4話 こじらせ達の初活動
ホームルームの後、俺は教室の隅で鞄の中に荷物を手早く入れると、コソコソと教室の外へと出ていこうとしていた。
「おっ、西里。帰りか? 今日俺も部活休みでさ。一緒に帰ろう……ぜ?」
「しーっ、今話しかけたらバレ――」
「西里君?」
冷たい声が背後から聞こえてくる。いやまだ用件を伝えられていない今なら聞こえませんでしたって言い訳で逃げることが出来る。
ここまで溜めてきていた絵描き欲が猛烈に炸裂しているのだ。今の俺なら行ける!
俺は咄嗟の判断力で猛ダッシュを決め、スタイリッシュにその場から脱出……することはなく盛大にその場で転ぶ。
「何してんだ西里」
俺は憐れむような呆れるような声を背に受けながら可愛らしい手に引かれていく。
そして自身の運動能力の低さを後悔するのであった。
♢
「何をしているのですか、あなたは」
俺があまっちゃんに部室へと引きずられている途中で白雪と合流する。
同じクラスであるが故に俺の痴態は全て見られていたようである。こんなことなら逃げようとしなければ良かった。
いやでも俺の中の絵描き欲が爆発してたんだよな。なら仕方ないよな。
「では二人とも頑張ってくださいね」
そう言うとあまっちゃんは部室に俺と白雪だけを残して立ち去る。
2セットの机と椅子がポツリと置かれているだけの寂しい空間。
俺が適当に机と椅子を配置して座ると、白雪は無言でわざわざ遠くの方へと机と椅子を配置して座る。
まあ別にそれで俺が傷付かない訳もなくただ一人ひっそりと心の中で涙を流しておく。
「てか白雪は逃げなかったんだな」
「……話しかけないでください」
ぐさりと鋭い一言。あ~、もう分かったよ。話しかけませんよっと。
俺は白雪の事を居ないものとして扱う事に決め、鞄の中からシャーペンとペン、それからスケッチブックを取り出し、机の上に広げる。
別に一日中ずっと新聞の構想を練る必要はない。締め切りにパパッとやってしまって後はテキトーに過ごしておけば良いのだ。
「何をしてるんですか?」
「話しかけないんじゃなかったのかよ」
「私から話しかける分には別に問題はありません」
理不尽である。なぜこのような暴挙が許されるのか神に問いたい。生憎、俺の神様は神絵師に相当するため問いかけるのは不可能であるが。
「別に新聞の事だけを考えろなんて言われてないし、何やってても良いだろ」
「いえ。仕事を与えられたのならば完璧にこなさなければなりません。それがあなたと一緒でも仕方のない事です」
ムッキー! 何だこの女は! 人を苛つかせる天才だろ!
今回ばかりは流石の俺もカチンときたよ!
「うるせえな。お前がそんなんだからこっちはやりたくねえんだよ」
自然と口から出たのは俺史上最も冷え切った声音であった。
「新聞部は入れって言われたから入っただけだ。俺は別にこれっぽっちもやる気なんてねえよ」
「そうですか。では私の方で勝手に作っておきます」
そう言うと白雪はノートとペンを取り出し、何かを書き記すと、そのままノートを持って椅子から立ち上がり、部室の扉の方へと歩いていく。
「おい、俺にあんだけ言っといてお前は普通にサボるのかよ」
「あなたと一緒にしないでください。私は今から新聞に書く内容を聞き取りに行くだけです」
ピシャリとそう言い放つと白雪は部室から出ていく。
そして一人部室の中に取り残された俺はスケッチブックを開く。
「さて、何を描くか」
いつもならウキウキのこの時間も先程のやり取りによるもやもやが頭の中から離れなくなる。
強く言い過ぎただろうか。いやでも俺の方が結構酷い言われようだしな。
「駄目だ。あいつのせいで脳がパンクしてやがる」
こうなりゃヤケだ。
俺は半ばヤケクソになりながら描く対象を決めると、そのままスケッチブックの上でペンを走らせ始めるのであった。
♢
「……困りましたね」
部室であれだけ西里に啖呵を切って出てきたは良いものの、白雪は中庭のベンチで座り込んでいた。
手に持つノートには部室で書いた質問事項のみが書かれているだけで、聞き込みを始めてからかなりの時間が経過しているというのに他は真っ白なままだ。
実は全くの他人に話しかけるというのが上手くできないでいたため、まったく生徒への聞き込み調査というものが出来ないでいたのだ。
いざ話しかけようと声を掛けるもすぐに頭が真っ白になってしまい、ごめんなさいと言い走り出してしまうのである。
「あの男への侮蔑の言葉ならすぐに出てくるのですが」
そこで白雪はふと部室で言い合いをした少年の事を思い出す。
そしてすぐさま思考を止める。
「何も成果を上げられずに戻るのは癪ですけれど仕方ありませんね」
口ではそう言いつつも白雪はなぜ西里に腹を立てているのかが分からないでいた。
実を言うと、普段も西里に対して暴言を吐くつもりはなくとも、ついつい口に出てしまっていたのだ。
白雪は聞き込みを断念したようでベンチから立ち上がり、部室の方へと歩いていく。
そして部室の扉を開けるとそこには机の上で突っ伏して寝ている西里の姿があった。
「まだ残っているかと思えばこれですか」
仕方のない人だ、というような呆れに近いため息を吐く白雪。しかしその視線はいつも向ける物とは違い、少し柔和なものとなっていた。
そのまま西里を起こすことなく、自身の座席へ向かおうとした時、ふと白雪の視界に西里が描いたのであろう絵が入る。
最初は何の気なしに見ただけであったのが、それが何を表しているのか気が付くと驚きに目を見開く。
「これって私の……」
「んぁ? 誰だ、俺の眠りを妨げる奴は……って白雪っ!?」
白雪が絵を覗き込んだのと同じタイミングで西里が目を覚ましたため、至近距離で二人の目が合う。
「き、聞き込みはもう終わったのか?」
「……」
西里が取り繕う様にそう尋ねるも白雪は何も答えず、何かをじっと見つめる。
そしてその視線の先を見て西里は自身が何を描いていたのかを思い出し、慌て始める。
「いや、これは決して変な気持ちで描いたわけじゃなくてたまたま……」
「……上手ですね」
「へ?」
侮蔑の言葉が飛んでくるであろうと思っていた白雪からまさかの称賛の声が飛び出してきたことに驚いたのか西里は目を丸くする。
「先程はその……意味もなくあなたを罵倒してしまって申し訳ありませんでした。あなたが腹を立てるのも無理はありませんよね」
「いや、その、俺もなんていうかさっきは言い過ぎてすまなかった」
そして予想外の謝罪の言葉に戸惑いながらも西里はそう返す。
「よろしければその絵、いただけないでしょうか?」
「え、欲しいのか?」
「はい。自分の姿を描いていただいたのは初めての事ですので」
「こんなの落書きみたいなもんだからちょっと渡しづらいと言いますか何と言いますか……」
「……やっぱり私の絵を描いて良からぬことを考えていたのですね」
「いや、違う違う。そんなつもりはなくてですね」
ほっこり展開かと思いきや予想外の方向へ話が進みそうになり、西里はまた別の意味で慌て始める。
「ならその絵は私が貰います。良いですね?」
「……はい」
半ば強制的に白雪へ白雪が描かれたその一枚を手渡すと西里は少し照れくさそうにしながらこう言うのであった。
「新聞作り、俺も手伝うよ」
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