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最期の海に咲く花  作者: みつき
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さよならの日に降る雪―――②

高校を訪れた翌日から、ネットの受験体験記や青本などの資料をくまなく調べたところ、芸術コースに入部するには実技試験が必須ということだそうだ。


予備校に入るタイミングはやっぱり遅かった。

有名俳優の娘さん。バレエの世界大会に出た子。子役出身。

容姿はもちろん表現力も、すでにぴっかぴかに光っているクラスメイトばかり。浅い経験しかない私は道端に落ちている石ころのような小物。

基礎からやっていく必要があったら、もうこの時点で心はバキバキに折れてしまったかもしれない。


両親は予備校に入るお金こそ出してくれたけど、相変わらず私の将来に関しては無関心のままだった。

「七菜子はお姉ちゃんだから大丈夫だよね」

その言葉が重しとなって私に幾度となく降りかかる。教室を出る時間が午後10時を過ぎても迎えに来てくれたことは1度もなかった。


受験日直前には、右手にはボロボロになった台本。左手には防犯ブザー機能がついた携帯電話を持ち歩いて夜道をひとり歩いていた。


いくら都心で電灯や人の目があるとはいえ、夜道は怖かった。だから、大きな声で課題曲を歌いながら歩いていた。そうすれば周囲の人は私を見てその場を通り過ぎるし、お化けすら立ち寄らないに違いない。


我ながら頭がおかしくなっていた。脳みそから変な汁が溢れ出して止まらなかったのだと思う。自分の見た事のない世界に行くことはとてつもなく怖い。だけれれど、舞台の上に立つことを描き出したら。心も体も止まることはなかった。


雪が降る頃には、多くの生徒が予備校を卒業しておのおのの進路に進んでいく。本命校に受かった人もいるし、落ちて普通科の滑り止めの道に進んでいった子もいるらしい。2月の暮れに教室に残ったのは、私を含めて4名。予備校に入りたての頃には、一緒にタピオカを飲んで帰った子もいるけど、今はすれ違っても小さな声で挨拶をする程度。


「七菜子ちゃん、最近元気ないよ? どうしたの?」

「……なんでもないよ」

「無理しないでね、無理すると当日の体調に響いちゃうから」

「いいから、そういうの。私たちはライバルでしょう? そんな心配なんていらないから」

予備校に入ったのは一番遅かったくせに、私は一番高飛車な生徒だった。

そもそも、この時期に残っている子達は私と同じ高校が第1志望に決まっている。こんな天狗のようなクソガキが協調性を身につけられたのは、もちろん部員のみなさんに出会えたからだとひしひしと感じさせられる。


☆☆☆


受験の当日は思いの丈を全てぶつけた。

バレエをやっていたことも、日本舞踊を齧ったことも、全て甘えにならないように。絶対な自信があったけれど、気温が暖かくなる度に、第2志望校の合格通知の端をお守りのようにして握っていたことを覚えている。


桜のつぼみが姿を見せた日。家のポストに一部の封筒が届いていた。郵便局員のバイクが去ると、それを恐る恐る手に取った。手首に重さが伝わってくると、ほっと胸を撫で下ろす。そそくさと玄関前で封筒を切り、中身を確認した。


「ママ、受かったよ…、くびせき、合格?」

漢字すら読めない天狗娘の努力が報われたのは、主席合格の通知を受け取った瞬間だった。どうやら成績を落とさなければ、1年分の学費が丸々免除されるらしい。ゆうとも晴れて明成中学に受かったことだし、少しでも負担が減るほうが親孝行になるだろうと、私は顔をほころばせた。


次の日は、自宅で私の合格祝いのパーティが行われた。パパからは海外から取り寄せされたオーガニックのはちみつ。ママからはハイブランドの定期入れ。

そしてゆうとからは、駅前のケーキ屋さんのショートケーキを贈ってくれた。


「合格おめでとう! 七菜子!」

「おねえちゃん!」

「ななちゃん。」

物を買ってもらってはすぐに飽きてしまう私だけど、そのひとつひとつを大切にしようとぎゅうと抱きしめた。ママの手料理を囲み、みんなが拍手をしてくれる。昨日まで空気のように取り扱われていたのに、やっと家族として認めてくれたような気がした。


「ありがとう!」

みんなの瞳が、私をやさしく見つめていてくれる。きらきらとした感動とたしかな決意が心に湧き上がってくる。正直、泣いちゃいそうになったのは内緒。


身を削る覚悟で物事に励んだのは生まれてはじめてだった。頑張った後の景色はこんなにもきれいで、声援のひとつひとつが未来を照らしてくれるように思えた。私はあの舞台に立てる。演目でもそれぞれにオーディションがあるだろう。きっと私よりももっと素敵な人たちが躍り出てくる。だけど、これだけ頑張ったんだからきっと乗り越えていける。


明日が早く来て欲しかった。あの制服を着て、生徒として1秒でも早くあの場所に駆け出したい。受験がひと段落着いても、願う心は止まることはなかった。入学式を迎えるまで、毎晩どきどきと鼓動を鳴らしながら眠りについた。


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