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狼騎士と異世界の客人  作者: 星いも
1.狼騎士と異世界の客人
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5.灰色のもふもふ

 果たしてどうするべきか。客室のソファの上で目を覚ました祐は考えた。

 先ほど通ってきた砦と言ったほうがしっくりくるような石造りのお城とは違い、木造なことが一目でわかる客室棟の部屋は簡素な居室と、小さな寝室の二部屋で構成されていた。ここに来るまでに何度も聞かされた「この国は田舎だから」という言の通り、またもや祐の想像するマリーアントワネット的なお城の部屋とは雲泥の差だったが、歩き詰めで疲労困憊だった祐には座れるだけで天国。ソファに座り込んだら、あとで必要なものを渡しに来ると言っていたアルバティナを待つことなく眠ってしまったようだった。窓の外はすっかり暗くなってしまっている。

 電気……があるはずもなく、部屋の中は月明かりだけだ。眠っていた体に毛布がかけられていたのと、なにか着替えのようなものが置いてあるあたり誰かが来たのだろうか。暗い中をきょろきょろと見回してみるが、それ以外に変化は見られない。しかし、それよりも祐が欲しかったのは、

「お腹すいた……。」

 少し休んだことで足の痛みがマシになると、今度はお腹の虫が自己主張を始めた。多分、夕飯を食べ損ねている。祐が寝てしまったと思って用意されなかったのだろう。足はこのまま寝てしまいたいと言っているが、お腹がそんなことはできないと反対している。

 ――誰かを探しに行こうかな。

 祐はお腹のほうの味方をすることに決めた。

 そもそも今何時なんだろう。よく寝た気もするけど、ちょっとしか経ってない気もする。ご飯をもらいに行こうにも、みんなが眠ってしまった深夜とかだったらどうしよう。外を見てみるとしんと静まり返った月夜で人の気配もしなかったが、それはこの客室棟に案内された時からこの辺りはひっそりと静まり返っていたのだった。しばらく使っていないと言っていたし、用もなければ誰も近寄らないところなのだろう。とりあえず、人がいそうな所へ行ってみなければ。

 ソファから身を起こそうとすると、誰かの足音が遠くのほうに聞こえた。まだ人が起きている時間なんだと分かって少しだけほっとする。それは取り立てて大きな音ではなかったが、夜で暗くて静かなせいか、祐の耳にもよく届いた。足音は祐の部屋の前までは来ずに少し遠くのほうで途切れ、たぶんドアを開けるような、きい、という音がわずかに聞こえてきた。

 探しに行かずとも人に会えそうだ。祐は急いで手探りでドアまでたどり着いて部屋を出た。廊下にはもちろん明かりがついておらず暗さに少し怯んだが、早くしないとあの人が帰ってしまうかもという焦りのほうが強くて急いで目を凝らす。三つ隣の部屋の扉が薄く開きっぱなしになっており、そこから室内の月明かりが漏れている。それでさっきの人が入っていった部屋だと分かった。ちょっと覗いてみて、頼めそうならご飯をもらおう。そう思って祐はドアの隙間から室内に声をかけた。

「あのー、すいません。」

 ためらいがちにドアを少し開くと、そこは祐の部屋と同じようなつくりをしていた。ただ自分の部屋と違って、板張りの床に何かが敷いてあるように見えて、自然とそちらに視線が吸い寄せられる。それはよく見ると、服、のようだった。そばに何も身に着けていないような男がうずくまっていて、明らかにその服の中身だったらしいと祐は一瞬で理解した。――着替え中!

「うわっ、ごめんなさ、」

 そういえばノックもせずに扉を開いてしまった。いやけど、初めから開いてたから。着替えてるなんて知らなかったから。

 心の中で言い訳をしつつ慌てて引っ込もうとしたところで、しかし祐は異変に気付いた。驚いた様子で振り返った男はびっしりと全身に汗をかいて、ふー、ふー、と重そうに肩で息をしている。暑くて全裸になったと言われれば納得する様相だったが、むしろ今はちょっと肌寒いくらいで全然そんな気候ではない。となると、体調が悪いのかもしれない。

 大丈夫ですかと言いかけて、じろじろと裸の男を見てしまったことに気づいて慌てて視線を若干そらす。ええと、とりあえず向こうもじろじろと見られたくはないだろうし、まずは扉を閉めて、ドア越しにでも――。

 しかし扉を閉めることはできなかった。意識してそらした目の端に、変なものが映った気がしたのだ。何か、うごめく灰色のもふもふとした、毛の塊みたいなものが。

「えっ……。」

 思わず視線を戻してしまうと、その毛の塊は男の体から生えてきているようにもさもさと面積を増やしていって、すぐに彼の全身を覆った。ぐうう、と呻いているような声は動物の唸り声みたいになっていき、うずくまる姿勢がいつの間にか四つん這いの獣の姿になっている。頭には三角形の耳がぴんと立っていて、しかものそりとこちらに向き直ったそいつは一見しておそらく祐よりも大きい。犬、いやもっと大きい、狼。その月色の両目が祐をとらえると、闇夜に潜む動物のように瞳の奥がきらりと光った。

「あ……。」

 祐が無意識に後ずさりした時にはすでに巨大な灰色の獣は素早く跳躍していて、逃げる間もなく鋭い顔が迫ってくる。妙にゆっくりと感じる時間の中で、このままでは食べられてしまうという危機感だけが強く感じられるくせに体のほうはさっぱり動かなかった。鋭い爪のついた前足で両肩に飛びかかられた後は一瞬で、その勢いのままなすすべもなく背後に押し倒されて、

 ごん。

 自分の後頭部からにぶい音がしたのを聞いた気がした。

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