第9話 白猫賢者と犯人捜し
「何…?毒だと…?」
グレン様の発したその言葉で、凍結していた時間が動き出す。我に返った大臣達が、一斉にワッと騒ぎ出したのだ。
「ど…毒?!」
「殿下の紅茶に毒だって?!」
「う、嘘をつくんじゃない!話についてこれないからって、デタラメで誤魔化そうとしているんだろう!」
一部私を非難する声があがるが、そんなことは関係ない。殿下の紅茶に毒が入っているのは紛れもない事実。さらに付け足せば、殿下以外の紅茶には変化がない。明らかに殿下を狙った暗殺行為だ、これは。
そうして紅茶を殿下から遠ざける。少なくとも、暗殺沙汰になることは未然に回避できた。その事実にホッとしてしまい、大臣の一人が近寄っていることに気づかなかった。
「全く…最年少賢者だか知らないが、このような重要な場で嘘をつくとはいい度胸をしているな」
そう言って、私を非難した大臣の一人が殿下の紅茶を飲み干す。
あまりに一瞬のことで、私もグレン様も動けなかった。
「っぷは。ほら見ろ!何ともないじゃないか!毒なん…て…ウッ…ガフッ!!」
何をしているんだあの馬鹿大臣は!毒だと言ったばかりなのに!
おそらく彼は私を敵視しているのだろう。会ったこともないハゲオヤジに憎まれる筋合いなど無いが、明確すぎる敵意はどこかで繋がりがあるからだと予想はできる。
いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない!
「グレン様、殿下の周囲を警戒してください。そこのあなた、教会から聖女様を呼んできてください。私が応急処置をします」
近くにいたメイドにそう告げ、急ぐように促す。メイドがバタバタと出ていったのを確認し、すぐさま私は倒れている大臣に向き直った。
(呼吸困難に過度な発汗…即効性だけど致死性はない…)
どんな毒かはわからなかった為“毒”とだけ言ったが、いざ効能を解析してみるととても暗殺向きではない。
殿下をこの毒で殺すつもりなら、即効かつ致死性の高いものを選ぶはずだ。
「とりあえず毒性を取り除かないと…“ホーリーライト”」
光属性魔法の一つ“ホーリーライト”。光属性魔法は聖属性魔法と瓜二つの魔法属性。つまり、小規模ながら浄化の力がある。
今回の毒を“取り除く”ことは不可能だが、“薄める”ことは可能だ。浄化の力と消化の力で毒を薄め、排出するしか方法はない。
(遅効性毒の厄介な所ですね)
幸い、症状はそこまで重くない。浄化だけでも大半は何とかなりそうだ。
そんな時、慌てた大臣ら数名が部屋を出ていこうとドタバタと音を立てることに気づく。
今この場は会議の場ではなく事件現場と化した。証人であり、犯人の可能性がある人物をみすみす野放しにするつもりはない。
「動くな!!!!」
「ッ??!?!」
私の言葉よりも早く、背後から威圧感のある声が部屋を駆け巡り、大臣達もピタリと動きを止めた。
振り返ると、王が鋭い剣幕で出入り口を見つめている。正確には、その付近で慌ててた大臣達をだ。
「今この場にいる全員、部屋を出るでない。今この場は王族殺しの事件現場となった。調査の結果が出るまではここから動くことを許さない」
昔、叔父のように慕っていたと以前話したが、優しかった面影はなく、そこにいるのは一国の王の姿であった。
陛下は私に目を向ける。
「レナよ、バカードの容態はどうだ?」
「幸い、遅効性の毒なのが良かったのか浄化魔法のみで事なきを得ています。後は聖女様に見ていただいて、水をガンガン飲ませて毒を排出するのがいいかと」
「うむ。此度の事件、王族暗殺事件として扱い調査させる。この中にいないとは思うが、犯人は見つけ次第極刑は免れんと思え」
とんでもない威圧感が襲い掛かってくる。それが魔力を乗せていないと言うのだから驚きだ。
「グレン、此度の事件は黒騎士の管轄として調査せよ。そして賢者レナ、毒や薬に関しては知識があろう。グレンに協力し、犯人を捕えよ」
つまり、今回は私と黒騎士の共同戦線だ。それも陛下の命令とあらば、断るわけにはいかない。
「「御意」」
私とグレン様は同時に陛下に返事をした。
***
「なんだか大変なことになったな」
「まぁ、殿下の近くで生きてたら沢山ありますよ。きっと」
「ちょっと待ってくれないかい?まるで疫病神みたいに言われるのは不本意なんだが....」
一時解散となった会議室の中で、私とグレン様とヴェルト殿下の3人だけとなった。陛下は大臣たち含めあの場にいた全員を帰さず、王宮内に留まらせる方針のようだ。
妥当と言えば妥当だが、殿下を狙った犯人が近くにいるかもしれないとなると危険だという声もある。
陛下としても早々に犯人を捕らえたいがための処置なのだろうが、確かに心配と言えば心配だ。
「さて、俺のことはさておき犯人捜しだが....」
「少なくとも情報が無さすぎますね」
現状分かっているのは『殿下の紅茶の中に毒が混入していたこと』と『その毒の内容がわかっていること』の2点だけ。
犯人に繋がりそうな手がかりはこれから探していくしかない。
「無難にまずは紅茶を運んできた人物から当たってみよう」
「となるとメイドから聞きこみ調査だな。ヴェルト、取調室を借りてもいいか?」
「いいけど、わざわざ呼び出す必要があるのかい?かえって警戒させるような気が....」
「いや、陛下が調査するようあの場で言ったのはむしろ公に調査しろという命令でもあるだろう。真意は分からないが....」
どちらにせよ、メイド達への聞き込みはしないといけない。場所がどこであろうと、話が聞けるのであればさほど関係はないだろう。
あの時場にいたのは給仕のラドリー、ネルカ、サラ、メイナスの4人....あ、もう1人いますね。
「あの....私の側近のエリシアは含めますか....?」
「う~ん....本当は含めた方がいいんだろうけど、彼女にとってメリットが無いからね。犯人とは遠そうだけど、可能性がないとは言い切れないかな」
「エリシアにも聞いた方が良さそうですね」
「いや、主人である君が『関係がない』と断言できるならいいよ」
「え?」
「ただし、その言葉はレナではなく『賢者』の言葉になる。もし彼女が犯人だった場合....責任をとるのは君だからね?」
試しているのか、私を。
だが私は信じたい。エリシアはそんなことするような人物ではないし、何より動悸がない。今まで私を師匠と一緒に一番近くで見てくれていた存在だ。信用できないはずがない。
「わかりました。“白の賢者”レナの名において誓います。エリシアは犯人ではありません」
その言葉ににこりと笑う殿下。
「わかったその言葉を信じよう」
この時の私はまだ知らなかった。この時の決断が、あんなことを引き起こすなんて....