第73話 朝陽司は蹴落とされる
「おい昴! なんで俺ばっか狙うんだよ!」
「え?」
「あ、おい昴! 今志乃が近くにいたよな!?」
「え?」
「ビリの俺から奪うのおかしいだろ昴!」
「はぇ? よし、今だ志乃ちゃん。司に妨害アイテムを使え!」
「えっ、あ、はい! えっと……えいっ!」
「おい志乃ぉぉぉぉぉ!!」
× × ×
――はい。そんなわけで。
とても楽しく愉快なパーティーゲームの決着が付き、画面には一位、二位、三位とそれぞれ結果が表示されていた。
結論を言ってしまえば。
一位が志乃ちゃん。二位が俺。
そして三位が……現在テレビの前でガックシとうなだれている司である。
「いやー、激戦だったな! ねぇ志乃ちゃん?」
「はい! 楽しかったです!」
コントローラーを握った志乃ちゃんが、言葉通り楽しそうに笑顔を浮かべる。
うむうむ、なによりなにより。
志乃ちゃんのこの笑顔を見るために遊んだまであるよね。
「そうかそうかー! 楽しかったならよかった! なぁ司ー!?」
俺は大袈裟に笑い、わざと司に話を振る。
「おい……昴……」
明るく楽し気な俺と志乃ちゃんとは対照的に、司は『ぐぎぎぎぎ』とこちらを恨めしそうな顔で見ていた。
ふぉっふぉっふぉ……負け犬が威嚇しておるのぉ。
俺は呆けた顔で「はぇ? なんれすかぁ?」と煽り全開で首をかしげた。
「お前……明らかに俺を集中的に狙ってたよな!?」
「すばるなんの話か分かんなーい☆」
「俺をビリにさせようとしてたよな!?」
「えー☆」
きゃぴ☆
うっざ。俺うっざ。
俺が司だったら間違いなく手出してるわ。
パーじゃなくてグーでいってるわ。
司は今にも壊れるんじゃないかと思うほど、コントローラーを強く握りしめていた。
俺はごまかすようにピューピューと口笛を吹いた。
「負けたからってそういうのはよくないぞ、司」
「いやいや、納得いかない!」
「はぁ……子供じゃねぇんだからさ。志乃ちゃんもなにか言ってあげな」
ここであえて志乃ちゃんに話を振る。
俺の言葉なんて聞かないことは分かりきっている。
志乃ちゃんはまるで子供を叱るように、表情をムッとさせた。
「兄さん? 悔しいのは分かるけど……負けは負けだよ?」
「志乃さん!?」
志乃ちゃんから鋭い一撃が繰り出される。
やべぇ笑いそう。爆笑しそう。
――まぁ、司の言う通りだけどね。
俺はあの手この手を使って、とにかく司の邪魔をした。
志乃ちゃんが一位なのにも関わらず、司を蹴落とそうとしたり、ミニゲームでも積極的に司を潰そうとしたり……。
その努力のおかげで、俺は二位という順位を獲得できた。
ふぃー……大変だったぜぇ。
……え? なんでそんなことするのって?
いやいやいや――
志乃ちゃんがビリになって悲しんだらどうするの!?
だって志乃ちゃんはゲームが苦手なんだぞ!?
レース系のミニゲームのときは自分の身体も傾けちゃうし、バトル系のミニゲームだとあたふたしながら頑張ってるんだぞ!?
そんな子をビリにできるわけないでしょ!?
まったくもう……怒りますよ俺も!
「はい、じゃあ司くんは罰ゲームとしてコンビニへパシリの刑で! よろ~!」
「兄さん頑張って!」
「マジかよ……え、今?」
ゲームの結果にまだ納得がいっていないようだが……しかし、そこは兄としてグッとこらえていた。
志乃ちゃんにあんなことを言われたらなにも言えないよなぁ。
偉いぞお兄ちゃん。そしてドンマイ。
俺を潰せなかったのがお前の敗因だぜ。
「今でもいいぞ」
「ぐぬぬぬ……」
司はため息をつきながらソファーから立ち上がり、渋々といった様子で俺たちを見下ろした。
「……君たちの要求を聞こうか」
「お菓子! あと炭酸!」
「子供かよ……」
「なにおう!?」
夕方の時間帯というのは小腹が空くものだからね。致し方ない。
だけど、自分で買いに行くという選択肢は一切ない。
──なぜなら暑いから。外出したくないから。
俺はこのクーラーが効いた部屋から出たくないぜぇ!
とはいえ、コンビニ自体は徒歩圏内にあるから超大変というわけではない。
現実的な罰ゲームである。
「まったく……。志乃はなにかあるか?」
「うーん……あ、チョコ欲しいかも」
チョコ食べたい志乃ちゃん可愛い。
甘いもの好きよねぇ……この子。
ちなみに日向はああ見えて辛い料理が好きだったりする。
汗かくのが気持ちいいとか言ってた。
あ、聞いてないって?
「おっけー。なんのチョコがいい?」
「兄さんに任せるよ」
「そうかそうか。じゃあ一番ビターなやつ買ってくるぞ」
「そ、それはやめてっ!」
「冗談だって。俺もちょうど欲しいものあったし……準備して行ってくるよ」
いやー、家から出なくていいって最高だな。
本気で司を蹴落としたかいがあったぜ……ククク。
蹴落とし、蹴落とされてこの世の中は形成されているからね。
受験然り、就活然り、そのほか諸々……。
これが日本なのだよ。
悪く思わないでくれたまえ、司くん。髭クイッ。
――まぁ、本当はわざと負けて司と志乃ちゃんを二人きりにさせてあげようって気持ちもあった。
あったのだが……その場合、あの暑さの中歩かないといけなくなる。
……それは嫌だね、うん。
暑さには勝てないなり。
「あ、じゃあ私も課題をやらないとなので部屋に戻りますね」
志乃ちゃんは立ち上がり、持っていたコントローラーを優しくテレビ棚に置く。
先にリビングから出て行こうとする司を追うように歩き出した。
「昴、お前は……」
司は外出。志乃ちゃんは勉強。
ひとまず夕飯時まで自由時間って感じかね。
そうなると、俺は当然一人になるわけだが……。
こちらを見てきた司に向かって、俺は呑気に手を振る。
「俺は適当にここでダラダラさせてもらうぜ。ワンチャン寝てるかも」
「いいけど腹出して寝るなよ? 風邪引いても知らないぞ」
「でーじょーぶだって。あ、志乃ちゃん」
俺は司の隣に立つ志乃ちゃんに視線を移す。
「なんですか?」と返事をする志乃ちゃんに、ニッと笑みを浮かべた。
「課題、なにか分からないところあったら聞いてよ。といっても……志乃ちゃんなら大丈夫だと思うけど」
「えっ……いいんですか?」
「ああ、もちろん。お兄ちゃんと違って俺は勉強できるからね」
「ぐっ……ムカつくけど否定できない……!」
「にゅふふ」
今日は司の悔しそうな顔をたくさん見られて気持ちがいいなぁ!
いつもだったらこっちが『ぐぬぬぬ』ってなってるからね。
主にラブコメ的アレコレで。
こういうときぐらいはマウント取ってもいいじゃない!
「ふふ、それじゃあ……困ったときは青葉先生に頼っちゃいますね」
「うむうむ。いつでも待っておるよ。……あ、もっかい先生って呼んでくれる? 録音するから」
「うわぁ……」
やべぇ志乃ちゃんが引いてるっ! うわぁとか言ってる!
「志乃、昴を調子に乗らせたら面倒くさいから言わなくていいぞ」
おいコラどういう意味だ……と問いただそうと思ったが、司はそのまま立ち去ってしまった。
志乃ちゃんも俺に向かってぺこりと小さく頭を下げたあと、同じようにリビングから出て行く。
すると……先ほどまで人の声で賑わっていた雰囲気が一変――
時計の秒針音と、エアコンの稼働音、そして未だ付けっぱなしのテレビゲームのBGMだけが残った。
どこか寂し気な感じはするが……。
俺は普段から家に一人でいることが多いため、どちらかといえば……この雰囲気のほうが落ち着く。
「さて……と」
ゲームの電源を落とし、そのまま地上波へと切り替える。
適当にチャンネルを指定すると、夕方のニュース番組の音声がテレビから流れ始めた。
女性キャスターの声を聞きながらソファーに寝転がると、ふわっとした柔らかな感触が俺の身体を支えた。
天井を見ながら、なにをしようか考える。
司がいない間に、アイツの部屋を勝手に物色……は、ダメだな。
思春期の男の子の部屋だからね、後々大変なことになりそうだからね。面白そうではあるけど。
志乃ちゃんの部屋に特攻……は論外ですね。
中学時代に一度それをやって本気で怒られたし。
あのときの志乃ちゃんが今までで一番怖かったかもしれない。
課題の邪魔をするわけにもいかないからなぁ……。
湧き出るお茶目欲を抑え、俺はポケットからスマホを取り出す。
とりあえず適当にゲームでもしてよ……っと。
俺はいつものようにナイドラを起動する。
ちなみにこのゲームは、フレンドの現在のログイン状況が分かる。
例えば『ログイン中』だったり『最終ログイン1時間前』だったり。
そのあたりは、ほかのスマホゲームと同じようなイメージだ。
つまり、俺が今ログインしていることはフレンドたちにも知られているわけである。
「途中まで進めてたクエストでも……」
適当にクエストを進めようとしたところ――
ピコン、とゲーム内メッセージ……いわゆるチャットが飛んで来た。
――え、誰?
ヤバい人にでも目付けられた?
疑問を抱きながら、俺はチャット画面を開いて送り主を確認する。
送り主は――
『nagi』。
……。
nagi?
「って渚かよ!」
どうやら渚からメッセージが飛んできたようだった。