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最期の海に咲く花  作者: みつき
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会いたい病―――⑤

――――――――海の街、あの子との約束


女の子に導かれるまま、2階への階段を上っていく。なかなか見たことない白銀の髪が、夕凪にさらさらと揺れている。


(やっぱりくらげみたい……)

図鑑でしか見たことのない神秘的ないきものに、女の子の姿を重ねる。視線に気が付いたのか、天使の輪がふわりと振り返った。


「この家はぼろっちくて怖い? おばけが出そうと思ってるの?」

「そんなことないけど……」

「よかった。」

じいっと見ているのがばれてしまったのかと思い、どきりと心臓が鳴っていた。幼少期から感情があまり動くことがなかったあたしが、恥ずかしいとはじめて思った瞬間だったのかもしれない。頬に浮かんだ熱を冷ますように、力いっぱい階段をのぼり続けた。


招かれた部屋は、あたしのひとり部屋の倍以上の広さだった。素足にざらざらとくっついてくるような畳の感触を新鮮に感じながらあたりを見渡す。

この年頃の女の子が好きな着せ替え人形やゲームなどといった類いのものは見当たらない。身体の倍以上あるシャチのぬいぐるみだけじゃあ、退屈しそう。


「この部屋から海が見えるんだよ」

「本当に!?」

一番すてきなものが、窓の向こう側に隠されているらしい。

校のかけっこよりも早く、サッシに飛びついた。女の子は突然全力疾走したあたしの姿を見て、あはは、と、笑いながら小さな指先で戸を開け放つ。


目の前の海に広がる海は、夕日のだいだい色に染まり始めている。

車窓から見つめていた時は青い空を映し出していたのに。

海の水はすべて透明なはずなのに、一体いくつの色を映し出すのだろう。

どんなに考えても脳みそが足りないぐらい、不思議で不思議で仕方ない。


「海の音は聞いたことある?」

「ううん……」

「自分の心臓の音が聞こえるまでよーく耳を澄ましてみて。」

夕方なのに車の音がしないなんて、別の世界に来てしまったようだ。

目を閉じて耳を澄ますしたら、自分と同じ年頃の子供たちが騒ぐ声が聞こえる。『もっと心を研ぎ澄まないと』と、深呼吸をする。閉じた瞼の裏にまぶしさが滲み出す頃に、波の音が耳を包み込んだ。


「聞いたことのない音でしょう?」

「ざざーん、わーん、らーん?」

「そういうのはあんまり上手じゃないんだね」

この子、さっきからちょっと馬鹿にしてきてる気がする。

だけど自然と嫌な気分になることはなかった。小学校では、折り紙がうまいことやかけっこをしている時にやたらめったら褒められるだけで。こんなふうに一緒に楽しそうに笑ってくれる子はいなかったから。


「あの、お名前は?」

「まりん。」

「漢字はどうやって書くの?」

「……ごめん、わからない。」

ああ、そうか。学校でも漢字を書けない子はあたし以外に何人もいたっけか。

それとも、ばあちゃんと一緒に住んでいるのは”そういう”理由があるからなのかなあ。純粋な興味だけで口走ってしまったことを謝りたくなった。だけど、その理由を説明するためにはどうすればいいのかわからなかった。優等生といえど子供であることは変わらないと、ちいさな爪先を眺めながら思う。


「なんか、ごめんね、なんて呼べばいいのかな」

「なんでもいいよ」

「じゃあ、まりん。」

そう言った後で、出会ったばかりなのに呼び捨てされてなれなれしく思わないのかなあ、と、皮膚がかゆくなったことをよく覚えている。

当時のあたしは誰一人を呼び捨てで呼んだことはなかった。きっと、こんな素晴らしい世界のかけらを教えてくれる子は、絶対仲良くなれる予感がしたから。そんな親愛を込めてその名を口にした。


「じゃあ、あたしはりおって呼ぶ。」

「今日からお友達でいいんだよね」

真鈴からの少し距離のあるような言葉から、あたしと同じ何かを感じ取る。きっとクラスの中心的な子なら、なれなれしく手なんか繋いでくるだろう。さっきからいろいろ案内してくれたり、いろんな話をしてくれたりするのだろうけど。きっとこの子はクラスの中でも明るいほうじゃないのだと思う。


「……うん、よろしくね。まりん」

「よろしく、りお!」

テレビさえない広々とした部屋に、真鈴の朗らかな声が響く。

写真の向こうの世界のようなきれいな町の中で、やっぱり緊張していた。

ひと夏をともに過ごす友達ができただけで、あたしはとても安心した。


揺れ動く心があっちにいったりこっちにいったりして、なんだかお腹が空いてしまった。静寂に包まれた部屋の中でくるるる、という音が響いてしまう。

あたしが恥ずかしそうに焦っていると、真鈴はあたしのお臍を指さして笑う。


「お腹ってそんな音で鳴るの?」

「えっ、まりんは鳴かないの?」

「聞いたこともないよ、そんな音」

開け放っていた窓を力を合わせて一緒に閉める。窓の鍵を締めて、夕日にさよならをした。蓋を閉めるようにカーテンを引くと、また開ける時は夜の海が待っている。そんな時間がはじまる思うだけでどうしようもなく心が躍った。


この日から、あたしはこの部屋を訪ねるたびに真鈴と海を眺めた。

そしてお互いの毎日で起きたことや、思ったこと、楽しいと思ったことを語り合った。歳を重ねるたびに、共通の話題も使う言葉も少しずつ変わってくる。

それでも、窓辺に広がる景色と『またも会おうね』と、約束する気持ちはずっと変わらなかった。


―――――――最期の日になるまで思いもしなかったよ。

ここからきみが姿を消してしまうなんて。

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