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第9話 月ノ瀬玲は綺麗に微笑む

 勉強会。

 それは古来より伝わるラブコメ定番イベントの一つ。


 勉強を教え合うことそれ即ち、男女の距離が近くなることなり。

 かつて日本を支えてきた偉人たちも、勉強会を通して意中の女性にアプローチをかけてきたと云われているほどだ。知らんけど。


 ――なにが言いたいのか。

 それは。


「なぁ昴、ここ教えてくれよ。全然意味分からないんだよなぁ」

「俺はお前の言動が理解できんわ」

「え? なんだよそれ?」


 なにが悲しくて野郎と仲良く勉強しないといけないんだよ!!!!!


 青葉昴、高二の春の叫びである。


 俺はシャーペンを机に投げるようにして手放し、背もたれに大きく寄りかかった。


「あーもうなんかアレだ、勘でやれ勘で。鉛筆でも転がして答え決めればいいんじゃね?」

「いや適当すぎるだろ!」


 放課後。

 蓮見の提案通り、俺たちは教室で勉強会に取り組んでいた。

 教科書と問題集を机に広げて……。


 それぞれの席を向き合うように寄せ、人数的に月ノ瀬はお誕生日席のようになっている。


 俺と司が向かい合い、それぞれ左隣には渚、蓮見が座っていた。

 窓際の席の月ノ瀬は俺の右隣だ。


 意外にもそれぞれ真面目に勉強していた。意外は失礼か。


 どちらにしろ、今のところラブコメ的雰囲気は皆無である。


「ねね、るいるい。ここ分かる?」

「ん? どこ」


 渚、蓮見ペアも普通に勉強してるしなぁ。

 もっとこうさ……。

 

『あ、朝陽くん。こ、ここ、教えてほしいな……なんて』


 みたいなさぁ!

 見てて胸焼けするラブコメをさぁ! ちょうだいよ!

 

 期待外れの現状に、すっかり俺の勉強モチベは無くなっていた。


 ――ならば、俺がやることは一つである。

 俺がラブコメ空間を作ってやればいいじゃない!


「あ、蓮見その数学の問題。司が割と得意なヤツだぞ」


 自然を装って。

 俺はサラッと蓮見に伝えた。


 そして流石というべきか、渚も俺がやりたいことを理解すると勉強を教える姿勢を解いた。

 おー……さすが蓮見のことになると凄まじく察しが良くなるな。


「うーん……わたしじゃ難しいかも。……そうだ。朝陽君に教えてもらえば? 朝陽君、分かりそう?」

「お、俺か? うーん俺に分かるかな……蓮見さん、ちょっと問題見せてもらってもいい?」


 これは親友アシスト発動である。

 渚は数学が得意だから絶対に分からないはずがないのに……。


 すまねぇなぁ、渚。ラブコメのためだ。許せ。


 司は特に意識することなく、右隣の蓮見に身体を寄せる。


「えぇっ……!? う、うん……」


 案の定、蓮見の顔が赤く染め上がった。

 

 うんうん、これよこれ。

 勉強会とはこういうのだよ。

 こういうのでいいんだよ。


 うんうん、と俺は満足げに頷いた。

 

 あー俺もう帰っていいかな。いいな。よし帰ろう。


 ――とは、もちろんいかず。


「青葉さん」


 それまで淡々とシャーペンを走らせていた月ノ瀬が、顔をあげて俺に話してかけてきた。

 

 月ノ瀬から話かけてくるなんて珍しい。

 別に俺に勉強を教わる必要なんてないだろうし……。


 はっ、まさか――!


「なんだい月ノ瀬。俺に手取り足取り勉強を教わりたいのかい? ふっ、仕方ないな……」

「あ、別にそういうわけではなく」


 だよね知ってた。


「そうかい。んで、なんだ?」

「昨日、成績がよいとお聞きしたので……。どのように勉強しているのかな、と」

「え、そんなこと知りたいの?」

「ええ、知りたいです」


 今日も月ノ瀬は綺麗に微笑む。

 それはもう本当に綺麗で……あまりにも《《綺麗すぎる》》微笑みだった。


 それより、勉強法……か。うーむ。


「まず、授業はまぁ……ほどほどに聞くだろ?」


 そうですね、と月ノ瀬は頷く。


「で、家に帰ってほどほどに復習するだろ?」


 そうですね、と月ノ瀬がもう一度頷く。


「終わり」

「なるほど……え?」


 美人質問者はポカーンと小さく口を開けていた。

 あれ、そんなに意外だったか?


 確かに求められている答えじゃない気もするが……。

 

 別に嘘は言っていないんだけどなぁ……。


「はぁ」


 左隣からのため息。


「あのさ、月ノ瀬さんはそのほどほどを聞いてるんじゃないの? 効率のいい勉強法とかあるのかー……とか」

「いやホントに。問題集あるだろ? それを時間があるときにダラダラ解くだろ? で、頭の中に入れるだろ? 終わり。言っちゃえばノリだなノリ」

「ノリって……。あんたらしいといえばらしいけど」


 そもそも俺は司たちに比べたら勉強ができるというだけで、学年一桁! とか、クラス一位! とかそんなレベルではない。

 俺なりに適当に勉強しているだけだから、他人に勧められるものではないのだ。


 俺の返答に納得がいかないのか、渚は呆れたように再びため息を吐いた。


 質問に答えただけなのにこの反応。わたくし、遺憾でございます。


 ――そんな俺たちのやり取りを、興味深そうに見ている女子が一人。


「昨日から何度か思ったのですが……」


 月ノ瀬の言葉に俺は自然と顔を向けた。


「青葉さんと渚さんって、とても仲がよろしいのですね」


 ――コイツ、屈託のない笑顔で爆弾を放り込んできやがった。

 その顔には一切の悪意は感じない。


 彼女の中に浮かんでいた純粋な疑問なのだろう。


 視界の端では渚がピクッと反応していた。


 このあとその渚がどのような行動をするのか、だいたい予想はできる。


 できるからこそ。俺は。


 この波に乗らせてもらう! いくぜ!


「いやぁやっぱり気付いちゃった? そうなんだよ、俺と渚はすっげ仲良しで――」

「月ノ瀬さんホントにむりやめてコイツとは全然そういう感じじゃないしただの友人Bって感じだから」


 乗れませんでした。

 

「……えっと」


 俺の言葉を遮って飛んできた怒涛の否定に、月ノ瀬はパチパチと瞬き。

 ゆっくりと……俺の方を向いた。


 そして俺も、ニッコリと笑顔を浮かべて月ノ瀬を見る。


 顔を見合わせる俺たち。


 ――月ノ瀬は、気まずそうに苦笑いを浮かべた。


『ごめんなさい』――その視線は俺にそう言っている。


 …………。


 いや別に分かってたけど!? そんな顔されるとなんか心に来るんだけど!?


「てかおい友人Bってなんだよ」

「ん? Cのほうがよかった?」

「いやそういう話じゃねぇよ???」


 むしろAって誰だよ。司か? じゃあそれならBでいいのか?


「ふふ、では青葉さんの一方通行ということで……」

「うんうん、そうそう――って違うわ。サラっと悲しいこと言わないでくれる?」


 なんか君楽しそうじゃない?


 転校三日目とはいえ、月ノ瀬とはだいぶ打ち解けられたのだろうか。

 軽口を叩いても問題ない、と認識してくれただけでも嬉しいものである。


「っと……あとはここを解けば、どうだ? 蓮見さん、答え合ってる?」

「えーっとね……あっ、うん! 合ってる! すごいよ朝陽くん!」

「よっし! 協力プレイの成果だな」

「うん! じゃあ次は――」


 おいコイツらいつまでラブコメしてるんだ? 流石にもういいって。

 なんなら二人で一緒に問題解いてるじゃねぇか。教え合いはどこ行ったんだよ。


 俺は友人Bだと蔑まれ、一方で司は美少女といい感じの雰囲気になってる。


 まったく……。


 ラブコメというのはつくづく不平等である。


 × × ×


「テストが終わったら、みんなでパーっと遊ぼうぜ」


 時計が十七時を指し、教室に茜色の光が差し込む。

 窓の外からは運動部たちの大きな掛け声が未だに聞こえてくる。

 

 時間も良い頃合いだったため勉強会を終わりにした俺たちは、それぞれ帰り支度を済ませていた。


 そんな中での、俺の一言。


「パーっと?」


 問題集を机の中にしまっていた司が手を止めて反応した。


「おう。この勉強会は月ノ瀬との交流を深めるためって話でもあったが……だけどさ……」


 俺は声のトーンを下げ、真剣な表情を浮かべる。

 蓮見たちもそれぞれ手を止めて、身体を俺に向けていた。


 俺は一人一人、ゆっくりと顔を見ていき――。


 告げた。


「正直、遊びたくね?」


 シーンと、教室内に静寂が訪れる。

 

「お、いいじゃんそれ。俺は賛成かな」

 

 司の明るい声が静寂を破る。

 

 ……。


 ……あっぶな! このまま一生シーンとしてたらどうしようかと思ったわ!

 なに言ってんのこいつ? みたいな空気になったら俺もう全速力で帰ってたわ!


 サンキューな、親友よ……。


 俺は心の中で司に対し深く感謝を伝えた。


「だ、だろー!? いやー、やっぱりほら。親睦会っていうならパーッと遊ばなきゃだろ!」

「あんた今絶対焦ってたでしょ」


 うるさいぞ渚。


「まぁ、でも実際そのほうが仲良くなれるんじゃねぇかなって。月ノ瀬、どうだ?」


 俺の質問に月ノ瀬は視線を落とす。


「私、お友達と遊んだ経験というのが全然なくて……。あ、そのごめんなさい……! 勝手にお友達って言ってしまって……!」


 ハッとして慌てて手を振る。


 ――『勝手にお友達って言ってしまって……!』


 俺たちはその言葉を聞いて、それぞれ顔を見合わせた。

 

 そして。


 同時に笑みをこぼした。


「み、みなさん……?」


 月ノ瀬は困惑した様子で俺を見た。

 

 なぜか俺たちが同時に笑ったのだ。

 戸惑うのも仕方ないだろう。


「おーおー、司くん。なんか月ノ瀬が俺たちのことを勝手に友達って言ってるぞ?」


 俺は両手を頭の後ろに組み、わざとらしく言った。

 

 ――ほんじゃま、あとは任せるぞ司。


「ああ、それはもう困ったな。なぁ、みんな?」

「うんうん、私も困るよー」

「……うん、そうだね」


 言葉だけ切り取ると、酷いことを言っていると思われるかもしれない。

 だけど俺を含め、司たちはみんな優しい表情を浮かべていた。


 勝手に友達とか……何様だよ? なんて。


 そんなことを思っているヤツは、この中には誰もいないだろう。

 

「月ノ瀬さん」


 困惑する月ノ瀬に、司は改めて声をかける。

 

「――そもそも俺たちはもう、友達だろ?」


 月ノ瀬がこの時期に転校してきた理由。

 月ノ瀬が積極的にコミュニケーションを取らない理由。

 

 そして。


 ――『私、お友達と遊んだ経験というのが全然なくて……』


 月ノ瀬の先ほどの発言。


 恐らく俺たちには想像できないほどの()()()が月ノ瀬にはあるのだろう。


 だけど、それを聞くつもりはまったくない。


「朝陽……さん」


 月ノ瀬が転校してきて、クラスメイトになって。

 こうして……今は俺たちを友達だと思ってくれている。


 ――それは確かなことなのだから。


「あ、そうだせっかくだから志乃と日向も呼ぼうか?」

「おっ、いいんじゃね? 特に日向なんてお前が誘えばすっ飛んでくるだろ」

「想像できるなぁ……それ。じゃあそのためには……みんなでテスト頑張らないとだね!」

「そうだね晴香。赤点取っちゃダメだよ」

「私そこまで酷くないよ!? ……た、多分」


 笑い声が響き渡る。

 何気ない放課後の、何気ない一ページ。


 その『何気ない』はいずれ、俺の……俺たちの大切な思い出へと変わっていく。


「月ノ瀬? どうした?」


 ふと月ノ瀬を見ると、なにも言わずに司たちが笑い合う光景を見ていた。


 ……気のせいだろうか。


その青く澄んだ瞳は、目の前の光景を羨むような寂しさを帯びていた。

 

「あっ、ごめんなさい」


 ハッと月ノ瀬は俺の呼びかけに反応する。


「その……」


 差し込む夕日が月ノ瀬を照らす。

 茜色に彩られたその姿は、画家が描いた一枚の絵のようで……。


 俺は思わず、見惚れてしまった。


 あぁ、やっぱり――。


「――楽しいな……って」


 月ノ瀬玲は綺麗に微笑む。

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[良い点] グッド・コミュニケーション!
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