第74話 朝陽志乃は聞きたい
「って渚かよ!」
思わずスマホに向かってツッコミを入れた。
ログインしたばかりなのに、なんですぐチャット送ってきてるんだよ。
なんですか? 俺のこと監視してるんですか?
さてはアイツ……今日ずっとログインしてるな?
……普通にありえそうだから困る。
とりあえずチャット内容を確認してみると――
『集合』
それだけ。
なんともシンプルで、なんとも分かりやすい二文字。
そしてなんとも……渚らしい。
そんなチャットに俺は思わず笑いながらも、ポチポチと返信を打つ。
『お前チャット送ってくるの早すぎだろ。なんなの? 俺のこと好きなの?』
『嫌いだけど』
辛辣で泣いた。無表情で送信している姿が思い浮かぶ。
バッサリすぎて清々しいまであるなコイツ。
俺のことこんなに嫌い嫌い言うの渚だけだぞ。
やっぱり志乃ちゃんが言う『昴さんなんて嫌いですー!』とは全然訳が違うって。
重みが違うぜ……重みがなぁ!
『じゃああたしになんの用なの!?』
『ちょっと急ぎでマルチ行きたくて。時間限定のレア報酬あるから。あと十分くらいしかない』
『あ、そうなの?』
『そう。だから集合。やれるでしょ』
『やれる? じゃなくて、やれるでしょってのがお前らしいなって思いましたまる』
『はよ』
『うす』
有無を言わさずとは、まさにこのこと。
どちらにしても、今はやることがないから付き合ってやろう。
にしても渚、休日はマジで一日中ゲームしてるんだろうなぁ。
スマホ以外にも、家庭用だったりPCだったり、いろいろ手出してるし……。
正にゲーマー女子である。
渚から送られてきたパーティー招待をポチッと承諾。
こうしてマルチクエストへの挑戦が始まった。
× × ×
――十分後。
俺はnagiこと渚とともにマルチクエスト周回に励んでいた。
ちなみに司はまだ帰って来ていない。
お使い頑張れ~!
アイツのことだから、出先でラブコメ的イベントが発生しそうだな……。
いやいやいや……まさか、ネ……。
ゲームが一区切りついたことでチャット画面を表示させ、渚と会話を行う。
『やば。時限報酬もう終わった』
『あ、ホントやん』
『ドロップ二個だけか……結構渋い』
『俺は四個落ちたぞ。つまり俺の勝ち』
『は?』
『キャリーお疲れ様でした^^』
『納得いかない。運営に問い合わせしてあんたのデータ消してもらう』
『やめて!?』
それでホントにデータが消されたら恐ろしすぎるし、渚の権力が凄まじいことが証明されてしまう。
そこまでできたら、実は運営会社の社長が渚の父親説を疑うよね。
なにはともあれ、レア報酬をゲットできたし俺は満足だ。
「あ、あのー……昴さん……」
「……おん?」
ホクホク顔でチャットを打ち込んでいると、俺を呼ぶ控えめな声が聞こえてきた。
ソファーから身を起こし、リビングと廊下を繋ぐ扉へと目を向ける。
そこには、ノートと参考書、筆記用具類を抱えてひょこっとこちらを覗いている志乃ちゃんが立っていた。
ひょっこり志乃ちゃん可愛いねぇ。
用件は……うん、考えるまでもないだろう。
志乃ちゃんが持っている物と、俺の様子を伺うような表情を見れば容易に察しが付く。
俺はニヤリと笑い、志乃ちゃんに問いかけた。
「ひょっとして……青葉先生の出番かな?」
志乃ちゃんはこくりと頷いた。
おー、予想通りってか?
「ちょっと上手く理解できないところがあって……」
「おっしゃ! それじゃあ助けてあげよう!」
「あ、ありがとうございます……!」
志乃ちゃんは表情を明るくすると、とてとてと小走りでこちらに向かってくる。
そのままソファー……でなく床に座り、持っていた勉強道具一式をミニテーブルの上に広げた。
ソファーとミニテーブルでは、座高が合わないから床に座っているのだろう。
「ちょっと待っててね」
俺は志乃ちゃんに断りを入れてから、スマホへと視線を戻す。
そういえばアイツとまだ話してる途中だったからね。
適当に締めて終わりにしよっと。
ポチポチと……。
『そんなわけで俺は落ちるな。可愛い妹が俺を待ってるんでね』
『……え、きもちわる。妄想?』
『ドストレートなきもちわるはやめて。妄想じゃないです~現実です~』
『あー……そういうこと。遊びに行ってるんだ』
どうやら察しがついた様子。
危ない危ない。
妄想の妹と戯れている危ない男認定を受けるところだったぜ。
『ご明察』
『あ、一個だけ』
『なんぞ』
『あんた、明日予定ある?』
『ない。え、なに? デートの誘い?』
ド、ドキィ――!
『そんなわけないでしょ。それじゃ、おつ』
『え、それだけ?』
『また。妹さんによろしく』
『おおおいい!』
予定聞いてきた理由は!? なにゆえ!?
当然気になるが……それ以降渚からチャットが返ってくることがなかった。
なんなんだアイツは……どこまで自由人なんだよ……。
とはいえ、流石はネットの民。
妹という単語が志乃ちゃんだと察していても名前を出さないあたり、リテラシーというものをよく理解している。
納得できない部分はあるが、俺はゲームを終了してスマホをポケットにしまった。
「昴さん、ごめんなさい。……ゲーム中でした?」
「いや、大丈夫だよ。ちょうど終わったところだから」
あのままクエスト周回を続ける理由もなかったし、志乃ちゃんが来ても来なくても終わっていただろう。
申し訳なさそうに眉をひそめる志乃ちゃんに、俺は首を左右に振った。
この子は優しすぎるんだよなぁ……。
もっとこう……大胆に来ていいのに。
『おらぁ! 勉強教えろやぁ!』みたいな。
……そんな志乃ちゃん想像できないですね。
ちょっと見てみたい気持ちもあるけど。
「ひょっとして……」
「ん?」
「お相手は渚先輩と……ですか? メッセージのやり取り……? してる様子でしたし……」
不安そうな声音で、志乃ちゃんは俺に尋ねる。
その声音の理由は分からないが、現状嘘を言う必要性は感じないため俺は素直に頷いた。
「お、正解。よく分かったね」
「昴さん、先輩と一緒にゲームをしてることが多いので……」
「それはたしかに? あ、その渚が妹さんによろしくって」
「私に?」
「ああ。司の家に遊びに来てる~って話をしたら、よろしくだってさ」
思えば、渚と志乃ちゃんの絡みというのはあまり見たことがない。
もちろん、俺や司たちみんなで一緒にいるときは軽く会話をしているけれど……。
それこそ二人きりでお話……なんて、全然見ない気がする。
俺が知らないだけで、実は裏で仲が良い可能性もあるが……。
俺の悪口で盛り上がってたらどうしよう。主に渚が原因で。
ヤバい不安になってきた。
アイツ兄貴面してキモいんですよ~とか言ってたら、俺もう二度と立ち上がれないかも。
――という冗談は置いておいて、と。
冗談……でいいですよね?
「ほんじゃま、課題を見ますかぁ」
せっかく志乃ちゃんが直々にお願いしに来てくれたのだ。
青葉先生がしっかり見てあげるとしよう。
俺はテーブルの上に広げられたノートたちを覗き込む。
内容は国語のようで、去年習ったような問題がズラッと並んでいた。
あー……懐かしい……。
こんなこと勉強したなぁ……。
「あの……昴さん」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
綺麗な瞳が俺を見つめている。
志乃ちゃんの感情を表しているのか、その瞳は揺らいでいた。
「変な質問して……いいですか?」
「え、ああ、いいけど……どしたの?」
いざそう聞かれると身構えてしまう。
わざわざ事前に確認するような質問とは……?
それも変な質問とか言っていたし。
いったい……なんだろうか。
志乃ちゃんは視線を下ろし、一度息を吐く。
心を落ち着かせて……再び俺を見た。
その瞳はもう、揺れていなかった。
「学習強化合宿で……渚先輩となにかありました?」
……。
――なるほど。
たしかにそれは……変な質問だな。