ただの愚痴です。気にしないで。
私が、小説書くときに気を付けてることがあるんです。
それは、「他人の価値観を侮辱しないこと」
完全に守られてるとは言いませんが、それでも出来るだけしないように気を付けてます。
たとえフィクションでもさ。そうゆうのはさ……やっばさ。
で、私の経験談なんですけど、
昔の話です。そーですね、三年ほど前の話。
詳しい内容は言えませんが、私は自分でも言うのもなんですが、珍しい価値観の持ち主です。
で、その事を某所にてコメントしたのです。
別に誰も傷つくようなことじゃないです。
なのですが、
その、私の価値観に関して、
フィクションという形で、
くそみそに叩かれ、侮辱されたんですよ。
読んで泣きました。どうしてここまで貶められなきゃいかんのかとね。
ちなみに、私と同じ価値観の持ち主は、日本で八パーセントしかいないそうで、
殆どの人は、私の考えとは真逆であると。
だから余計に異質に見えたのかも知れませんが。それでもね。
感想欄で、抗議しようかと思いましたが
それやると誹謗中傷ととらえられ、通報されるかも知れない。
結果、
一方的に泣き寝入りとなりました。
それからってんじゃないんですが
気を付けるようになりました。
私も無意識に、同じことをやってるかも知れないからと。
フィクションとは言え、読んだ人が不愉快になるようなことはないだろうかってね。
でもそんなこと考えて書いていたらきりがない。と自分でも思ってんですけどね。
だって、自分の言いたいことを物語を通して、不特定多数に打ん投げてるのが小説ですからね。
世の中にはいろんな立場の人がいますから、
どんなに気を付けていても、
それは不可能なのかも知れないなあと思う今日この頃なのです。
そんなこと考えたら、自由にもの書けないもんな……うん。
私は傷ついたけど、
それでも傷つけているかもしれない。
みながそう思うことが、大事なんだと思いますよ。
それを日本語で
お互いさまと言うんじゃないのかねって思いますけどね
書く側の人らに言いたいんだけど、
フィクションだから何書いても受け入れられて当然と思うてる?
いろんなところのコメント見てると、どうもそう思うてる感あるよね。全部がそんな人ばかりじゃないけど。
あのなあ。
貴方が自由に書きたいことを書けるのは、
貴方が世間に向けてほうりなげた小説という自己主張を
貴方が知らない大多数の人が
黙って飲んでくれてるおかげですよ。
何で黙って飲んでくれてるか
それはさっきも言ったけど
「傷つくも傷つけられるもお互いさま」という価値観が
まだ日本に残ってるからです。
なあ。
考えたことあるか?
この大多数の人らが黙らなくなったらどうなるかって話よ。