんなの一緒に行くより、後ろで見守ってたほうが面白いに決まってるでしょ!


 よくラブコメであるだろう?

 主人公のデートを見守りながら、なにかあったら助けるアレ。


 イメージ的にはあんな感じよね。


 最低だの性格悪いだのその他諸々の文句は一切受け付けません!


 これは楽しい日曜日になりそうだなぁ!







「――()()







 予想もしなかった事件さえ起きなければ、の話だけど。



 右隣から聞こえてきた、ため息交じりの気だるげな声。


 俺の視界の端には、薄緑色の癖毛頭がチラチラと映っていた。




「それはこっちの台詞なんだが? なんでいるんだよ――」


 同じように俺もため息つき、右隣に立っている女子に顔を向ける。




 そして、ソイツの名前を――呼んだ。




「渚」




 髪色に合った黄緑色の涼し気なワンピースを身に纏う女子。 


 癖毛のダウナー系眼鏡女子、渚留衣。


 その渚が……俺の隣に立っているのだ。

 

 待ち合わせをしたとか、決してそういうのではない。


 

 偶然。たまたま。



 俺がここにやって来たら……渚も同じように立っていたのだ。



「その台詞、そっくりそのままお返しするんだけど」



 ジトっと俺を見て渚は言う。


 暑さのせいか、その声は少し疲れているように感じた。


 そもそもの話、スーパーインドアの渚がここにいること自体が不可思議な現象なのだ。


 しかも、一人で。


「いやいやいや、司から聞いたけどお前用事あるんじゃなかったのかよ」

「これが用事だから」

「はぁ?」


 渚は地面を指さし……次に司たちを指さす。


 ――おい、ちょっと待てよ。

 分かっちゃったんだけど。


 コイツ、もしかして……。


「え、俺と同じってこと?」

「……は?」

「俺、司たちのデートを盗み見るために来たんだけど」


 不機嫌そうに眉をひそめる渚に俺は言う。


 すると、とても分かりやすく「うわぁ……」とドン引きの表情を見せてきた。


「趣味わる」

「趣味悪いとか言うな。お前だって同じなんじゃねぇか!」

「違うから。わたしはただ晴香がちゃんと朝陽君にアピールできるか見守りに来ただけだから」

「同じじゃねぇか」

「全然違うから」


 なにが違うんだよ!!


 と、全力で突っ込みたいところだが……怖いからやめておこ。


 なんか渚と話し始めてから周囲の温度が下がったような気がするもんね。


 流石は氷属性。


「あんたさ」

「んだよ」

「朝陽君に誘われたんじゃないの? 今日のこと」

「断ったぞ。用事あるってな」


 即答。


 こうしてここにいることがバレてしまった以上、下手なことを言っても仕方がない。


 俺の答えに渚は「やっぱり……」と呟き、本日二度目のため息をついた。


「やっぱりってなんだよ」


 まるで俺の言うことが事前に分かっていたかのような言い草に、表情をムッとさせる。


「誘いを断らないとこうして盗み見ができないだろ? お前だってそうじゃねぇか」


 渚も俺と同じように、用事があるからと言って参加を断っていた。


 なにも違いはない。


 それなのに俺だけ呆れられるのは心外です!


()()()()――?」


 しかし、渚はこちらを見上げて再び俺に問いかけた。


「え、なにがだよ」

「朝陽君の誘いを断った理由。ホントにそれだけなのって聞いてるんだけど」


 真っすぐな瞳が俺を射抜く。


「………」


 やり辛い。


 どうもコイツは……()()()からなにかと俺の真意を確かめようとしてくる。

 

 やり辛いし……面倒だ。

 

「そうに決まってんだろ? ほかになにがあるんだよ」

「……そ」

「そってお前……自分で聞いておいてなぁ」


 ふいっと渚は俺から視線を外す。


 まったく……どこまでも自由で勝手なヤツだよ、お前は。


 せっかくの日曜日、一人で楽しもうと思ったのに……。


 まさか二人になるなんて――




 ――いや。




 ()()()()()()()







「ハハッ、二人は相変わらず仲良しだな。だが……私も混ぜてくれ。除け者は寂しいからな」


 ()()から聞こえてきた凛と響く綺麗な声。


 俺と渚は同時にその声の主へと顔を向けた。




「いやあの……なんであんたもいるんすか」



 ここに立っているのは俺と渚だけではない。


 もう一人――





()()()()





 俺の言葉にその人は……星那沙夜はフフッと笑った。





 ………。



 おいなんだよこの組み合わせ。


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