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第8話 蓮見晴香は提案する

「は? ちょっと青葉、なんでそのタイミングで回復スキル使うの?」

「いやいや、俺のHP見える? 真っ赤ですけど?」

「このボスは、HPが残り二割になると確定でエグいデバフを付与してくるだけで、そのターンは攻撃してこないの」

「ふむふむ」

「で、わたしのこの攻撃でちょうど二割になるから……」

「なるから?」

「あんたはおとなしくわたしにバフ撒いてればいい。その次の攻撃で落とせる」

「え、マジぃ?」


 ポチポチと。

 翌日の昼休み、教室内で俺は渚とナイドラのイベントクエストをマルチプレイで遊んでいた。

 というのも、マルチプレイ限定の報酬があるからで……。


 正直俺の戦闘力だと心許ないのだが、そこは渚様の卓越したプレイで見事にキャリーされていた。

 フォッフォッフォ……最近の若い娘は頼りになるのう。


 一方で司、蓮見、月ノ瀬の三人は楽しそうに談笑を繰り広げている。


 昨夜渚にLINEでも言われたが、蓮見と月ノ瀬のダブルヒロインズはすっかり親しくなっていた。

 

 いいなぁ。俺もほのぼのお話したいなぁ。


「青葉、最悪落ちてもいいからバフちょうだい。……ちょっと青葉聞いてる? 遊びじゃないんだけど?」


 どうやらこれは遊びじゃなかったようです。


「はい先生」


 俺も、ほのぼの、お話、したいなぁ!


 こちとらほのぼののほの字もない。


「あの……青葉さんと渚さんはいつもああして一緒にゲームを?」

「ん? ああ、そうだよ。と言っても……大抵昴が足を引っ張るか、渚さんにボコボコにされてるかのどっちかだけど」

「あはは……たしかにそうかも。青葉くん、いつもるいるいにやられて叫んでるもんね」

「なるほど……覚えておきます」


 おい、その三人。バッチリ聞こえてんぞコラ。

 その通りだけど! その通りすぎて言い返せないけど!


 あと月ノ瀬も別にそんなことを覚えなくていいから! 

 今のところお前に変な印象しか与えてないから!


「青葉、早くして」 

「へいへい。なら俺の全部お前にやる! 持っていけ! うぉぉぉぉ!!」

 

 届け! 俺の熱い想い(バフ)


「これでいける……はず……!」


 見計らっていたように必殺技ゲージが溜まり、渚は迷わずタップ。


 画面内では銀の甲冑を身に付けた金髪イケメン『ランスロット』が、カッコいい雄叫びとともに剣に力を溜めていた。

 俺たちが昨日ゲットした新キャラクターである。


 今回のイベントに合わせて実装されたキャラクターということで、イベントボスに対して有利に立ち回ることができるスキルを多数所持していた。


 渚曰く、ランスロットを持っているだけで攻略難易度が段違いだとか。


 たしかに雑に強いなぁと思っていたけど、そこまでだったとは……。

 さすがイケメン、見た目よし声よし能力よし。さすがにこの昴君も負けたぜ。


 ランスロットが敵に向かって力強く剣を振ると、神々しく輝いた光波がボスモンスターの身体を切り裂いた。


 そして画面には、ファンファーレとともに『STAGE CLEAR』の文字が表示される。


「おおっし! ナイス渚!」

「ふふん、余裕。案外いけるもんだね」


 俺にVサインを向ける渚。

 案外ってお前……これ超高難易度のクエストだぞ?


 SNSでも難しいって評判なのに……。


 さすがですわ……。


「やったな! ま、俺のおかげかな?」

「はいはい、いい数合わせだったよ」

「だろー!? ……うん?」


 数合わせ?


「それにしても、やっぱりランスロット強すぎるね。もう使わないかな」

「え? なんでだよ?」

「強いキャラ使ってクエストクリアできるのは当たり前でしょ? そんなのつまらないし」

「おぉ……」


 これはゲーマーの鑑。

 たしかに渚はナイドラに限らず、いろいろな対戦ゲームでも主に評価が低いキャラクターを好んで使用していた。


 なんでも『弱いキャラで強いキャラに勝ったほうが燃えるでしょ?』とのことで……。


 プレイスタイルは人それぞれで正解なんてないが、素直にかっけぇ……と思ってしまった。


「……次は低ランクキャラ縛りかな。となると編成的には……回復重視? ……いやでも」


 先ほどのクリアなど忘れたのか、渚はもう次のプレイについて考えていた。

 キャラクター一覧を開き、顔をしかめている。


 渚先生の今後のご活躍に期待、である。


「おっ、終わったか?」


 むふー、と勝利に余韻に浸っていると、蓮見たちと話していた司が俺に声をかけてきた。


「おう。渚大先生のおかげでな。どした?」

「蓮見さんからの提案なんだけどさ。あ、渚さんもいい?」

「え? あ、う、うん」


 スマホとにらめっこしていた渚だったが、司に声をかけられたことで慌てて左後ろを向いた。

 

 ふむ。

 

 もし声をかけたのが俺だったら――


『は? 今編成考えてるんだけど? 見て分からない?』って言われるんだろうなぁ。

 悲しいなぁ……グスングスン。


「あ、ごめんまだゲーム中だった?」

「ううん。大丈夫」


 渚はスマホをスリープに切り替え、ディスプレイを消灯して机の上に置いた。


 俺は渚の準備が整ったのを確認し、改めて司に尋ねた。

 

「それで? 蓮見からの提案ってことは……蓮見に聞いたほうがいいのか?」

「あ、うん。私から話すよ」


 蓮見は頷いて俺たちをグルッと見回す。


 蓮見の提案とは……一体なんだろう?

 考えても分からないため、とりあえず言葉を待つ。


「放課後に勉強会とか……どうかなって? 月ノ瀬さんとの親睦会も兼ねて!」

「勉強会?」


 事前になにも聞かされていない俺と渚は同時に首をかしげた。

 いや別に、勉強会って言葉の意味自体は分かるけども。


 親睦会と聞いたらもっとこう……パーティ的なのを想像するけど、テスト前だから仕方なしか。


「ほら、もう二週間後には定期試験が始まっちゃうでしょ? それに向けてみんなで勉強するのはどうかなって」

「ふむふむ。つまり俺は月ノ瀬に手取り足取り勉強を教えてもらえるということで――」

「昴は俺と勉強な!」

「なんでだよっっ!!」


 なにが悲しくて野郎と仲良く勉強しなくちゃいけないんだよ!

 

 それに勉強会といえばこれまたラブコメあるあるじゃないか!

  

 隣り合う席。至近距離で勉強を教え合う二人。

 そしてふと、合わさる二人の視線。

 赤く染まる頬。ゆっくりと近付く二人の距離。


 そして、そして……!


「そしてえええええ!!!」

「青葉うるさい」

「はい」


 隣から飛んできた声に背筋をピンと張る。

 

「わたしはいいと思うよ。そういう機会、あまりなかったし」

「というか月ノ瀬さんは勉強とか必要あるのか? 見てた感じ、テストはバッチリって感じしてたけど」

「ふふ、そんなことないですよ。それに一人で勉強するより楽しいですから。それにみなさんとはもっと仲良くなりたいですし」

「青葉くんはどうかな?」


 えぇ……月ノ瀬先生の手取り足取りレッスンないんでしょ?


 とはいえ、俺自身今後のためにも月ノ瀬とは仲良くなっておきたい。

 

 それに昨日の今日だ。

 また断ったりでもしたら、渚になにされるか分かったものじゃない。

 

 蓮見に顔を向けると、不安そうな顔で俺を見ていた。

 おいそんな可愛い顔で俺を見るな。うっかり好きになっちゃうだろ。


 俺はそんな不安を吹き飛ばす勢いでニカッと笑いサムズアップ。


「いいぜ!」

「やった! ありがとう!」

「いいのよ蓮見ちゃん。あたし、みんなのためなら頑張っちゃうわ」

「だ、誰……?」


 うんうんと深々と頷く。


 いやー勉強会かぁ。普通に楽しそうだなぁ。

 これはヒロインズと司の関係がどう進展するか楽しみである。


「で、それっていつから?」

「いきなり今日からっていうのは迷惑だから……明日からとかどうかな? 月ノ瀬さんとか大丈夫?」

「えっとー……はい。問題ないと思います」

「みんなはどう?」


 蓮見の問いに、俺たちも「大丈夫」と頷いた。

 

 明日から勉強会かー、勉強より司たちのことを見てニヤニヤしてたいなー。

 なんて、思っていると。


「あ、あのー……すみません。一ついいですか?」


 月ノ瀬はおずおずと小さくを挙げた。

 俺たちは月ノ瀬に顔を向ける。

 

「全然あの、お答えできる範囲で問題ないんですけど……みなさんの成績をお伺いしてもいいですか?」

「私たちの成績?」

「はい。事前に分かっていたほうが私も力になりやすいかな……と」


 たしかにそれはそうだ。

 数学が苦手な者同士で勉強を教え合ったとしても、それはもう悲惨だろうし。


 ――『ねぇこれなんだけど……分かる?』

 ――『ん? 分かんない!』

 ――『俺も分かんない!』

 ――『あはは! 一緒だ!』


 なんだこの地獄は。


「私は数学と、あとは英語がちょっと危ないかも……って感じかな」


 意外にも蓮見は成績優秀者というわけではない。

 結構勉強に苦戦してたりする。


 とはいえ、赤点常連とか、成績下位とか、そのレベルではないが。


 完璧そうに見えて抜けている部分がある。

 うむ、ヒロインには欠かせない属性だね。


「なるほど……朝陽さんは?」

「俺か? 俺は……まぁうん、そうだな……うん」

「ま、一通り赤点は取らないレベルって感じだよな」

「昴、お前もっといい言い方にしてくれよ」


 司はもう素直に『中の下』って感じだろう。

 めちゃくちゃ酷いわけではないが、かといって良いほうではない。


 のらりくらりとテストを躱す。それが司という男だ。 


「なるほどなるほど……ふふ、いいことが聞けました」

「ちょっと月ノ瀬さん? どういう意味?」

「内緒、です」

 

 ちょっとお二人さん? 急にイチャつくのやめてくださる?


「次は渚さんにお聞きしても……」


 声がかかった途端、渚はビクッと肩を震わせた。

 

 コイツ、さっきまであんなに話していたのに……月ノ瀬が関わった瞬間に無口になってやがったな。

 この様子を見るに、昨日の学校案内の時もなにも話さなかったんだろうな……。


「わ、わたしはその……国語が……数学は得意なんだけど……」

 

 しどろもどろ。

 最低なんだけど、渚のコミュ障モードは何回見ても飽きないな。普段とのギャップがすごいなり。


 んで、その渚は国語が苦手と。 

 去年から『作者の気持ち? 分かるわけないでしょそんなの』って何度も言っていたことを思い出す。

 あーたしかに苦手そー……って当時から思っていた。


「ふむ……。では最後に青葉さんですね」

「俺? 言っちゃえばなんでもできるぞ」

「え?」


 え?


 青色の瞳が揺れた。


「苦手な教科とかって……」

「ないぞ」

「え?」


 え?

 俺の返答が信じられないのか、困惑した様子の月ノ瀬は司たちを見た。

 その視線は、俺の言っていることが本当かどうか確かめているようだ。


 いやあの、ちょっと失礼じゃない月ノ瀬?


「すごく意外だと思うんだけど、昴って普通に勉強できるんだよ」

「おい意外とはなんだ」

「本当にその……意外、だよね……」

「おい言葉選べてないぞ蓮見」

「言動は頭悪いのにね」

「渚???」


 コイツらなんなん?

 三人はそれぞれ納得いかなそうな表情を浮かべながらも渋々頷いた。


 極めつけには──


「……驚きです」

「月ノ瀬、お前もか? お前もなのか?」


 あの月ノ瀬ですらこの反応である。

 まるで信じられないものを見るかのように、目を見開き、口元を手で覆っていた。


「なんなんだね君たちは!? 失礼じゃないか! このイケメンで優しくて面白いこの俺を見ろ! どこがバカに見えると!?」

「見えるな」

「え、えっと……」

「見えるどころかもう今バカ晒してるじゃん」

「……本当にビックリです」

 

 あの、さすがに酷すぎると思うんです。

 俺のどこをどう見たらバカキャラに思えるのだろうか?


 この聖人君子を地でいくこの青葉昴という男が。


 ──あ、こういうところ? なるほど納得。


「ま、まぁその……! おかげでだいたい把握できました。ありがとうございました」


 あ、月ノ瀬が無理やり話をまとめようとしてやがる。


「明日からよろしくお願いします。私、すごく楽しみです」


 ふわりと、月ノ瀬によく似合う穏やかな笑みを浮かべて。

 

 ──ったく。そんな嬉しそうな顔見せられたらこれ以上なにも言えないじゃないか。


 まだ言いたいことがたくさんあったが、俺はため息とともにその言葉たちを捨てた。

 月ノ瀬の笑顔で今日のところは許してやろう。


「蓮見さん」

「ん?」

「勉強会の提案、ありがとな。月ノ瀬さんを思ってのことだったんだろ?」


 おや?


「えっ、あ、う、うん……」

「やっぱり蓮見さんは優しいよ。勉強会、明日からよろしくな」

「ぴ、ぴょっ…!」


 それは突然だった。


 目を離した隙にラブコメが繰り広げられていた。

 蓮見はボンッとそれはもう見事に真っ赤に顔を爆発させ、謎の奇声をあげていた。

 ぴよってなんだぴよって。


「もちろん渚さんも、よろしくな」

「えっ……。……う、うん」

 

 俯いて、小さく頷く渚。


 ……。

 あームズムズする! なにこの空間! ここどこ!? 

 教室だったわ!


 俺はシラーッと目を細めて一部始終を眺めていた。


 そんな俺の視線に気がついた司は首をかしげる。


「ん? なんだよ昴?」

「……もちろん無自覚だよな?」

「は? なにが?」

「はぁ……。ちゃんとお礼が言えて偉いねってことだよバカ野郎」


 ──この男が自覚して言っているわけがなく。

 なんとも言えない俺のため息だけが虚しく残っていた。


「──へぇ?」


 どこからか聞こえたその声に、気が付くことはできなかった。


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