第72話 青葉昴は朝陽兄妹と過去を懐かしむ
「にしてもアレだなぁ」
ソファーに座りながら、欠伸交じりに伸びをする。
やる気のなさそうな俺の発言に朝陽兄妹がこちらを向いた。
「こうやってリビングで三人で話してるとさ、思い出すわ」
「思い出すって……」
「なにをですか?」
ハテナ状態の二人に俺はニヤリと笑う。
朝陽家。リビング。そしてこの三人。
三つのキーワードから俺が思い出すことは――そう。
「俺たち三人が初めて顔を合わせた……四年前のことだよ」
四年前――中学一年生の頃。
俺が初めてこの家に遊びに来て、初めて志乃ちゃんと顔を合わせたあのときだ。
司は「あー!」と表情を明るくしていたが、一方の志乃ちゃんはなんともいえない顔をしている。
まぁ志乃ちゃんはね……あの時期はいろいろあって尖ってたからね……。ヒエヒエ志乃ちゃんだったからね……。
だからちょっと微妙な表情なのだろう。
「そうかぁ、もう四年前なのかぁ」
「そうだぜ? あんときの志乃ちゃんの第一声覚えてるか?」
「ちょっ……! す、昴さん!?」
でも俺はからかうのをやめない!
俺はコホンと咳払いをしたあと、冷ややかな目で二人を見る。
ツンっとした雰囲気を纏い、周囲を突き放すように言った。
「――用は済みました? では、私はこれで」
う~ん、クールビューティ~!
「ははっ……!」
「も、もう! そのことは何回も謝ったじゃないですか!」
「うむ、それはそう。でもやっぱり最初の頃の志乃ちゃんは忘れられないな」
「あのとき志乃は……いろいろあったからね。仕方ないよ」
いろいろあったのはお前も、だけどな。
自分を入れないあたり司の人柄が出ていた。
俺は不服そうな志乃ちゃんに「ごめんごめん」と謝る。
今はこうして気軽に言うことができるけど、当時はただただ末恐ろしかった。
親友に妹ができたと思ったら、とてつもなく冷たい子で……そうなってしまうほどの理由があって。
司にも司の事情があったのにも関わらず、悩むことなく志乃ちゃんと仲良くなる道を選んだ。
だからこそ俺も、志乃ちゃんと仲良くなるためにアレコレ試行錯誤した結果……今に至る。
バカなことやってたなぁ……と、今思い返せば懐かしい記憶が溢れてくる。
結局のところ、あの公園での一件が大きい。
志乃ちゃんが家に帰ってこなくて、二人で探し回って。
やっと見つけた志乃ちゃんと司が……お互いの気持ちを伝えあって。
二人が……『兄妹』になったあの日。
あの日から俺たち三人は、こうして良好な関係を築けている。
もしも――
あのとき別行動をしたとして、公園に辿り着いたのが俺だったら……。
俺は……志乃ちゃんになんて声をかけていただろう。
なにを……話していたのだろうか。
――なんて、意味のないことを考える。
……俺にはとても無理な話だな。
「なぁ、志乃」
司は穏やかな表情で妹の名前を呼んだことで、ワイワイとしていた雰囲気が少しばかり収まる。
「なに、兄さん?」
志乃ちゃんは返事をして首をかしげた。
これからどんな会話が繰り広げられるか想像がつかないため、俺は大人しく二人を見守る。
司は室内をグルッと見回し、そのまま写真立てが置かれている棚で目を止めた。
二秒ほど写真を見て小さく微笑み、もう一度志乃ちゃんに顔を向ける。
「――俺と父さんは、志乃の家族になれてるか? 志乃は今……この家に居たいって思えてるか?」
司の問いかけに、志乃ちゃんは驚いたように息を呑む。
家族になれているか。
この家に居たいって思えているか。
四年前の公園での一件を改めて思い出す。
あの日、自分の感情に戸惑う志乃ちゃんに……司は優しく言った。
――『志乃、ゆっくりでいい。志乃のペースでいい。ゆっくり……俺と父さんのことを家族だって思っていってくれたら嬉しいな』
朝陽司という長男の行動理念はそこにあるのだろう。
自分たちなりの家族の形を作ること。
みんなが……お互いに家族だと思ってくれるように。
この家が……自分の居場所だと思えるように。
これが朝陽家の……朝陽兄妹の家族の形なのだと。
辛い経験をしてきた二人だからこそ、作ることができた形。
その形を作るために、司は志乃ちゃんと出会った日から……今まで……いや、これからも手を伸ばし続けるのだろう。
大切な家族を決して独りにさせないために。
俺は……そんな兄妹を見て素直に思う。
眩しいな、と。
「兄さん……」
きっと志乃ちゃんも、あの日のことを思い出しているのだろう。
本当の意味で、自分に兄ができたあの日を。
拒み続けた兄を受け入れたあの日を。
志乃ちゃんは穏やかに微笑み――
そして。
「もちろんだよ――兄さん。お母さんも、お父さんも、兄さんも……みんな私の大好きな家族だから」
強く、頷いた。
兄さん……か。
――『それで……そうだな。いつか俺たちのことを家族って思える日が来たら』
――『そのときは兄さんって呼んでくれよ。俺は君のお兄ちゃんだからな。なにがあっても妹の味方だし、いつも志乃のそばにいるよ』
そういうこと……だな。
志乃ちゃんが司を初めて『兄さん』と呼んだときから、答えは決まっていたのだろう。
俺はなにも言わず、ただ静かに笑みを浮かべていた。
よかったじゃないの……司くん。
あーいかんね。
こういう家族の話はいかんね。
昴くん泣きそうになっちゃうじゃないの。
「そうか……ならよかったよ」
「うん」
二人が顔を見合わせて笑い合う。
それは、まごうことなき素敵な『兄妹』の姿だった。
「なにも喋らないけど……昴」
「えあ、え、え?」
「なんでそんな驚いてるんだよ」
完全に気を抜いていたため、俺は焦って返事をする。
自分を指差して「俺?」と確認すると、司はそうだよと頷いた。
なぜこの流れで俺に話が振られるのだろう。
今って兄妹の……家族の話だよな?
俺のような部外者が――
「俺からしてみれば、お前も家族のようなもんだぞ?」
「……」
おっ……と。
予想外の言葉に俺はなにも返事ができなかった。
呆然と目を丸くする俺を見て、司が面白そうに笑っていた。
「なんでそんな顔してんだよ」
「……俺どんな顔してんの?」
「驚き! って感じ」
「驚き! かぁ……」
そりゃ急にそんなこと言われたら驚くわ。
さーて、どう返事をしたものか……。
「昴さん」
次に俺を呼んだのは志乃ちゃんで。
この場に相応しい言葉を探す俺に……話を続ける。
「自分には関係ないーって顔してますけど……そんなことないですからね?」
「……そうなの?」
「はい、そうです」
志乃ちゃんは優しい表情で頷いた。
驚きの顔の次はそんな顔をしてたのか……。なるほどなぁ……。
――けれど、実際俺には関係のない話だ。
どれだけ司と志乃ちゃんの兄妹仲が良かろうと。
どれだけ朝陽家の絆が深かろうと。
俺なんかが足を踏み入れていい領域ではない。
俺はただ……幸せそうな司を見ているだけで十分なのだ。
それ以上望むことはなにもない。
望む資格など、ない。
「昴さんも私にとっては……家族のような存在ですから。ね、兄さん?」
「うん、志乃の言う通りだ」
二人の温かな視線がこちらに向けられる。
家族のような存在……か。
母さんが聞いたら、大喜びしそうな台詞だ。
素でそんなことを言えるあたり、やはりこの兄妹は似ている。
お互いを、他人を大切に想い……優しい言葉をかけ、手を差し伸べられる。
穢れのない純粋な気持ちで他人を思いやることができる人間なんて……世の中にどれくらいいるのだろう。
きっと……多くはないはずだ。
そんな二人が出会って、家族になれたのは……やはり運命的な巡りあわせなのかもしれない。
「ったく……」
俺は一度顔を下に向け、余計な感情を取っ払うために息を吐く。
平常心を取り戻したあと顔を上げ、ガリガリと頭を掻いた。
「んな小っ恥ずかしいことよく言えんなぁ。さすがは朝陽兄妹」
「だって事実だしなぁ」
「そうですよ昴さん」
「へいへい、サンキューな。これ以上言われたら恥ずかしくて茹で上がっちゃうよ俺」
「昴さんはすぐそうやって茶化して……」
志乃ちゃんが呆れたようにため息をつき、司と目を合わせる。
『まったく昴は……』と言わんばかりに、二人揃ってやれやれと首を左右に振った。
お前たちの気持ちは嬉しいさ。
俺を家族のように大切に想ってくれていることは嬉しい。
大切な存在と『同列』に扱ってくれることも光栄だ。
だが……結局はそれだけだ。
俺をどう思っているかなんて……正直、そこまで興味がない。
『青葉昴』なんてどう思われても、俺にとって大きな問題ではないのだ。
大事なことは……たった一つ――
「ずっとここで話してるのもアレだし、なんかやろーぜ」
しんみりとした空気に耐え切れず、俺はソファーから立ち上がって二人の顔を見た。
話す時間も好きだけど、流石に長時間はネタが切れる。
トークマスター昴でも、ちょっとしんどい部分があることもまた事実なり。
まぁ……このメンツだったら昔のことから今のことまで、話題には事欠かないだろうが……。
今のような話の流れで俺に振られると……ね。
「なんかってなんだよ?」
「うーん……そうだなぁ」
三人でできるもの。
尚且つ盛り上がれるものがいいから……。
――あ、そうだ。
「ゲームやろうぜゲーム」
「ゲーム……ですか?」
「おう、テレビゲームな。ほらアレ、よく日向も含めて四人で遊んだパーティーゲーム」
「あー、あのスゴロク形式のやつ」
司の言葉に「そうそう、それそれ」と頷く。
中学時代、日向を合わせた四人でよく対戦していたパーティーゲームがある。
スゴロク形式でゲームを進め、最終ターンの時点で特定のアイテムを最も多く持っていたプレイヤーの勝利……といういたってシンプルなゲーム。
しかし、プレイしていく中で様々なミニゲームをやらされたり、突発的なイベントに襲われたり、その結果によってアイテムを奪い、そして奪われるといったゲーム要素も魅力的だ。
「あれなら志乃ちゃんだって何回もやってるから大丈夫でしょ?」
「はい、なんだか懐かしいですね。昴さん、よく日向を狙い撃ちにしてアイテムとか奪ってましたよね」
「アイツの反応が面白くてなぁ。つい、ね」
「日向も日向で、ミニゲーム中に昴のコントローラーを触って妨害とかしてたよな」
「最終的にはもうリアルファイトに発展するからね俺ら」
とまぁ、そんなある意味思い出のゲームの一つ。
普段あまりゲームをやらない志乃ちゃんでも、抵抗感なく遊べるだろう。
ただし。
――普通にやるだけじゃ面白くないよなぁ!?
俺はニヤリと笑い、右手の人差し指を立てる。
「じゃ、ビリになったヤツは罰ゲームとしてコンビニパシリの刑で」
「えっ!?」
「お、いいねー! 昴を負かせてやろっと!」
「おいそういうこと言うのやめろ!」
不安そうな志乃ちゃんに対して、司は乗り気のようでなりより。
「よーし! そうと決まればさっそくゲームを繋ぐぜー!」
「今は俺の部屋に置いてあるから持ってくるよ」
司はそう言うと、二階の自室へと向かう。
ぬっふっふ……楽しみになってきたぜ。
……え? もし志乃ちゃんが負けたらパシらせるのかって?
…………。
大丈夫だって。
もちろん、そうならないようにするからさ。ククク……。