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最期の海に咲く花  作者: みつき
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会いたい病---①


「生きていたらあたしたちと同い年かあ。それにしてはちっこく見えるんだけどなあ。足もしっかり読影されているから、幽霊じゃねえことは確かだな」

ショッキングな場面には慣れたはずだが、人が血まみれになっている動画を見ながらコンビニチキンをむさぼったりはしない。


「じゃああたしが幼少期に見た靴と抜かれた髪の毛は?」

「結局ご遺体は見つかってないんだろう?ブツが転がったり白骨化してなければ、どうなってるかわかんねーよ」

「……映像だけではエビデンスに乏しい」

ドラマに出てくる警察の人間らしく、首に手を当てて映像を見ていると、やっぱりお前は親父さんに似ているなあとへらへら小突いてくる。

根拠に基づかない話は基本的に現場に必要ないが、もし世界線が違っていたら。こんなトンデモ理論をぶちかましてくるカレンと、アンドロイドのように冷静沈着なきみが友達になる日が来たりしたのだろうか。漫才のように冷静に突っ込んでいるのか、それともお腹を抱えてケタケタと笑うほうが好きだろうか。


「お前に会いたくて現世までやってきたんじゃねえのか?」

「……いや、やめてよそういうの」

……考えることはやめよう。つまらなくはないが、こういう無神経な奴が鎮魂の旋律を奏でていると事実に頭を抱えたくなる。カレンが古ぼけたソファーから立ち上がると、綿埃が午後の日差しに包まれながら勢いよく飛び散る。相変わらず親父は掃除がへたくそで、片づけはふたり暮らしとなった頃からあたしがやっている。


「世話焼かせるなあ、みんな」

もしきみがどこかに生きているのなら。寝ぼけた心に秘めた期待を沈ませつつ、あたしはこの部屋の窓を勢いよく空け放った。

窓の換気は感染症対策の基本だけれど、誰も気にかけないあたりが落ち着きのない人間の集まりなのだろう。


―――――こちら、機動警察第12課。1990年頃から現在まで続出している10代から40代の怪死について取り扱う部署。この事件に関連しているのは、失踪現場に複数の血痕、毛玉のようにまとまった毛髪、脱ぎ捨てられた靴が置かれていること。そして、指紋などの被疑者のDNAが採取できなかったことが条件に挙げられる。

当事件に関して、ここ2、3年になってから解明されてきたことがある。怪死現場となった地域には、数百人程度の犠牲者を起こす未曾有の大災害が起こるか、若しくは突如農作物が豊作になったり、海が大漁になったり、観光産業がめざましく発展を遂げていることがわかってきた。


あたしとカレン、親父はこれらの事件を予防するという役割を担っている。

事件が起こる前に体の表面から突起や木の枝が生えてきたり、足元が地面に溶けて歩行が困難になってしまったりもする。中には、八百屋で買い物をしていた女性が、手に取った大根と皮膚が融合したような事例もあった。


あたしたち12課や医療スタッフの介入を受け、事件を未然に防げば、しばらくの間特殊な入院加療を行えば治癒が十分に見込める病気だ。

しかし、被疑者の身体の変化が急速に訪れたり、身近な人間の気付きがないと、発見が遅れて現場に向かった際には瓦礫に埋め込まれていたり、跡形もなく姿がなくなっている。

もしくは、ここ近年で流行しているケースといえば、突如人間としての感情を葬り去ったように、猛獣のようにかじり取る『何か』に、姿を変えてしまうこともある。


「うーん、どうしてもここのフォルダをみつけられないなあ」

事務所のパソコンの前でしかめっ面をしている男性は、この部署の第一人者。

料理や炊事はもちろんのこと、裁縫などもってのほかで、破壊的な不器用さや器量の悪さが特徴である。反対に、鋭い眼光の奥はぎらぎらと輝き、恰幅がよい体つきから警察の人間を印象付ける外見だ。

カレンは親父の外見と中身のミスマッチさを気に入っているらしく、よくおもちゃのように扱っている。


「猫の手でも借りたい……」

「にゃんこなら、キーボードをとんとん叩くことしかできねえぞ。えいえいにゃーん!」

「あ、やめろって!大事な症例の情報が……」

「症例情報は他のファイルを開く際に閉じておくのがルールでしょ?」

このような場面に遭遇するたびに、こんなふざけた人間が大衆の暮らしを守る専門職だということを知らない方が幸せだったのかもしれない。

あたしは器量がいいタイプというわけではないが、教えられたことは一回で覚えるようにと心がけていた。

やさしく教えてくれたそのひとが、明日にはいなくなってしまうかもしれないという意識があり続けたから。


「はいはい、画像ファイルは共有に入れないで、こうだよ」

「莉緒はこんなに早く開けるのに、私としたことが……」

「働きすぎじゃねえのか、親父さん。今日は早く寝ろよ」

ふと気が抜いた時に限って内線の呼び出し音が鳴り響く。親父とカレンが慣れ合いながらキャンキャン騒いでいるから、あたしがワンコールで応答した。


「はい、どうされましたか……?」

「本人とは会話ができません。中等症。ご家族の方はそばにおらず、身元の確認がとれない状況です。消防からの情報では2日前から行方不明だった女子高生とみられるとの情報が入っています。左腕の現場からいち早い切除が必要になります」

「はい、向かいます」

あたしたちに『いいえ』という言葉はない。一度状態を確認し、簡単に処置を施しながら、医療チームを要請しなければならない。思った以上に重症だった場合は、抗体のない人間が迂闊に近付くことにリスクがある。この地区でレットゾーンと思わしき場所に行き、本人と会話ができるのはあたしとカレンだけだ。


カレンはまったく足元を見ず、勢いよくコンビニチキンのごみを蹴る。

あたしは少し靴の紐を結び直して、少しだけ胸を張って進む。身体に受ける風はいつも生ぬるい。血の匂いに慣れたことは一種の不幸。勇気というにはまだ未熟で、責任というにはまだ脆いのかもしれない。


それでもあたしたちは、現場を目指し走っていく。

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