6.王国に潜む獣人
一体どういうことなんだろう。
朝食をもそもそと食べながら祐は考えていた。
今朝目が覚めると、祐は昨日の夜と同じようにソファの上で眠っていた。上には毛布も掛けてある。そこまでなら昨日の狼は夢だったのかと思えたのだが、
「いて……。」
寝ころんだまま仰向けになったら後頭部がずきりと痛んだ。そっと触ると、うっすらとたんこぶになっている。……昨日の夜狼に襲われた時にぶつけたところとおんなじだ。それから、背中側が妙にじゃりじゃりとしていて、ソファに砂がたくさん付いていた。襲われた時に背中からひっくり返ったからだろうか。
「うーん。」
とはいえ、昨日のことが夢でないのなら祐は今頃あの狼に食べられていてもおかしくはないのだった。それなのに今無事でここにいる。じゃああれはやっぱり夢だったんだと思うには、頭をぶつけたたんこぶが邪魔をする。
お城で飼ってる犬だったりして……?
番犬代わりの狼、もしくは巨大な犬だったとしたら。それなら見知らぬ祐を不審者だと思って攻撃してくるのも、わかる。それから誰かに知らせに行って、その誰かが祐を元に戻してくれたとか……。その線で納得しかけた祐だったが、
「あ。」
そもそも、その前段階のことを忘れていたことに気づく。人間が狼に変身したのを見たのだった。
「うーん。」
見間違いだったということはあり得ない。最初は全裸の男を見てしまって慌てたのだから。それから、狼がいたのが勘違いということもあり得ない。間近にあの生暖かい毛皮が迫ってきて押し倒されたのだから……。
もしかしたらあれが獣人ってやつなのかも。人間の敵。実際に祐も、一も二もなく襲われたではないか。もしかしてこの王国には獣人が潜んでいて、密かに乗っ取られようとしている……?人間にまぎれこんで、油断させておいたところを食べてしまうのだとアルバティナも言っていたではないか。彼女はただのおとぎ話だと笑ったけど、祐は実際に見たのだ、人間が獣に変わる瞬間を。……あれが夢でなかったら。
一人でうむむとうなっていると、朝食を運んできてくれた女の人が再び部屋に現れた。考え事をしながら食べていたら、のんびりしすぎていたらしい。食器を片付けに来たのだと思って慌ててパンの残りを口の中へ放り込むと、女性はのんびりと祐にお茶を淹れてくれた。……急いで損した。
その女性が、朝食の後に姫様がお呼びですよと教えてくれる。昨日気付いた着替えのようなものはやっぱり服で、Tシャツにジーンズという今の格好よりは城に馴染みそうだったのでアルバティナに会う前にそれに着替えていった。丈の長いワンピースのような服で、パンツスタイルに慣れた祐には裾がまとわりついて少し動きづらい。ついでに胸元が少しぶかぶかとしている。
「けっこうぴったりじゃない。」
使用人の女の人に案内されて城の奥の方まで連れていかれ、さらにそこで騎士だという男に受け継がれて、最後の通路で昨日のハンというオッサンに渡されて、ようやくその後ろにあったアルバティナの私室にたどり着いた祐を見るなり彼女は言った。
祐に渡されていた服はアルバティナが子供の頃着ていた服だったらしい。確かに彼女はすらりと手足が長い、祐はその子供時代程度で成長が止まっているというのに。
その違いに切なさを感じているうちに、他にも色々引っ張り出しておいたのよと言ってアルバティナは大量の服を次々と祐の目の前に開いていった。女の子が生まれたらあげようと思っているのに誰も結婚すらしないんだからとぶつぶつ文句を言うアルバティナを眺めながら、祐はそっと後頭部に手をやった。
「ねえ、ティナ。このお城で、犬か狼って飼ってる?」
突然の話題転換にアルバティナは一瞬ぱちくりとして、
「クロのこと?」
なんでそんなことを?という疑問いっぱいの顔をした。しかしクロ。クロか……。
「それって黒い犬?」
「そうよ。」
黒じゃないんだよなあ。灰色の犬……。一応大きさも確かめたが、クロは普通の中型犬程度の大きさだということがわかっただけだった。ついでに、灰色の動物というもの自体が城にはいないらしい。
「うーん……。」
「どうかした?」
心底不思議そうにアルバティナが見つめてくる。笑われるかもしれないけど……。祐は思いきって言ってしまうことにした。
「あのさ。もしこのお城に、獣人がいたらどうする……?」
祐が半ば確信をもって真剣に尋ねたにもかかわらず、アルバティナは一瞬きょとんとしたあと、
「やだ、そんなこと言って。私を怖がらせたいなら、もっとひねってくれなきゃダメよ。」
挑発するようににやりと笑った。もうこの年になって子供だましなんか通用しないわよとでも言いたげな態度は、明らかに祐の言うことを本気にしていない。
「や、ほんとに!だって昨日私、見ちゃったんだよ。人間が、こーんなおっきな犬になって……。」
必死に両腕をひろげて説明すると、ついにアルバティナは声を上げてひっくり返った。
「アハハハハ!やだユウ、そんな真剣な顔して、あんまり笑わせないで。お腹痛いわ。」
「なっ、冗談じゃなくて!ほんとにほんとなんだってば!」
「大丈夫、もしそんなのいたら私が倒してあげるから!アハハハハ!子供の頃特訓したんだから!」
祐が真剣になればなるほどアルバティナは笑い転げる。……むう。こうなったら自分ひとりで昨日の奴を洗い出すしかない……。あまりにも笑われすぎたので口をつぐんでへの字になると、大笑いの余韻とともに涙をぬぐったアルバティナが言った。
「今夜、クロ貸してあげましょうか?」
「……。借りる。」
別に怖いわけじゃなくて奴をしとめる助けになるかと思っての判断だったのだが、祐のその答えを聞いてアルバティナはまたひっくり返った。笑いすぎだ、もう。