第2話 白の賢者と魔獣の襲撃
王国から離れたとある村、その近辺を上空から見下ろす影が2つ。
村に向かって進行中の魔獣達を睨みながら、村の様子を確認する。
「レナ様、魔獣達はいかがでしょうか?」
「エリシア。今の所は問題なしです。村の守りはどうでしたか?」
飛空魔法で近づいてきたエリシアに問返す。
今私達が直面してる問題は“魔獣侵攻”。ときたま発生する魔獣達の侵攻だが、今回の規模はそこまで大きくはない。
だからこそ、賢者1人に殲滅が任されているのだ。
「はい。村の衛兵と王国騎士達が守りを固めています。それと王室から一応黒騎士を派遣すると来ていますが」
「黒騎士....?私で事足りるから依頼が来たんじゃ....」
「そうだとは思いますが、ここ最近魔獣の動き方が派手なので一応派遣されたのでは?
それに、魔法耐性の高い魔獣がいた場合レナ様では対処ができませんから」
取り敢えず『今代の賢者は未熟で不安だから、一応黒騎士も派遣しとくわ』みたいな理由じゃなくて良かったと安堵する。
こういう考えになってしまうのは悪い癖です。
「村に接触するまであと5時間といったところでしょうか。
数も多いですし、さっさと始めちゃいましょう」
右手を天にかざし、魔法を発動する。現れた無数の光の剣が、螺旋を描く様に周囲を飛翔した。
光の剣が並び、眼下の魔獣達を睨んだ瞬間にピタリと止まる。
「殲滅せよ、ライトニング・セイバーッ!!!!」
雄叫びと共に手を振り下ろす。それを合図に、光の剣が地上に降り注いだ。スピードが落ちることはなく、ただ真っすぐに群れの魔獣達を貫いていく。その光景は、まさしく“蹂躙”であった。
「おみごとです。第3階級魔法を無詠唱であっさりと」
「これくらいなら、まぁ....ん?」
その時、群れを外れて進行してる魔獣の群を見つける。先ほどまでの狼のような獣とは違い、人のような謎の魔獣が村に向かって進行していた。
「何でしょう?あれ」
「何でしょうね....?獣とは言い難いですし、人にしては禍々しい。まさか魔族....?」
「魔族?!魔族は20年前の戦争で消えたはず....」
「確定ではないです。しかも、魔族はもっと我々人間に近かったと記憶しています。レナ様、いかがいたしますか?」
いかがいたすも何も....魔獣が進行中なのだから止めるほかないだろう。
だが、何か嫌な予感がする。パッと見で何となく感じた魔力の痕跡は、あの魔獣が普通の獣とは違う存在であると示している。
「エリシア。サポートをお願いできます?」
「承知いたしました。二重強化:『金剛性』『超斬撃』」
エリシアの魔法が私にかかり、肉体が強化される。私は自強化系統の魔法が苦手です。なのでこういう攻撃方法しか取れない場合、エリシアに強化魔法をかけてもらうのがいつもの流れだ。
「では、行ってきます」
「はい。黒騎士が到達しましたら向かわせますので、御武運を」
コクンと頷き、私は人型魔獣の進行する先に降り立つ。空間魔法“魔法収納”から取り出したミスリルを用いた銀色の細剣を取り出し、構えた。
王からの賜りものであるこの細剣は強力だが、私は肉対戦は大の苦手。だからたまーにこうした戦闘でのみ使用する。
「強化魔法への肉体適正が低いのが悲しいですね....最低限は使えますけど“肉体強化”」
全身を魔力が包み込む。筋肉や血液に魔力が入り、自身が強化されるのを感じる。
人型魔獣達を睨み、レイピアを構えた私は人型魔獣に突っ込んだ。
「展開、ライト・オブ・セイバー!」
自身のレイピアのみならず、光剣を複数本追加で召喚して攻撃する。禍々しい形をした人型魔獣はやはり魔法耐性が高く、戦闘の隙を見ていくつか魔法を撃ってみたが、やはりダメージは無いようだった。
その点、物理攻撃は通るようでレイピアと光剣による斬撃は魔獣達を斬り裂いて行った。
「フッ!!」
斬って斬って、斬りまくる。そこそこ体力は付けていたつもりだったが、さすがに辛い。
(魔法耐性が高い敵は苦手です....わっ!危ない!)
間一髪で避けた魔獣を空中から光剣で斬り裂く。獣型の魔獣に比べると総数は多くない。だが、実際問題その人数差は圧倒的で、既に1人で50体近く相手にしている。
追加で何体斬り裂いても、湧いてくる人型魔獣を止めることは出来ない。
黒騎士の到達は....と考えた瞬間、
「?!なっ....!!」
ぐらりと、体が揺れた。そのままがくりと膝をつく。左の脇腹み強烈な痛みが走り、その部分が熱くなっていくのを感じる。
今目の前を奔って行った光の線....あれは魔法だ。
(第2階級魔法....ライトニング・レーザー....なんで、私に?)
明らかに今の斜線は私を狙って撃ったものだ。でも、何故....?
「ぐっ....!!あっ!!」
横から蹴られて吹き飛び、地面の上をゴロゴロと転がる。
蹴ったのは人型魔獣であるのはすぐに分かったし、手に着いたブレードで背中を斬られる。
何とかシールドは出したおかげで深くはなかったが、それでも致命傷になりかねないダメージだ。
「くっ....うわぁぁぁああ!!」
空間魔法:『衝撃』で周囲の人型魔獣を吹き飛ばす。
血が止まらない。痛みが取れない。でも戦わなければ村に危険が及ぶ。
「戦わないわけにはいきません....師匠がいない今、私が国を守る!」
光剣を再度展開し、再び戦おうと構える。
その時、ふっと黒い影が上空を横切った。
その瞬間、周囲から聞こえてきたのは人型魔獣の悲鳴。一瞬のうちに周囲にあった魔獣の影が消え、代わりに側に降り立った人物に手を差し伸べられる。
「大丈夫ですか?」
その人物は黒ベースの騎士衣装に身を包んだメガネの男。見たことこそないが、その甲冑姿は噂に聞く見た目そのものだった。
「黒....騎士....?!」
「白の賢者 レナ様ですね。エリシア様より救援要請がありましたのでお助けに参りました。隊長!!目標を保護しました!」
メガネの男が呼びかけた先にいたのは“隊長”と呼ばれた人物。それはつまり、この黒騎士たちのリーダーということだろう。
紺ベースの黒髪に深い青の瞳、凛々しい顔立ちは他を寄せ付けない眼光を放ち、素早く指示を出して魔獣を殲滅していく。
「聞いたな!目標を保護、大半は賢者が殲滅してくれた!残りは俺達の仕事だ!行く....ぞ....」
その掛け声が段々と弱まっていくのを不思議に思い、その人物を見た。黒騎士の隊長は私の方をじっと見つめ、硬直している。
(....?私を見てます?)
だがすぐに理性を取り戻したようで、
「お前ら、行くぞ!!!!」
と強く掛け声を上げ、次々と魔獣たちを殲滅していった。
地に落ちていく魔獣達。私も、自分に回復をかけて何とか動けるようにまでは回復した。
メガネの騎士に肩を貸してもらいつつ、立ち上がった私は魔力を練る。
「何を....?まだケガが....」
「任せきりにするわけにはいきません。せめてサポートだけでもします“範囲強化”」
視界範囲内の、“味方”と認識した人物にのみかけられる強化魔法。強化魔法は苦手項目だが、あくまでも“自分にかけるのが不得意”なだけで他人に対してかけるのは訳が違う。
唐突に強化された騎士たちは何が何だか戸惑う姿を見せたが、すぐに順応して再び戦場へと戻って行った。
(これで....大丈夫....)
身体的疲労からぐらりと体が傾き、眼鏡の騎士に支えてもらう。
体幹30分くらいの戦闘だったが、実際にはその3分の1ほどで終わったらしい。剣を振り、滴る血を落として騎士たちが剣を鞘にしまう。
黒髪の青年、『隊長』と呼ばれた男が近づいてきた。
「大丈夫か?怪我は?」
「大丈夫、です....自分で動けます」
差し伸べられた手を取らず歩き出すと、すぐにふらりと体が揺れた。
足で踏ん張ることもままならず倒れそうになり、咄嗟に駆け付けた黒髪の青年が私の体を支える。
「無理はするな。ここまで頑張ってくれただろう?今は俺たちに任せてくれていい」
「....ありがとう、ございます....この御恩は必ず返します」
そう言うとなぜか赤面して黙り込む青年。何かおかしなことでも言っただろうか?
「俺たちは自分の責務を全うしたまでだ。気にしなくていい」
その言葉に安心すると、私の意識が遠のいていく。
魔力切れの弊害か、団々と眠くなってきた。
心配そうに声をかけてくれる隊長の人の声を聞きながら、私の意識は深い眠りに誘われていく。
私は、今後のこの日の事を一生忘れないでしょう。