第7話 白猫賢者と第一王子
今日は暑い。照り付ける日差しのなんと眩いことか。
湿気は多くない。だがからからと乾いた空気が肺に入るたびのどが渇いて仕方なくなる。
「うぅ....暑い....」
業務としては多くないのだが、こうも暑いと何もする気が失せてしまう。
だが、私の執務室はまだ涼しい方だ。氷属性の魔力を込めることで動く魔道具が、私の部屋を涼しくしてくれている。
その分、何か用事があって外に出るときはとても歩く気が失せるし、逆に私の執務室に訪れた方々は外に出たくなくなるのだ。
「あ、エリシア。雷属性魔法のレベル別帯電に関する魔導書あります?」
「そうですね....探した感じは見当たりませんが、取って来ましょうか?」
こんな日でもなおエリシアは涼しい顔をしている。魔法の熟練度も一級品だし、次期賢者は私ではなくエリシアにするべきだったのでは?とも考えてしまう。
まぁ今更ですし、それとなくエリシアに聞いたことがあるのですが....
『私は賢者なんて柄ではないですよ。裏方でこそこそ動く方が性に合っているので側付きで十分です』
と言われてしまった。
「ううん。気分転換に私が行ってくるから大丈夫です」
そう言って私は立ち上がる。
向かう先は図書館だ。王宮内にある大規模図書館。普段は研究員たちの資料集めの場となっているので、その研究員たちからあまりいい目で見られていない私は普段は近づかない。
だが、この日は暑さで思考が鈍っていたのかわからないが、なんとなく私が行くべきだと思った。ただそれだけ。
エリシアとシエンナが「「いってらっしゃいませ」」と腰を折り、私はそのまま執務室を出たのだった。
***
王宮内の大図書館は、実はそこまで広さがない。というのも、ここにあるのは研究員用の魔導書や記録書、王国の歴史書などが多い。絵本や童話などは最低限しかないし、他の小説やらは実費で買った人が寄贈したものばかりだ。
城下町にも図書館は存在し、そちらの方が本の数も多く万人向けの場所だ。
執務室から数分もかからず着いた扉を開け、中に入る。
広がるインクと紙の匂い。大量の本で囲まれた空間が、私の目に飛び込んでくる。
既にちらほらと人がいて、本を読んだり、資料を漁ったりと様々。中には魔法研究員の姿もあり、私を見るや否や不快感抜群のオーラを飛ばしてきた。
(魔力の総量で言えば私の方が上なので、大した威圧にはなってないですけど)
そんな研究員を無視して私は魔導書の並ぶ本棚に向かう。そこまで広くないとは言っても一人で探し物をするのにはオーバーなほど量が多い。目の前に立ち並ぶ本棚から目的の本を数冊取り出して一番近くの机に向かった。
(この感じ....また何か企んでるんでしょうか?)
こちらの様子を伺いながら、こそこそと何かを話す声が聞こえる。
独り言レベルの小さな声だが、そこまで距離が離れていないことと、ここが図書館という静かな場所だったため明確に聞き取れた。
(『私が本を返しに行った時にわざとぶつかって本を落とさせる』....なんてくだらない。子供でもそんなつまらない嫌がらせはしませんよ)
まぁ避ける方法ならいくらでもあるし、そんな気にすることでもないか。
そんなことを思っていると、いつの間にやら目の前に誰かがいることに気づく。
なんだ、嫌がらせをするのに我慢できず直接来やがったのかと顔を上げると、そこには見ず知らずのイケメンがいた。
イケメン....というより“顔がいい”の方が正解だろうか?少しくせ毛の金髪、煌めく翡翠の瞳、目・鼻・口に至るまで、全てがそこにあることがさも当然のように綺麗な顔を形作っていた。
(誰....?あれ、でも似たような人をどこかで....?)
「君、嫌がらせされそうだけど大丈夫?」
物事の核心を突く剛速球。しかも相手側にわざと聞こえるほどの音量で喋っている。そんな事すれば、司書さんに怒られるのは確定なのに....
だが、司書は来なかった。むしろ我関せずを保って仕事をしている。
「君たち、レディに対してそんなくだらないことはやめよね。僕の権限で解雇してもいいけど?」
「わ、私どもは何も....」
「そうだね。“まだ”何もしてない。でも、そのまま放っておけば君たちは彼女を傷つけるだけじゃなくて本も傷つけるところだった。
危なかったね。魔導書が暴発して被害がでたら頭と胴体がお別れしてたかも」
洒落にならないですよ!?
だがまぁ、本一冊に魔力が込められているから『魔導書』なのだ。下手な扱い方をすれば暴発し、それが伝播してとんでもない災害になることだってあり得る。
「それに、君たちが彼女に対して何を思っているのかは知らないけど、レディを貶めるような行動は王宮勤めの研究員にしては目に余るね」
「も、申し訳ありませんでした!!」
「もう二度と行いませんので、お許しください!!殿下!!」
「....殿下....?っ!!殿下?!」
驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった。
そう、目の前にいるこの青年こそ、私がまだ会ったことのない人物。この国の第一王子ヴェルト・アルシアだった。
「やぁ。初めましてだね“白の賢者”レナ殿」
「は、はい!ご挨拶が遅れて申し訳ありません!今代の賢者を賜りました、レナ・ヴァールデウスと申します。以後、お見知りおきを」
「堅苦しい挨拶はいらないよ。3つしか歳が違わないんだ。友人に接する感じで頼むよ」
そうフランクに言ってのけるヴェルト殿下。だが、王族相手にそんなことできるはずがない。
「いえ、殿下の前で友人のようになど....恐れ多いです」
「ふぅむ、僕は君と友達になりたいだけなんだけどね....ならよし、僕のことは“ヴェルト”と呼ぶようにこれは命令だよ?」
なんという理不尽。王族からの命令なら断るわけにはいかないが、実際に『王族と友人』などと語るのは不敬になりかねない。
「グレンから君のことを聞いてね。彼がお熱になっている娘がどんな子なのか見に来たんだ」
グレン様がお熱....?そんなにかかわりはなかった気がしますけど。
実際、グレン様とエリシアが密談をしていたあの日以降、グレン様が執務室を訪れたことはない。
黒騎士も忙しいのだ。そう簡単にほいほい来られても困るし、なにより今まで関わりなどなかったのだ。最近になってできたよい友人位に思っている。
「うん、うん....君はとてもいい人だね」
「どうしてそう思ったのですか?」
「僕は王族だからね。人の目を見ればなんとなくその人の本性がわかる。君はとてもいい人だ。ただ、少し自己犠牲が過ぎるようだけどね」
余計な一言だとは思ったが、事実合っている。エリシアにも、師匠にも同じことを言われたことがある。
「おっとごめんね。傷つけるつもりじゃなかったんだけど」
「いえ、大丈夫です。よく言われますからところで、グレン様とはどういったご関係で?」
「共に剣聖アステアに教わった兄妹弟子かな。僕にとっては唯一無二の親友だよ」
なるほど、そういう繋がりですか。殿下には2人弟がいたはずですが、幼少期から共に修行して育ったグレン様は親友でありライバルであり兄弟でもある....といったところでしょうか。
その時、遠くから殿下を呼ぶ声が聞こえる。その声にびくりと肩を震わせたヴェルト殿下は、立ち上がってそそくさと図書館の出入り口へと向かった。
「じゃ、僕は行くよ。うるさいお付きに見つからない内にね」
「はい。行ってらっしゃいませ、殿下」
「ダメだよ、レナちゃん。僕たちは友人になったんだ。堅苦しいのはなし。ヴェルトって呼んで。大丈夫、誰も不敬罪になんてしないからさ」
いつの間に友人になったんだ....と思っていると。気づけば殿下は図書館からいなくなっていた。
嵐が過ぎ去ったかのような展開に少し疲れたが、資料集めを再開しなくてはと再び本に目を落とす。
後ろで、顔を青ざめさせた研究員2人が小動物のようにプルプルと震えているのだった。