第4話 白猫賢者と黒騎士グレン
「覚えていてくれてよかった。君はあの後すぐに気を失っていたからな。体調はもう大丈夫なのか?」
「はい、もうすっかり。私が気を失った後、魔獣たちや村の方々はどうなりました?」
戦後処理の結果をまだ聞いていない。後々報告は来るだろうが、実際に現場にいた人物がいるのだから聞いておかなければと思った。
「村の人々は無事だ。被害はほとんど受けていない。魔獣たちは残らず殲滅、素材やらはギルドに依頼して冒険者たちに回収してもらった」
「大方予想通りですね....今回の魔獣侵攻の発生源は?」
「調査中だ。だが、侵攻元の北方方面を重点的に探している。途中、壊滅した村があったが生き残りはいないそうだ」
悲惨な話だ。だが、死んだ人間に対して私がやれることは祈ることのみ。助けられなかった命があることに悔しさすら感じる。
「悔やむな....とは言わないが、責任は感じるな。今回の侵攻は唐突すぎた。誰も気づけなかったんだ」
「そうですね....また折を見て教会にでも行ってきます」
少しブルーな気分になりながらもシャンパンを飲む。
「そういえば、さっきため息をついていたが。どうかしたのか?」
「....いえ、ただ....」
言うべきか、とても迷った。
賢者として、この国の魔導士のトップである以上弱音など吐けない。ましてやその理由がこんな先代と比べてのコンプレックスともなれば、笑われてしまうでしょう。
でも、この人はなんだか安心する。アルコールで判断が鈍っているのか、口が軽くなったように自然と私は理由を口に出していた。
「....笑いますか?賢者ともあろう者が、こんなことで悩んでて....」
「いや、笑わないよ。“賢者”といえども、年頃の女の子なんだなって感じただけだ。
噂では『何事にも笑わず、粛々と魔法で断罪する処刑人』なんて噂があるくらいだ。人間味が薄いのかと思っていたが....噂は当てにならないな。君は普通の女の子だよ」
「ふふっ。褒めてます?貶してます?
でも、ありがとうございます。誰にも打ち明けられない胸の内をさらけ出して、少しすっきりしました」
ふにゃりと笑う。お酒が入っているからだろう。いつもより表情筋も緩い。
月明かりに照らされていたグレン様の顔が、少し赤くなっているのがわかる。酔っているのでしょうか?
「酒の席だ。俺の愚痴も聞いてくれるか?」
「あら、意外です。『蛮勇狂歌、笑いながら敵を屠る漆黒の死神』と噂の方でも、悩みの1つや2つはあるんですね?」
「フッ、やり返されたな。だが、俺だって人間だ。愚痴の1つくらいこぼすさ」
「いいですよ。聞いてあげます」
ぽつりぽつりと彼の口から語られたのは過去だった。
平民として生まれ、高い戦闘能力を見込まれたこと。
騎士の入団試験にて、騎士団長でもある“剣聖”アステア様に見込まれ、直々に指導を受けたこと。
黒騎士に任命され、その中でトップにまで上り詰めたこと。
....そして、貴族出身の騎士に疎まれていることなどを語った。
同じだ。環境こそ違えど、抱えている悩みは同じだと思った。
“孤児”と“平民”、“賢者”と“剣聖”、“魔導士”と“黒騎士”....違う場所、違う環境でこんなにも似た悩みを抱える人物がいたとは、ある意味驚きです。
「....というわけなんだ。どうだ?笑うか?」
「笑うはずないじゃないですか....その気持ち、すごくよくわかります。似た者同士なんですね、私達」
その言葉が嬉しかったのか、グレン様の口元に微笑みが現れた。
「ああ、そうだな。俺たちはどうやら似た者同士らしい」
「改めて、“白の賢者”レナ・ヴァールデウスです」
「“黒騎士”グレン・ホーリヴァルトだ。よろしく、レナ」
再びお互いのグラスを当て、シャンパンを流し込む。月明かりの影響だろうか?普段より酔いが早い気がする。
グレン様と他愛ない話をし、1時間が経過したころだった。グレン様が何やら口を開いては閉じるようになった。
「グレン様、どうかしましたか?」
酔いのせいで頭が軽く、あざとい角度に首を曲げてしまった。
グレン様の瞳にどう映っているかはわからないが、私を少し見つめたグレン様はテラスに寄りかかり、頭を下げる。
そして自然と、挨拶でもするかのようにさらりととんでもないことを言ってのけた。
「レナ、やっぱり俺は君のことが好きかもしれない」
「は....はいっ?!」
思考....フリーズ。
身体....フリーズ。
言語....フリーズ。
理解するのに時間がかかった。多分だが、今私の顔は真っ赤なのだろう。
グレン様は確かに境遇も似ていて、話も合う。似たような立場もあって、気の合う友人になれるかもとは思っていたが....
「すみません、少しフリーズしてました」
「いや、無理もない。俺だってこんな事君の立場で言われたらそうなる」
「そう言ってもらえるのはシンプルに嬉しいですが....ごめんなさい。私にはまだ、やらなければいけないことがあるんです」
「やらなければいけないこと?」
これは私の勝手なエゴだ。賢者としての責務ではなく、私が勝手に行っていることなのだから言っていいのかと迷う。
だが、こんなにも正面から私の事を見てくれているのだ。信用しないのはフェアじゃない。
「私、師匠を探してるんです。知ってますよね?先代賢者セレナ....私の魔法の先生にして、義姉です」
「ああ。この国で彼女を知らない人はいないだろう」
ある日、師匠は消えた。
15年前に魔王と呼ばれる存在が討伐されてから、魔族はこの世界から消えた。
それまで長らく続いた人類vs魔族の争いは終わり、この世界を人類が勝ち取ったのだ。
だが、度々起こる災害に乗じて再びこの世界に魔界が現れることがある。前回の魔界化は規模が大きく、この国に被害は少なかったものの人界総出で対処してようやく押し返せたのだ。
そしてその魔界化が起こったのが2年前。私も後方で魔導士見習いとして参加していた。
そして....
「魔界が撤退するきっかけを作ったのは師匠でした。その後、魔界の残骸の調査を行っているうちに師匠は消えました。当時そこにいた人物はおらず、師匠はその日を境に姿を消したんです」
「それで消えたセレナ様を探している....と」
「はい。師匠がなぜ消えたのか、なぜ後釜に私を指名したのか....聞きたいことは沢山ありますが、何よりも師匠を待っている方々がいます。
エリシアも、お義父様もお義母様も....師匠を心配し、待っている方々がたくさんいるのです」
これは私の勝手にやっていることだが、賢者となってから権力を駆使して様々な場所に行って手掛かりを探した。
だが有力な情報は見つからず、現在でも足取りはつかめていない。
「私のわがままで断っているのは重々理解しています。ですが、私は師匠を見つけるまで止まるわけにはいかないんです」
「大丈夫だ。君の目的を妨げるようなことはしたくない。
....なら、その人探しを、俺にも手伝わせてくれ」
「いいですけど....グレン様には何の関係もない話ですよ?もしかしたら何十年もかかる可能性だって....」
「それでも構わない。君が希望を持って進もうというのなら、傍でその希望を守る騎士が必要だろう?」
どうしてそこまで手伝ってくれるのか?とは思ったが、手伝ってくれるのなら断る理由はない。
それに、人界各地に広く遠征している黒騎士なら情報収集も容易いだろう。
「わかりました。ではグレン様、改めてよろしくお願いいたします」
「ああ。よろしく、レナ」
差し出した右手にグレン様の右手が触れる。
男の人の硬い手を握りながら、私達は協力関係を始めたのだった。