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【新作落語】昼休みには蕎麦を食う

作者: 志渡ダイゴ

 昼休みとは楽園だ。サラリーマンである俺が仕事の事を考えなくて済む至福の時。しかしその時間は一時間しか用意されていない。そのため世のサラリーマンはできるだけ早く昼食を済ませて自由時間を増やそうとする。早食いは胃に負担がかかるから健康に良くないという人もいるが、これだけは胃に負担がかからず美味しく食べられるんだな。それこそが蕎麦。喉ゴシが良くツルツルと吸い上げて食べられる蕎麦こそ世のサラリーマンの味方なのだ。


 俺は昼休みに駅の近くを散歩していると一軒の小さな蕎麦屋を見つけた。店前の看板には『()()()()()()()()』と書いてある。確かに清潔感のある外観で建てられたばかりのようだ。中を少し覗くとお客は一人もいない。隠れた名店という感じの風貌だ。これは良さそうだなと興味本位で店の暖簾(のれん)を潜った。


「はい、いらっしゃいませー」


 軽く五十歳は越えてそうな白髪交じりのじいさんが気前よく迎えてくれた。一先ず俺は厨房の目の前のカウンター席に座った。


「店長さん、お薦めは何ですか?」


「お薦めはな、かけ蕎麦だ。余計な物入れないかけ蕎麦が一番美味いんだよ」


「天ぷらとか無いんですか?」


「あんな物いらねえだろ。何でサクサクの衣を汁に浸けて不味くする必要があるんだ。天ぷら蕎麦を食うやつはセンスが無えよ」


「そうですか…… 。それじゃあかけ蕎麦を一杯」


「はいよー」


 店長はまな板の上に置かれた生麺を釜のお湯にぶち込んだ。少しばかり蕎麦粉のいい香りがして食欲をそそる。ただ俺は店長に納得がいっていない。


 この店長、本当に蕎麦を分かっているのだろうか? 天ぷら蕎麦はあのベチャベチャになった衣が美味いだろ。サクサク感が無くなるなんて知った上で食っているだ。出汁を吸った衣の良さに気付いていないあんたがセンス無えんだよ。バカじゃねえのかこいつ。


 出来上がるまで暇だったのでスマホでこのお店の評判を調べた。どうやらこの店は別の人がやっていたのを引き継いでいるらしい。前の店長さんの評判は良好。あとはこの店長さんの腕がどれほどのものかだ。


「はい、かけ蕎麦お待ちィ」


「どうもー」


 白いどんぶりに注がれたたっぷりの汁が実に美味そうだ。トッピングはシンプルにネギのみ。天ぷら無しというのも意外と悪くはないのかもしれない。


「いただきます」


 割り箸を割って麺を口に入れた。ズルルルゥゥと啜る音が店内に響くが、俺は食って思わず絶句した。


「店長、この麺洗ったのか? ヌメリだらけで口当たりが悪すぎる。汁もあんまり出汁が出ていないしよー」


口に入れた分は水で何とか流し込んだが、店長は申し訳なさを一切出さなかった。


「あんた、お客でしょ」


「それがどうした」


「店員じゃないでしょ?」


「当たり前だろ」


「いやー、レシピをうっかり忘れてしまってね。思い出そうとしたんだけど思い出せないんだ」


「何だよ、思い出そうとしたって。覚えておけよ」


「店の前の看板にも書いたじゃん。『かいそうしました』って。レシピを回想したけど思い出せなかったんだよ」


「あの看板ってそういう意味だったの?てっきり店を改装したのかと」


「いやー、それでさ。蕎麦の作り方、教えてくれない?」


「はあぁ?」


 あまりの変な言い分に呆れてものが言えなくなった。良さそうな店構えをしておいて実際は真逆だった。不味すぎるあまり蕎麦も食いたくなくなった。


「店長さん、もう帰るよ。勘定を頼む」


 良さそうな外観の割にとんだ期待外れの店で落胆するしかない。仕方がないから俺は勘定を済ませるとすぐに店を立ち去った。二度とこの店には来ないだろう。俺は暖簾の前で「はあぁぁぁぁあ」と大きくため息をつく。


 今日の昼休みは本当に最悪だった。


 あの店長にまんまと()()()()()()()


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