7.借りてきた騎士
アルバティナはすっかり油断している。獣人なんてただのおとぎ話で、子供時代の空想にしか存在しないと思っているのだ。確かに祐だって、突然誰かに魔王が攻めてくるなんて大真面目に言われても何言ってんだこいつとしか思えないだろう、実際に魔王の被害に遭っていなければ。
ここは真実を知ってしまった自分が何とかするしかない。それが祐を助けてくれたアルバティナへのお礼にもなるし、案外、祐がここに来てしまったのもアルバティナたちを救うためだったのかもしれない。
すっかり王国を救う勇者の気分で決意を固めていると、まだにやにやとしていたアルバティナが祐に貸してくれる服をひとまとめにしながら思い出したように言った。
「そうだ、ユウ。客室で何か困ったことはなかった?」
困ったことといって真っ先に思い付くのは昨日の灰色の犬なのだが、さっぱり信じてもらえていないし、そのことは諦めて祐は大人しく首を振った。
「そう?よかった。何かあったら言ってね。昨日、戻ってきたらあなた寝ちゃってたみたいだったから……。」
「あ。そういえばティナ、昨日大丈夫だった?」
祐を客室に案内した時にちょうど騎士団長だという彼女の兄が戻ってきて、ハンに引っ張られてしぶしぶ謝りに行ったようだったが。きっと怒られたんだろうなと窺うように聞くと、やはり一瞬微妙な顔をしたあと、けれどすぐに彼女は瞳を輝かせた。
「まあ、がみがみ言われたけど。でも聞いて、ついにお兄様が私に仕事を任せてくれるって!」
そして恋愛話をするようにきゃっきゃと嬉しそうに祐の両手を握る。
「おお、よかったじゃん。」
「でも……、」
そこで急にしゅんと元気をなくした。
「そのせいで、ユウに付き合えなくなっちゃったわ。ごめんね、ほんとは今日も一緒に森に行こうと思っていたんだけど……。」
「えっ、そうなの。」
見つかるかはわからないけれど、元の世界に帰る手がかりを探しに行こうと言っていたのだ。アルバティナを当てにする気満々だったので、困ったなあと正直に両眉が下がる。どう頑張ったって、一人では昨日の場所まですら戻れそうもない。その顔を見て、アルバティナが元気づけるように両手をぎゅっと強く握ってきた。
「そのうちすぐに、明日にでも、なんとかして時間を作るから。少しの間だけゆっくりしていて?」
アルバティナのところの何やら大変そうな事情は昨日散々聞いていたので、いいよ無理しなくてと言ったのだが、それではどうやら彼女の気が済まないらしい。
「一応、お兄様に騎士を一人借りたから、城内を案内させるわ。他にもやりたいことがあったら命令してね。もし森に行くなら、馬に乗せてもらえば早いわ。」
「へ。騎士?」
兄のバッグをちょっと借りてきた、みたいな気軽さで言われて祐のほうが動揺した。
騎士と言われて即座にハンを思い浮かべ、いかついオッサンと行動する面倒さと案内がない不便さとどっちのほうがましだろうと天秤にかけはじめたちょうどその時、ドアにノックの音がした。
「来たわ!」
アルバティナが身軽にぴょこんと飛び跳ねて対応に出る。開いた扉の向こうには先ほどの祐と同じように、ハンの後ろに誰かが連れられていた。騎士団揃いのチュニックをぴしりと着込んだ灰色の髪の若い男。なんだか見覚えがある、どころか、つい昨日の夜に命の危機を感じたばかりの灰色に祐の心臓はどきりと跳ねた。
「あらあなたなの?」
背後で慄いている祐には気づかずに、アルバティナは腰に手を当てて不満げな声を上げた。相手の男はいかにも忠実なしもべですというように黙って頭を下げる。アルバティナはそれを見てまあいいわと妥協したようなことを言い、祐を振り返った。
「ユウ、こっちはセリック。気が利かないから何でも命令してね。セリック、こっちはユウよ。私のお客様だから、失礼のないようにね。」
名前の交換をされて男が顔を上げる。愛想のかけらもない顔が夜空に浮かぶ月の色そっくりの瞳で祐を射抜き、その瞬間に祐は確信した。
「ティナ!こいつ!昨日の獣人!」
思わず指さして大声を出すと、秘密をばらされた張本人だけでなく祐以外の全ての人がぴしりと凍り付いた空気になったのがわかった。
……なんで?