決着/盟友
大口叩いたものの、現状の打開策を思いつくかと聞かれれば『NO』と答えるのが正解だ。
では、なんでそんなことを呟いたのか、冷静に分析することができる今の状態が理由の一つだろう。
人の感情が数値化できる今なら、専用の機械を繋いで調べたらきっと私の楽の感情は行くところまでいってしまうはずだ。
私は今、間違いなく、このゲームを『楽しんでいた』
そのおかげで脳内にアドレナリンやら何やらがひたすらに分泌されている。
本来、設定で消していないから少しは感じるはずの痛みは完全にシャットアウトされていて、時間がどこまでもゆっくりと流れていくような不思議な感覚が身体を支配している。
強力な敵との戦闘、手札は限られていて、一つでも何かを間違えてしまえば確実に死ぬことが予想される一進一退の攻防。
楽しくないわけがない……!
口角が自然と吊り上がる。
足のつま先から頭のてっぺんまで、身体の状態が手に取るようにわかる。
まるでマウスとキーボードで体を動かしているような気分だ。
オオカミがゆっくりとこちらへ向かってくる。
いや、ゆっくりに感じるだけなのだろう。
事故を起こす寸前のような、生き残るための極度の集中状態であることがよくわかる。
振り上げられる前足を、バックステップをすることで回避する。
「フレア」
紅く光る目に、杖先を向け、フレアの魔法を発動する。
この世界はリアルだ。オオカミもまたこの世界で生きている。
目を攻撃されてひるまない生物など……、いや、最初の一撃は顔に当てたけど普通に平気そうにしてたな。
そんな思考をしているうちに、炎の玉はオオカミの大きな目に直撃した。
____GAA……!
どうやら、少しはひるんでくれたようだ。
それにHPの削れ方も狂乱状態になる前と今では少し増えているように見える。
狂乱状態はダメージの増加か防御力の低下といったデメリットが伴うのかもしれないな。
……つっ!
先ほどよりも明らかに早い攻撃、地面を掬い取るように振るわれた前足が急速に迫ってくる。
なんとか腕を前足と胴の間に滑り込ませるものの、紙きれのように吹き飛ばされる。
攻撃はHPバーを回復した分をなかったかのように七割ほど削り、ゲージが黄色く変化する。
「クッソが……!」
声を荒げて、オオカミを見た。
そして、理解した。
舐めプされて、腹が立つのと同じように先ほど余裕で攻撃を避けて反撃した私に腹が立ったのだ。
オオカミは、証明したかったのだろう。こんなものではないと。
ほれ見たことかと、牙をむき出しにしたオオカミへこちらも笑みを浮かべる。
「上等……!」
ターン制バトルは終了だ。
次はどちらかが倒れるまで。
「ここからが第二ラウンドだ」
「GRAAAAAAAAAAA!!!!!!」
この場にいるのは、オオカミと私だけ。
格好つけるぐらいは許されるはずだ。
「フレア!」
何度目になるかもわからない魔法の名を叫ぶ。
叫ぶと同時に突進してくる巨体を、『ファイアートラップ』を発動させ、爆風の勢いで右に跳び、回避する。
回避の途中で放ったフレアは、オオカミの頬をかすり、大木に当たる。
こういうときに物理的な攻撃手段を持っていないのはつらい。
レベルの低い序盤では特に。
RPGでも、皆、序盤はただ殴ってレベルを上げることから始める。
だがこれはVRゲーム、実力という名の卓越したPSがあれば、なんとかなるのだろう。
でも残念ながら私はそんなものは持ち合わせていない。
持っているのはちょっとばかり冷静な思考と今までの積み重ね。
残りMPを確認する。
そして小さく息を吐いた。
一か八か、成功しても勝てるとは限らない危険な賭けだ。
「ファイアートラップ」
五個のトラップを一斉に設置する。
私にだけ見えるトラップの設置目印である真っ赤な光が、大木の中心で輝いていた。
「っち!」
MPポーションを使おうとするが、どうやらそんな隙は与えてくれないらしい。
突進してきたオオカミを寸前で避け、木のもとへ走る。
MPは既に無い。飲むことで発動するポーションは飲む隙がないと使えないのが少し厄介だ。
後ろから迫るオオカミの突進音。
先ほどと違い、この攻撃を回避するつもりは最初からない。
一直線に、目指すのはオオカミが眠っていた大きな穴。
オオカミは、その体を穴の上を擦りながら出てきた。
先ほどのトラップは穴の上ギリギリに全て重ねている。
普通の状態であれば、このまま突進してくるなんてありえない。
でも一度立ち止まる選択肢を与えない状況であるならどうだ?
お互い瀕死で、オオカミの速度は私よりも上、ギリギリで仕留められるかもしれないといったこの状況。
人間であれば冷静な判断ができないほど頭に血がのぼっているような状況で咄嗟に止まる判断ができるだろうか?
できた場合は私の完膚なきまでの敗北だ。
「間に合えっ!!!!!」
辺りが暗闇に覆われ
_____爆発音が響いた。
「GAAAAAAaaaaa……!」
ドスン、と地響きが起こる。
やったか?
という問いも必要ない。
レベルアップの文字一つ出ていない状況だ。
何故か攻撃してこないから、MPポーションとHPポーションを全部使い、全回復して穴から顔を出す。
そこには、先ほどのオオカミが琥珀色の目を光らせて、座っていた。
『ユニークイベント発生『盟友』』
「えっと……」
『我が好敵手よ』
うえっ!?喋った!?
目をパチパチと瞬かせていると、小さくオオカミが笑った、気がした……
『よくぞ。我を倒した』
「はぇっ、あぁ、ありがとうございます」
『見事な判断力だった。まさかあそこで魔法の爆風で跳ぶとは思わなかった』
褒められてる?オオカミに褒められるなんて経験したことないけど、多分これは褒められるのだろう。
「その、あなたも強かったです」
『我はプレインという。プレインで良い』
「プレインさん?」
『うむ。我を倒したお主に良いものを見せようと思うてな。ついてこい』
ユニークイベントって、エスケの時にもあったやつと一緒みたいだな。
だいたい変なことしたプレイヤーが偶々そのイベントに入ったって報告が多いけど……
穴に入っていくプレインさんを追って、私も入っていく。
プレインさんが入ると、ゆっくりと地面が下に下がっていく。
えっ?なんぞこれ?
『ドワーフたちに作らせたんだ。魔力で動く床で下の階と上をこれで移動できる』
「エレベーター……?」
『あー、そんな名前も言うておったな。おっと、毎回だがこの浮遊感は慣れないな。ついたぞ』
プレインさんが前足で前の扉を押すと、中には光り輝く金銀財宝の山が現れた。
『我のコレクションだ。好きなものをひとつだけ獲っていくのを許してやろう』
まさかの装備取得イベント!
インベントリが開かれて、数種類の装備が並んでいる。
えっと、詳細は……
『狂乱の修道服』
狼の刺繍が刻まれた修道服。
着た者は狂気に呑まれてしまう。
STRが大幅に上昇するが、HP、VITが大幅に減少。
『狂乱の鎧』
着た者は狂気に呑まれてしまう。
STRが大幅に上昇するがAGIとHPが大幅に減少。
……どれも使いにくそうなのばっかだ。
一つをあげて、二つを下げる、か。
普通にプレイしている身としてはそんなに価値のあるようには見えない。
おっと。
『狂乱のローブ』
MPが大幅に上昇するが、STRとVITが大幅に減少。
これいいな。もともとスズメの涙だったSTRとVITだ、それを犠牲にMPが増えるのは嬉しい。
「これで」
『ローブか。魔導師である其方ならそれを選ぶと思っておったよ。どれ、装備してみてくれ』
受け取ったローブを装備してみる。
ふむ、MPは……400。
二倍か、序盤で貰える装備としては破格の性能をしている。
『スキル 狂乱を取得しました』
ん?狂乱。
タップして詳細を開く。
確か、さっきプレインさんが使ってたスキルだったよな。
『狂乱』
HPが残り二割になると発動。
STR、AGI以外のステータスを合計して、STR、AGIに半分ずつ振り分ける。
振り分けたステータスは0になる。10s
強い……けど、制限時間が10秒しかないのと、AGIが急激に上がることは操作ミスを生み出しかねない。あと初心者なのもあってSTRを活かせる武器を揃えるのがしんどい。
余裕ができたら『狂乱』用の装備も買わないと。
『それはなかなかに厄介な代物だがお主なら使いこなせるだろう』
「ありがとうございます」
『なになに、気にするな。我は下で休む。お主はそれで地上へ出るといい』
「ああ。楽しかったです」
『ああ、またやりあおうぞ』
プレインさんに手を振って、上へ上る。
穴から出ると、眩い光が目に届き、そしてシステムメッセージが鳴り響いた。
『草原を統べる者を討伐しました。
『一部封鎖されていた道が通れるようになりました』
『レベルが上がりました10Lv→13Lv』
『スキル 飛翔を取得しました』
『スキル 罠師を取得しました』
『闇魔法のレベルが上昇しました。1→2 これにより、シャドウステップを習得できます』
『火魔法のレベルが上昇しました。2→3 これにより、フレアボムが習得できます』
『おめでとうございます。リンクス様!貴方は、”ソロ”でボス攻略を成し遂げましたので、称号をプレゼントします。また功績をアナウンスすることが可能ですがどうしますか?』
瞬時にNOを選択する。
目立つのは、というよりめんどくさいことが苦手な身としては、勘弁してほしい。
『称号 王者の盟友を取得(1/?)』
『称号 単独攻略者を取得』
『称号 狂乱者を取得』
スキルも称号もいろいろ手に入れたな。
確認したいけど、いい時間だし一回ログアウトしてお風呂入ってから続きをやろう。
その場でログアウトを押して、私はこの世界から離れた。