第5話 白猫賢者とおつかい
「どうぞ、紅茶です」
「ああ。ありがとう」
シエンナに差し出された紅茶をすするグレン様。
私もそれを見ながら同じく紅茶をすすった。
今は私の執務室で団らん中だ。お昼過ぎ頃、エリシアの提案でティータイムにしようとしていたタイミングで訪問者が来たのだ。それがグレン様。
話を聞くと、『今日は訓練は終わった。レナの顔が見たくなったから』とまるで惚気のような理由で来たらしい。
エリシアが追い返そうとしたが、先日のパーティの一件を話した結果渋々受け入れてくれた。
「はぁ....グレン様、レナ様は執務でお忙しいのです。暇になったからと来られても困ります」
「エリシア、そんな言い方....」
「紅茶1杯貰ったら帰るよ。レナの顔が見たかっただけだから」
「わぁ!たらしです!女たらしがいますよ!!」
3人のやりとりに顔を赤く染めながらシエンナが言う。どうやら....というか私もそう聞こえたが、口説いてるように見えたらしい。
「まぁいいです。この際聞きたいこともあったので」
「聞きたいこと?エリシアとグレン様は初対面では?」
その質問に「ええ、初対面ですよ」と軽く答えるエリシア。
「ですが噂というものは往々にして周ってくるものなのですよ。話の前にシエンナ、おつかいに行ってくれますか?」
エリシアの言葉に不満そうに「えぇ~!!」と言葉をもらすシエンナ。どうやら、グレン様と私の関係性を聞きたいようだった。
「レナ様も同行をお願いできますか?シエンナ1人では不安なので」
「え、私も?」
「はい。メモはこれです。基本的に魔道具店で買えるものばかりですが、一部複数店回らないといけないものがあります。余ったお金はご自由に。レナ様は昨日のパーティ以降何も食べていないでしょう?」
そう言われると、不意にぐぅ~とお腹が鳴った。グレン様の手前恥ずかしかったが、エリシアの言う通り昨日以降何も食べていないことを思い出す。
「でも、お客様を残して主人がいなくなるのは....」
「大丈夫だ。さっきも言った通り、俺はレナの顔を見に来ただけ。紅茶を1杯貰ったらお暇するよ」
「そういうことですから、私が対応いたします。レナ様、シエンナことをお願いします」
そう言ってぺこりと会釈するエリシア。「なんで私がお世話される側何ですか~?!」と不満そうなシエンナを連れて、私達は部屋を出た。
衛兵に事情を説明して外出許可をもらい、街に繰り出す。私の実家も王都にあるので街に出るのが珍しいわけではないのだが、買い物など最後にしたのはいつだろう?そう考えるとワクワクした。
「エリシアさんとグレン様、何を話してるんでしょうね~?」
シエンナがのんびりと言う。その言葉には、『その場に私もいたかった』と遠回しに言っているのがすぐに分かった。
「さぁ?」
「なんでそんなに興味なさげなんですか?!気になりませんか?なりますよね?」
「気にはなりますけど、グレン様は紅茶1杯貰ったら帰ると言っていましたし....特に何もないんじゃ?」
「そんなわけないじゃないですかレナ様~!エリシアさんだけ残ると言ったのには、絶対何か秘密がありますって~!」
シエンナはどうやら『エリシアがグレン様と秘密の密会をしている』という状況がどうしても気になるらしい。
ここまで考えると、もはやシエンナはエリシアの事を信じているのか疑っているのかわからなくなってきた。
そうこう話しているうちにたどり着いた魔道具店に入る。ここで買うのは魔石がいくつかと魔力伝導率の高い紙だ。メモに書かれていた購入品の数は多くはない。
(この量なら割とすぐに帰れそうですね....エリシアは本当に相手役を買っただけだったんでしょうか?)
いけない、と自分でも思う。
エリシアは師匠の賢者だった時代からの付き人だ。私も幼い頃からお世話になったし、疑いすぎるのも良くはない。
たまにミステリアスな部分があるが、エリシアはとてもいい人だ。疑うなんて言語道断。
「どうします?執務室でちょめちょめしてたら」
「....何を言ってるんですか?シエンナ」
「いや....だってエリシアさんって年齢的にはもう結婚してて当然の歳じゃないですか?行き遅れたから年下の将来有望な男に手を出した....」
「エリシアに報告しますよ?」
「あ、あ、それだけはやめてくださいぃ!!!」
全く、創造力が豊かすぎますねと私は息をつく。
シエンナはまだ若い。私よりは年上だが、それでもまだ19歳だ。結婚適齢期真っただ中である。
対するエリシアは26歳。この国の結婚適齢期は平民・貴族問わずおおよそ18~22歳と言われている。貴族位以上の家の子供は大体16歳~18歳で婚約者が決められることが多い。
エリシアは実は貴族の娘なので、行き遅れていると言っても確かに過言ではない。
「まあでも、エリシアの実家はエリシアのお兄さんが継いだって話ですし、両親は黙らせたとも言っていたので大丈夫じゃないですか?」
「両親すら黙らせるとか....鬼だ。エリシアさんは鬼の生まれ変わりでは....」
「馬鹿なこと言ってないで魔石をください。お会計してきます」
シエンナの話に合わせるように対応しているが、私とて無関係の話ではない。
私も16歳になった。公爵家の養女であるため、縁談は山ほど来ているのを知っている。
今は賢者としての賢者としての仕事を理由に断り続けているが、いずれは私も身を固めることになるだろう。貰った縁談の中には、断り続けることができないものが混ざっているためそう時間はない。
そんなことを考えながら会計を済ませ、次の店に向かう。
訪れた薬屋で調合用の薬草やら鉱石やら調達し、これでお使い終了。王宮までは商店街を通る必要があるため、買い食いでもして帰ることを提案したらシエンナは喜んでくれた。
「おじさん、串焼き2本下さい」
「はいよ!....って、もしかして賢者様か?!」
「え?あ、はい。そうです。少し息抜きで」
「ほぇ~たまげたなぁ!噂には聞いていたが、別嬪さんじゃないか!この前の魔獣侵攻を止めたって話は聞いたよ!あの村には俺の息子がいたんだ!ありがとうよ!」
おじさんはニカッと笑って串焼きの入った袋を渡してきた。中には2本だけではなく、合計で10本以上の串焼きが入っている。焼きたてなのか、まだ肉汁がじゅわじゅわと音を立てている。
「あの、こんなに頼んでないんですが....」
「それはサービスだよ!いつも賢者様にはお世話になっているからね!お代も結構さ!」
「そうはいきません!私とて貴族の娘です!礼には礼で返します!」
「なら、その言葉はそっくりそのままお返しするよ。賢者様、あんたに助けられた人間は山ほどいる。『礼には礼で返す』って言うんなら、これは俺と助けられた息子からの礼だ。気にせず受け取ってくれればいい」
「ありがとう....ございます。ならせめて、お代は払わせてください!」
「お代を貰うのは気が引けるが、賢者様がそういうならこちらも受け取っておくとするよ!2本分のお代でいい!」
ここでぐだぐだとしていてら申し訳ないので、大人しく串焼き2本分のお代を払った。
「まいどあり!また来てな!」と笑いながら言う串焼き屋の大将に笑顔で会釈しながら、王宮に向けた道を歩く。
貴族の娘としてはとてもはしたないが、歩きながらかぶりついた串焼きは肉汁の甘みと黒胡椒の塩味がバランスよく、とても美味しかった。
***
「おかえりなさい、レナ様、シエンナ」
執務室に帰ると既にグレン様の姿はなく、エリシアが魔導書の整理をしているところだった。
部屋内は特に乱れた形跡はなく、流しに置かれたティーカップの数からしてやはり紅茶1杯飲んで帰ったらしい。
「エリシア、グレン様は?」
「お帰りになりました。また『その内来る』とレナ様に伝言を預かっております」
「どんな話をしたんですか?」
そう聞くと、エリシアは黙り込んでしまう。背中を向けていたのでどんな表情をしているかはわからなかったが、戸惑っているようにも感じる。
「特には。世間話が多かったですよ。後はレナ様の話を聞かれましたね」
「そうですか。....って、私の話ですか?!」
「私の前でも堂々と言ってのけましたよ。『俺はレナの事が好きだ。一目惚れした』って」
エリシアがうっすらと笑いながら言うその会話内容に、今度は私が動揺して赤面するのだった。