3.森の仲間
アルバティナに連れられて城の内部に入ると、先ほどと同じような光景が繰り広げられた。
「まあ、姫様!」
「よくぞご無事で。」
いろんなところへつながる通路がこのホールのような空間を中継してまとまっているらしく、足早に移動していた人も、人だかりとアルバティナの姿を認めて進路をこちらに変えてくる。当然後ろにひっついている祐も注目の的となり、こいつは一体誰なのかという疑惑の視線にアルバティナは私の客人よと言って回った。
「客室をひとつ準備して。」
近くにいた年かさの女の人にアルバティナが言うと、女の人は好奇心を抑えられないというように祐のことをちらりと見て、
「ええ、ええ。でもね、もう長いこと使っていなかったし、予定もなかったしね。ちょっとお時間、かかりますよ。」
「大丈夫よ。準備ができるまで、私の部屋でおしゃべりしてるから。」
むしろゆっくりやってちょうだい、とアルバティナが楽しそうに言うと、「はい、はい。」女の人は嬉しそうなアルバティナを見るのが喜ばしいというように何度も頷いて、通路の一つに去っていった。
「それじゃあ私の部屋に行きましょう。」
うきうきと楽しそうに進むアルバティナの前に、しかし突如大きな影が立ちふさがる。
「殿下。」
そして低く地を這う怒りのこもった声で呼びかける。一瞬、この人がアルバティナのお兄さんだったらどうしようと思うほどのいかつさと渋面をはりつけた男だったが、彼が発したのは臣下の呼びかけで、そもそもアルバティナとは親子ほども年が離れていそうだ。しかし戦闘職のような装備に身を包み腰に手を当てふんぞり返って、仁王立ちの堂々とした態度で王族の行く手を阻む姿は相当な手練れと見た。
「先ほど騎士団長が、アルバート殿下が、御自ら、姫をお探しに行かれたのですよ。」
御自ら、をこれでもかと強調した男の言葉には、あふれんばかりの非難が詰め込まれている。アルバティナはそれを聞いて、やっぱりあれお兄様だったのね、と小さく呟いたあと、
「それは会わなくてよかったわ。」
おどけて大げさにほっとする仕草をする。周囲の使用人の間に、くすくすと忍び笑いが広がった。
「姫。」
男は周囲とは反対に怒りを濃くしてアルバティナに迫ろうとして、後ろにいる祐の存在に気が付いたようだった。彼の目の動きと表情が変わったことでアルバティナもそれに気付き、少し振り向いて祐のことを客人だと明るく紹介する。
「……姫様。このような時にそのような……。」
しかし男はじろりと値踏みするように祐をひと睨みすると、うちでは飼えないから捨ててきなさいと言いたいが王族に対して強く出られないみたいに語尾を濁した。
「ハン。そんなことだからうちは田舎だなんてばかにされるのよ。エス・ロリアスでは、皇帝が毎日何百人もの客人を招いているというわ。」
ハンというらしい男の反応に、アルバティナは大げさに嘆かわしいと言わんばかりのため息をついたが、彼は短く「実際田舎ですからな。」と言って開き直った。
アルバティナもそれに対して異論はないらしく、図星を突かれたというように一瞬黙り込んだあと、
「ユウは森で迷っていたのよ。女の子を夜の森に置き去りにするなんて、人間のすることではないでしょう?」
人間性に訴える作戦に出た。めいっぱい哀れを誘うようにアルバティナが訴える。が、
「おや。姫様はご自身が人間だとお思いで?」
男はひく、と片方の眉毛だけを上げてばっさりと切って捨てた。
このオッサン、なかなか言いよる。祐がひそかにおののいていると、今度は反対にアルバティナが口をへの字に曲げて男を睨んだ。
「ハン、あなたねえ……。」
しかも周囲は今度こそ忍ばない笑い声を上げて、さっきより盛り上がっている。一体みんなどっちの味方なんだ。
アルバティナはそんな裏切り者どもをぎろりと軽くねめまわして、しかもそれがあまり効果がないことでさらにぷくっと頬を膨らませるしかめっ面になった。
「ふん。どうせ私は実は獣人なんじゃないか、とか言いたいんでしょう。けどそれならお兄様だって獣人ということになるんだから。不敬罪でみんなに袋叩きにされるわよ。」
オッサンと似たようなポーズをとって、アルバティナが無駄に胸を張る。しかし睨み合う両者にはらはらとしているのは祐だけらしく、周囲はにこにこと笑いを漏らしていていまいち緊迫感がない。どっちに同調したらいいのか戸惑っているうちに、正面のオッサンがはあと大きくため息をついた。
「まったく。姫様が人間だというのなら、獣人なぞ天使も同然ですな。」
そしてきっちりと言い返しつつも、根負けしたと言わんばかりに肩をすくめて道を譲った。
「きゃあ、やったあ!ありがと、ハン!」
許されるやいなや、この変わりよう。ぴょんと飛び上がって手をたたいて、オッサンに抱き着く勢いで突進して、「はしたないですぞ。」とたしなめられて握手をしてぶんぶんと振り回すだけにとどめ、
「ユウ!行きましょう!」
アルバティナは完全に先ほどのうきうきを取り戻して、祐の手を引き男を通り過ぎた。祐は一応すれ違いざまにぺこりと頭を下げておく。相手はため息でそれに答えた。