表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/475

第71話 朝陽志乃は何気ないひとときを幸せに思う

「もう……次からはちゃんと事前に教えてね兄さん」

「はい、分かりました。気を付けます」

「ハッハッハ! ちゃんと反省するんだぞ司!」

「――昴さん?」

「はい、ごめんなさい」

 

 その後。


 無事に復活した司、ワンピースに着替えて髪をセットした志乃ちゃん、そしてヘラヘラと笑う俺の三人はリビングのソファーで談笑をしていた。


 ソファーは『コ』の字型で、俺と司が向かい合うように座り、その間に志乃ちゃんが座っていた。


 あんなにオフモードだった志乃ちゃんは、部屋に戻って身支度を整えたことで、すっかりいつもの雰囲気に戻っている。


 別に寝間着姿のままでいいのになぁ……可愛かったのになぁ……。

 写真撮らせてくれないかなぁ……。


 と、脳内は煩悩まみれだけど……そんなこと言ったら志乃ちゃん様が怒っちゃうからね。


 あの姿は俺の魂という名のフォルダにしっかり刻み付けておくとしよう。


 次いつ見られるのか分からないし。


「それで……えっと、昴さんは今日どうしてウチに?」


 こてん、と志乃ちゃんは可愛らしく首をかしげて問いかけてくる。


 ホントになにも話してないんだな司……。

 なにしてんねん……。


 俺は素直に答える……前に、一度ふざけておくことにした。


「えぇ!? ひょっとして俺が来ちゃダメだった!?」


 驚愕の表情を浮かべて答えると、志乃ちゃんは分かりやすく「ち、ちがっ!」と慌てる。


 うむうむ、その反応が見たかった。


「そ、そういうことじゃなくて……! 疑問っていうか……あの、ダメとかじゃないですから!」 


 両手をブンブンと振り、全身で『違う違う!』と表現をする志乃ちゃんを見て思わず笑みがこぼれる。


 いちいち可愛いなぁ、この子は。


 みんなが志乃ちゃんみたいになれば世界平和も夢じゃないのでは?


 しかし、俺の遊びを見逃さない男が一人。

 

「志乃、昴にまた遊ばれてるよ」

「えっ?」

「あ、お前っ!」


 裏切者、現る。


 サラッと告げ口した司の言葉に、志乃ちゃんの表情がスッと真顔に戻った。


 あれ、おかしいな。

 さっきまで慌てていた可愛らしい志乃ちゃんはどこいったのだろう。


「昴さん?」


 表情一つ変えず、志乃ちゃんは俺の名前を呼ぶ。


 俺はピシィっと綺麗に姿勢を正した。

 背筋ピーン!


「はいなんでしょう志乃ちゃんさん」

「私で遊んで――楽しいですか?」


 淡々と問いかけてくる志乃ちゃん。


 俺は二秒ほど考えて……ニッと笑う。 

 そして元気よくサムズアップ!


 おらぁ! 俺の答えを聞けぇ! 


「超楽しい!」

「~~~~!!!」


 志乃ちゃんはぷく~! と大きな擬音が聞こえそうなほど頬を膨らませて……。


「も、もう昴さんなんて嫌いですっ!」


 ぷいっと子供っぽくそっぽを向いてしまった。


 なんだろうね。

 『嫌い』っていう言葉なのに、どうして可愛いって思っちゃうんだろうね。


 つい最近どこぞの緑鬼に『嫌い』って言われたばかりだが、どうしてこんなにも受け取り方が違うんだろうね。


 アイツの嫌いはガチなんだよなぁ……。


 そっぽを向く志乃ちゃんの姿に、俺と司は顔を見合わせて――笑い合う。


 俺たちが思っていることは同じだろう。

 

「二人してなに笑ってるんですか…!」

「ははっ、なんでもないよ。なぁ昴?」

「ああ、そうだぜ志乃ちゃん」

「教えてくださいー!」


 リビングが男二人の笑い声と、志乃ちゃんの「も~!」という不満の声に包まれる。


 学校ではないからか、志乃ちゃんがいつもより感情的に見えた。


 恐らくプライベート空間ということもあって、リラックスしている状態なのだと思う。


 なんとも年相応の女の子って感じだ。


 もちろん、日向ほど超元気……というわけではないけれど。


 俺と司が思うことはたった一つ。


 志乃ちゃんがこんなに感情を見せてくれるようになって、遠慮なく感情を出すことができるようになって――よかった。


 そんな――『嬉しさ』。


 ただ、それだけなのである。

 

 そして、司が自分の家で楽しそうに笑えているという事実に――


 この二人が出会えてよかった。

 この二人が兄妹になれてよかった。


 改めてそう……強く思った。


 × × ×


「えっ、昴さんって夕飯を作りに来てくれたんですか!?」

「ふっふっふ、ご指名を受けて青葉シェフが朝陽家にやってきましたぜ」

「わぁ……! やった! 流石兄さん……!」

「そうだろそうだろ?」

 

 俺が遊びに来た理由を司から聞いた志乃ちゃんは、パチパチと胸の前で小さく拍手をする。


「というか、二人って普段こういうときどうしてるんだ? 適当に作ったりしてんの?」


 二人の両親は共働きであるため、こうして仕事の都合で家を空けることが多い。


 自分たちでご飯を~なんて、珍しい話ではないはずだ。


 兄妹はお互いに顔を見合わせて、「うーん……」と考える。


「買って適当に済ませることが多いかもなぁ」

「あ、そうなのか。司が料理できないのは知ってるけど、志乃ちゃんは?」

「あーえっと……」


 俺の質問に志乃ちゃんがチラッと司に目を向け、気まずそうに苦笑いを浮かべた。


 おっと、なにか訳ありか?


「お母さんがいるときはお手伝いとかするんですけど、二人のときは……兄さんが包丁を触らせてくれなくて」

「あー……」


 なるほど、そういう……。


 理由はなんとなく察しがつくけど……。


 俺はため息をついて司を見た。


「司……お前さぁ」


 俺の言葉に司は目をクワッと見開き、「だってさ!」とソファーから勢いよく立ち上がる。


「もしそれで志乃が怪我したらって思うと心配なんだよ!」


 やっぱりそうだった。

 ただただ志乃ちゃんを心配してるだけだった。


 シスコンスイッチ、オン。


「だ、だから私は大丈夫だって兄さん……!」

「大丈夫じゃない! 普段は母さんが見てくれてるからいいけど……!」

「はいはい、シスコン乙」

「うるさいぞ昴」

「あ、はいすんません」


 怒られました。


「いいか? 包丁っていうのはかなり危ないもので――」


 その後、突然司は包丁の危険さについて力説し始めた。

 

 怪我をしたらどうなるのか。

 志乃になにかあったらって思うと――などなど。


 まぁ……うん。ただ過保護なだけだったわ。


 まったく……妹を心配に思う気持ちは分かるけどさ。


 コイツ、カレーと志乃ちゃんの話になると露骨にテンション変わるよな……。


 俺は司の言葉を無視して、過保護な兄の言葉に恥ずかしそうに俯く妹に顔を向ける。


 「志乃ちゃん」と小さな声で名前を呼んだ。


「……?」

「……いいお兄ちゃんじゃないの」

「あはは……気持ちは嬉しいんですけどね」


 コソコソと言葉を交わす。


 強引に話を終わらせようとしないあたり、志乃ちゃんも司の気持ちを嬉しく思っている部分もあるのだろう。


 司が志乃ちゃんを想って。

 志乃ちゃんが司を想って。


 血の繋がりなんてそこには関係なくて……。


 誰がなんと言おうと、二人は正真正銘の兄妹なのだ。


 とはいえ……。


 このままだと話が進まないから、強制終了とさせてもらおう。


「つまり――」

「あーはいはい。司は論外として、志乃ちゃんはお手伝いレベルってことでいいか?」

「論外ってお前――」

「そんな感じの認識で大丈夫です!」


 俺と同じように、志乃ちゃんも言葉を遮るようにして笑顔で頷く。


 俺たちに雑に扱われた司は、シュンと俯いてソファーに座った。

 ……いかん、ちょっと笑いそうになったわ。


 でも仕方ないね。


 あのままだったら志乃ちゃんがいたたまれない感じになっちゃうし。


「よし、じゃあ司には雑用を大量に任せるとして……だ」

「それくらいしか役に立てないからなぁ。もちろんやるよ」

「志乃ちゃん」

「はい!」

「君には青葉シェフの助手をする権利をあげよう」

「えっ! いいんですか!?」


 志乃ちゃんは嬉しそうに、綺麗な桃色の瞳をキラキラと輝かせる。


 まさかそんな嬉々とした表情するなんて……。

 正直ちょっと予想外。


「ああ、もちろん。俺の助手をやってくれる人ー!」

「はいっ……!」


 俺の呼びかけに、志乃ちゃんは元気よく挙手。


 そんな姿に俺はほっこりと顔をほころばせる。


「じゃあ任せたぜ志乃ちゃん」

「任されました!」


 なんでこの子の言動ってこんなに可愛いの?

 どうなってるんですか? 親の教育?


 ふっ……どうやら朝陽家はとんでもねぇ天使を生み出してしまったもんだぜ……。


「あ、助手っていうと……」


 司がなにかを思いだしたように声をあげる。


「蓮見さんを思い出すな」


 その名前に反応した俺と志乃ちゃんは司に顔を向けた。


「蓮見?」

「蓮見先輩?」


 うん、と司は頷く。


 ここでどうして蓮見の名前が出てくるのだろう。

 

「どうしてアイツを思い出したんだよ」

「助手って言葉を聞いてさ。合宿でカレーを作るとき、蓮見さんに助手してもらってただろ?」

「あーそういうこと。たしかにそうだったな」


 それなら蓮見を思い出すのも無理はない。


 アイツもお手伝い程度しかやってないと言っていたが、それでも有能過ぎる助手だった。

 俺がいなくても一人でパパッと作れていただろう。


 合宿に……カレーかぁ。


 つい最近の出来事だけど、なんだか懐かしく思えてくる。


「お前、蓮見さんのこと褒めてたよな。すごいーって」

「実際すごかったからな。司、アイツに料理教えてもらえよ」

「教えてくれるかなぁ」

「間違いなく教えてくれるぞ。なんなら大喜びだぞ」

「え、なんでだよ」

「それは秘密」


 鈍感野郎め。


 仮に司から『料理教えてよー』って頼まれたとき、蓮見はどのような反応をするだろう。

 ……うん、簡単に想像できるな。


 顔を赤くして『わわわわ、私でいいんですか!?』って慌てふためている姿が思い浮かぶ。

 敬語なのがポイントね。

 

 料理教室イベントか……なかなかリア充だな……。


 今度コッソリ蓮見に言ってみようかな。アリだね。


「……助手」


 蓮見のことを考えていると、ポツリと小さな声が聞こえてきた。


 その声の主は……志乃ちゃんだった。


「志乃ちゃん?」

「あ、はい! なんですか?」


 志乃ちゃんはハッとして俺を見る。


 なにか考えごとでもしていたのだろうか。


「どうかした?」

「い、いえ! なんでもないです!」

「あ、そう?」


 ならいいけども。


「昴さん」

「ん?」


 志乃ちゃんは俺の名前を呼び、胸の前で両手をギュッと握る。


「私、助手頑張りますから!」


 おお、気合十分。


 なら俺も頑張って激ウマスペシャルカレーを作らないとな。

 今日は司……というよりは志乃ちゃんのために来たようなものだし。


 司自身もそのつもりで俺を呼んだのだ。


 期待に応えられなければ男じゃねぇぜ!


 なんで志乃ちゃんがこんな気合を入れているのかは知らんけど……まぁなんでもいいや。


「おうよ! 俺もよろしくな!」


 とりあえず、夕飯の時間が楽しみである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ