4.人間の敵
「獣人って?」
男を行き過ぎてから、先ほど少し気になったことを聞いてみた。二足歩行をするかわいいもふもふを想像して、この世界にはそんなものがいるのかと少し期待した祐に、しかしアルバティナは苦笑して答えた。
「ああ、ただのおとぎ話よ。人間の姿に変身できる獣の出てくるお話があって。」
どうやらもふもふが二足歩行するわけではなく、完全に人間と変わらない見た目になれる獣のことを獣人と言うらしかった。
「でも、獣人っていうのはすごく狂暴な生き物なのよ。それでよく、ハンは私が実は獣人なんじゃないかって言ってけなしてくるわけ。」
ホント失礼しちゃうわよね、とアルバティナはさっきのことを思い出したように口をとがらせる。それから、さっきのハンという男は彼女の幼いころからのお目付け役みたいなものだという説明を付け加えた。どうりで王族に対して態度がでかいわけだ。
「ふーん。つまり、獣人は悪者ってこと?」
「そうね。動物の身体能力に、人間の知能を持っている。だから、目をつけた村に人間の姿で紛れ込んで……、」
そこでアルバティナは言葉を切って、両手で爪を立てるようなポーズになって「があっ」と祐を振り向いた。思わずびくりとした祐に満足したように彼女はにこりと笑う。
「油断させてから人間を食べちゃうの。だから人間の敵だったってわけ。」
その獣人を、人間の勇者が倒して絶滅させて、世界は平和になりましたというめでたしめでたし系のお話らしかった。
「まあ子供向けのおとぎ話で、実際にいたわけじゃないけどね。だから子供を脅かすときの決まり文句でもあるのよ、いい子にしていないと獣人が来て、ぱくりと食べられちゃうわよっていう……。」
なあんだ。祐の想像したようなかわいいものではなかったことと、どちらにしろ既に存在しないということに少しがっかりした。アルバティナのほうは自分の言ったことで昔を思い出したらしく、視線を上向けてくすりと笑った。
「私も子供の頃は、よくハンを獣人にして勇者ごっこをしたものだわ。大人になったら騎士団に入って、獣人なんか全部やっつけてやるー!って。」
「わお。」
容易に想像できる。若干の呆れすら感じてしまった祐の目の前で、アルバティナは意外にも武術をたしなむ人のようにぴしっとした動きで、虚空にいる架空の敵をばっさばっさと切りつけていった。そのたびに、ふわふわと綺麗な髪が宙に舞う。
「へー、すっごい。なんかほんとに戦えそう。」
思わず感心してしまった祐に、アルバティナはもちろんよと得意げな顔をした。
「お兄様がいるうちは無理だけど。もしお兄様に何かあったら、私が騎士団長になるのも夢じゃないわ。」
「おおう……。」
アルバティナが言うと、もし何かあったらというよりもむしろ偶然を装って何か起こしてやるというような意味に聞こえてくる。兄妹げんかをしていたと聞いたあとだから、余計に。……ますます祐の考えるお姫様像から離れてゆく。アルバティナがお姫様だと気付かなかったのも無理はない。
みんなに慕われているのはいいとして、兄妹げんかして一人で家出したり、木に八つ当たりしていたり、あとはさっきのオッサンにも最後まで結構なことを言われていた気がする。しかも同レベルで言い返していた。
お姫さまって、もっとこう……。祐が思うに、アルバティナには主に王族としての威厳とか威厳とか威厳とか、その辺が足りないように思う。
「なんか、イメージと違う……。」
それを城の内装のことを言っているのだと思ったらしいアルバティナが、すでに何度も聞いた言葉でばっさりと切って捨てた。
「仕方ないでしょ。うちは田舎なのよ。」