第8話 白猫賢者と国家会議
王宮の中を無数の足音が染めている。いつもよりも慌ただしく、ドタバタと忙しなく足音が響いていた。
駆けているのは基本的にメイドや執事などの使用人。そして厨房ではせっせとお菓子やら飲み物やらをシェフが準備している。
この日は私の執務室にも一報が届いており、その内容にエリシアが眉を寄せていた。
それは王家から....基、王直属の依頼。昔から叔父の様に慕っていた人物からの依頼なうえ、王からともなれば断ることはできない。
いや、依頼をくれるだけならよかったんだけど、内容がね....
「レナ様、いかがいたしましょう?」
「いかがいたすも何も断れないよ....なんで急に私に来たんだろう?」
渡された紙に書いてある内容は『国家会議に第一王子が出席する。そのため、万が一に備えて護衛をしてほしい』というものだった。
***
第一王子ことヴェルト殿下は先日まで他国に留学していた。この国と親交が深く、かつ同等レベルの技術力を持つ大国:リバルサーにて、歴史や王とは何かを学んでいたようだ。
それが先日留学期間を終えて帰国しており、その翌日に私と図書館で会ったという流れである。
今代の王家は男児が4人、女児が2人いるが第一王子たるヴェルトが優秀すぎるが故他の兄弟たちには王位継承権などあってないようなもの。
さすがは次期国王。容姿・血筋・スペックどれをとってもハイレベル。国内最高級の優良物件でしょうね。
私は国政にはあまり詳しくない。賢者なのだから把握しろと言われたこともあるが、残念ながら興味のないことは頭に入らない。
右耳から入って左耳から抜けて行ってしまう。
だからこそ、なぜ私が護衛役に選ばれたのかは微塵もわからない。
(はぁ....まだ執務室で仕事してた方が楽かも....)
少し憂鬱な気分になりながらも扉をノックする。やってきたのはヴェルト殿下の執務室だ。会議の前に合流し、共に行く手はずとなっている。
「どうぞ」
「失礼します」
一言添えて扉を開ける。中は思ったよりも無駄のない部屋で、資料や装飾品の他には最低限の物しか置いていない。無駄に広いのも相まってシンプルだが少し物寂しさを感じる部屋だった。
入って正面の机にヴェルト殿下はいた。そしてその傍らに....
「....グレン様?」
「レナ?どうしてここに....」
資料を持ったグレン様が殿下の横で固まっていた。黒騎士の訓練はどうしたのだろう?
お互いに見つめあいながらぽかんと固まっていると、不意に机に向かっていた殿下が笑い出す。
「ふ....ふふっ....2人とも、固まりすぎじゃないのかい?」
「いやヴェルト....なぜレナがここに?」
「グレン、君がいつも話すから興味がわいたんだ。彼女は今日の会議の護衛だよ」
「それなら俺がいる。レナを駆り出す必要はなかったんじゃないか?」
「だってその方が面白いだろう?私は賢者殿とも友人になりたくてね」
「いや、殿下それは....」
「前も言ったけど、ヴェルトだよ。グレンの事は名前で呼ぶのに、私の事はそう呼んではくれないのかい?」
王族にそう言われては断れない。正直、私が一番交流のある王族は第一王女様だ。そして、他のご兄弟の方々とは実はあまり面識がない。
私が賢者になったころにはもうヴェルト殿下は留学していたので、実際にあったのはこの前が初めてだった。
「せめてヴェルト様....で、これ以上は譲歩できません....」
「ならいいよ。よろしく、レナ。さて、役者もそろったしそろそろ会議に行こうか」
「本日の会議内容は国政に関してのはずでしたけど、私役にたてませんが....」
「安心するといいレナ。俺達護衛は後ろで聞いてるだけ。実際に会議をするのは大臣やら貴族達だからな。最悪、分からない箇所があれば教えるよ」
なるほど。護衛といっても、意見しろというわけではないのか。
後ろにいて黙って見ているだけなら楽そうですね。その間に戻った時にやる仕事の内容でも整理しておきましょう。
そんなことを考えながら、殿下の後ろをグレン様と並んで歩くのだった。
***
「~であるからして、今期の魔獣討伐状況は~」
「~なのです。そのため、今後さらなる開拓のために農業制度の変更を~」
「~よりこのような要望が来ております。冒険者たちの協力を仰ぐためにも、教会とのつながりはより強固に~」
「~となりそうです。今年の国家予算の残額から察するに地方貴族の徴収税が~」
(........眠い)
なんと暇なのだろう。後ろで立っているだけとは言われたが、興味のない話を延々と聞かされても困る。
勿論、最低限の情報は得ている。これでも一応公爵家の養女ですし、社交界にも出入りする身。令嬢同士の情報戦にはうんざりするほど付き合ってきたので、ある程度までなら理解できる。
しかし、これほど重鎮たちの集まる会議の内容など理解できないししたくもない。半分以上は何を言っているのかちんぷんかんぷんだ。
興味ない話程聞いていて無駄な物はない。そう自暴自棄に考えるように思考がシフトしてしまえば、後は眠りの世界へゴー・トゥ・ヘブンだ。
だが殿下の護衛という名目で来ている手前寝てしまえば殿下の責任になりかねないし、国のお偉いさんが集まったこの場で寝るなんて失礼極まりないことはできない。
(何か別の事考えよ....この前の続き続き....)
頭に浮かぶのは魔法術式。前に開いた時間に考えた複合術式の続きを、このタイミングで考え出した。
私が賢者と呼ばれる所以の一つに“新規術式の解明”がある。
これはつまり、本来であれば魔法1つ1つにあるはずの術式の文字列を分解し、紋章学や魔導理論、刻印式や媒体発明などの技術や知識を駆使して再構築するもの。
この時、別の魔法術式を分解して混ぜ合わせることを“複合”といい、その結果生み出されたのが“複合術式”である。
また、魔法は階位が上がるごとに術式も難解になっていく。この世で第3階位の魔法を複合させたのは私が初だったりする。
(え~っと....水属性の基本刻印式が3・7・4節で....紋章は雫、理論上だと雷か炎しか合わせられないんだけど、第2階位魔法の水槍撃なら3・7・6節で凝結効果が発生するから....あ、でもそうすると媒体をアクアマリンからアイスクリスタルに変えないと成り立たない....)
自分でも気づかない内にぶつぶつと言葉を発してしまっていらしい。集中しすぎると周りが見えなくなるのは悪い癖だと昔から思う。
隣にいたグレン様が肩を揺らしてくれるまで、私は自分に注目されていることに気づかなかった。
「レナ、レナ!大丈夫か?」
「はっ!?え、あ、はい。少し考え事を....って、なんで皆さん見てるんです?」
「レナが集中して考え事をしてたからだね。ちょうどいい、賢者殿の意見も聞いてみよう」
「えっ?!はい?!」
殿下の顔には笑みが張り付いており、それは“思う存分からかってやろう”という感情をすぐに察した。
この殿下、思ったよりも腹黒いかもしれない。
だが策にハマったのは事実。こういうのはハマった方が悪いのだ。
「賢者殿は、先日の魔獣侵攻についてどう思う?」
いつの間にやら魔獣侵攻の話になっていたらしい。
一応私も殲滅を行った当事者なのだから、ある程度の予測くらいは話せるだろう。
「私はーーー」
そう言いかけた瞬間、私は殿下の手首をガッと掴んだ。
突然の行動に驚く重鎮やグレン様。何をやってるんだという非難の目が刺さるが、今はそんなこと気にいている場合ではない。
すると、その場にいた大臣の1人が喚き散らした。
「賢者ともあろう者が殿下に何をしておる!!身の程をわきまえよ!!」
「所詮小娘か....賢者などという称号は、いささか似合わぬものではないか?」
「さっさとその手を放したらどうだい?“自称”賢者殿?」
一部の大臣たちからも良く思われていないのは知っていたが、ここまで露骨に言われるとさすがに心にくる。
だけど、泣いている場合じゃない。泣いちゃいけない。今はそれどころではないのだから。
「静まれ。して、レナ。この手は一体どういうことかな?」
殿下が場を沈め、手首をつかむ私を見る。
だが、その瞳には多少の困惑はあったものの信頼の感情が映っていた。
(ああ、この人は私を信頼してくれているのか....なら、その信頼に応えないといけないですね。護衛として)
私は息を吸い、この場にいる全員に聞こえるようにはっきりと言った。
「殿下の飲もうとしてたこの紅茶....毒が入ってます」