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トンネル

作者: 蜂蜜

「う…ぅぅん…」


 何か、長い夢でも見ていたような気がする。もしかしたら悪夢だったのかもしれない。あまり気分が良くない。


 ベットを降りてリビングへと向かう。テレビの電源を入れ、お湯も沸かしつつ洗面所に向かう。

 途中で冷房をエアコンに指示し、カチリと洗面所の電気をつける。


「…なんか、スリムになったか?」


 収納の部分に取り付けられている鏡を見ると、寝起きでふにゃりとした間抜け面が映っていた。

「頬の辺りがへこんでいる気がする」などという妄言を吐き出しながら顔を洗い、眠気を少しでも吹き飛ばす。


 リビングに戻ったら適当にスープを作って、コップにも牛乳を注ぐ。

 テレビからはアナウンサーの声が聞こえており、丁度天気予報をしているところだった。今日は一日中晴れているらしい。忌々しいことだ。ただでさえ暑いというのに、日差しが通っては余計に暑くなる。


『そういえば液体ばかりだな』とか考えながらスープと牛乳を飲み干す。そのままキッチンの方へ向かい、シンクでコップと器を洗い、食洗機に突っ込む。


 テレビの番組を適当に変えながら一息つく。


「今日は何するかな」


 久しぶりの長い休日は、俺をどこか無気力にさせた。

 ベランダから小さな駐車場を見れば、俺の赤いバイクが、朝日を浴びて輝いていた。


 ──


 夏

 太陽がこれでもかと存在を主張し、熱気と暑さと明るさ、それと暑さを提供する季節。

 学生には夏休みという長期休暇が与えられ、それに見合った課題が出される。

 かく言う自分も大量の課題を担任から渡され、とても陰鬱とした気分になった。


 一人暮らしというのは自由で良いものだが、こういった休みの日は手持ち無沙汰となり、暇になってしまう。

 夏なのだからイベントは沢山あるだろうが、暑いのも熱苦しいのも嫌いだ。陽キャがワイワイしているのは見ていてため息をつきたくなってくる。


 プールや海に行こうにも水着は授業用のものしか持ってないし、浮き輪やビーチボールもない。何より一緒に行く友達が居ない。

 友達は居るが全員インドアだし、俺もそうなのでまず行くという選択肢がない。


 ゲームでもしたい気分だが、外に出ないのは健康に悪い。こうやって天気が悪くない時に出掛けなければ、いざアウトドアという時に限って雨が降り出してしまう。


 ショッピングをしようにも流行には興味がないし、食品も特に不足していない。アニメや漫画は見たり読んだりもしているが、それらのグッズを買うかと問われれば答えはノー。面白いとは思うがそこまでで、キャラへの感情移入も出来ない。

 我ながらつまらない人間だとは思うが、実際そうなのだからどうしようもない。


 遊園地などにも行く気にならない。

 どうして金を払ってまで『遊具』で遊ばなければいけないのか。そんなことをするぐらいなら近所の公園にでも行った方がいい。俺ならそうする。


 しかし何もしないのは時間が勿体ないし、家にいるのは避けたい。

 暑くなく、金も使わず、そして静かな場所。後多少の面白さも欲しい。どうせなら夏要素も欲しい。


「肝試し、かなぁ…」


 俺の貧困な発想力では、それぐらいしか出てこなかった。


 ──


 ホラースポットというのを調べたのは人生で初めてだった。

 俺は幽霊は信じていない以前に興味がなかったし、恐怖というものにもあまり縁がなかった。ホラー映画も見ないし、テレビでやるような怖い話特集とかも見ない。


「トンネルねぇ」


 どうやらその界隈では定番らしいちょっといわく付きのトンネル。

 死体が埋まっているだとか、過去の人間の怨念だとか、崩落事故に巻き込まれた者が地縛霊になっているだとか。色々書き込まれていて、読んでいるだけで疲れてしまった。


 少し遠いが、バイクの免許は取っているし、本体も持っている。そこまで行くことは苦ではない。


「少しぐらい涼しくなれればいいんだけどな」


 家から出なければ、ずっと涼しいのだがな。


 ───


「ここか?」


 山道をバイクで一時間程進んだ先に、目的地を発見した。時間的にはそれほどじゃなかったが、何よりも道の状態は悪かった。ガタガタなんてものじゃない。地震でも起きているのかと思うほどの悪路で、転倒しないかとても不安だった。


 トンネルは高速道路にあるような綺麗なものではなく、泥やら砂やらで随分と汚れて少し茶色くなっていた。今すぐにでも洗い流したい衝動に駆られたが、道具がないから諦めた。第一、綺麗にしたところでまた直ぐに汚れてしまう。


「…外側だけでも、軽く払っておくか」


 ~30分後~


 多少は汚れの下にあった石壁が見えるようになった。上の方は物理的に無理だったが、まあしょうがない。入口だけでも少しは綺麗になったのだ、これで妥協するとしよう。


 トンネルの中に入ると、それまで降り注いでいた日光が遮断され、一気に夜のような暗さになった。

 持ってきた懐中電灯を付けると、周りに落ちている何かの残骸が淡く照らされて姿を見せていた。


 当然だがバイクは降りてきている。こんな暗い中を走ったら危ないなんてものではない。幾らライトがあるとはいえ、流石にそんな度胸はない。


 コツコツと、俺の足音だけが響く。反響してエコーのように何秒も耳に残り続けるせいで、暗闇と合わせて感覚が狂いそうだった。

 なるほど、こういうのが怖いのか。とかそんなことを考えながら、トンネルを進んでいく。


 ─

 ──

 ───


 十分ぐらい経っただろうか、それとも二十分ぐらいだろうか。時計を見るのも忘れて黙々と歩き続けていたが、ふと思ったのだ、これはおかしいと。


 入口から出口の光は見えなかった。それはつまり奥でカーブしているということで、つまり俺が何かしらの壁にぶつからないのはおかしい。

 そして地図だ。俺がスマホでここを調べた時、ここは精々五分程度で抜けられるような短さだったはずだ。オマケに曲がってもいなかった。

 何故気づかなかった。何故だ、わけがわからない。


 音や光がないせいもあって混乱している俺の耳に、足音以外の音が聞こえてきた。

 ブルルンというエンジン音。ギャリギャリと何かを削る音も聞こえる。


 次第に音は大きくなっていき、眩しい光と共に、その姿を現した。


「俺の、バイク…?」


 性能を考えずに適当に安いのを選んだから、本当にそうかは分からない。カスタマイズもしてないし、デフォルトのままだ。けど、同じ日に、同じ場所で、同じ時間に、同じバイクに乗っているなどという偶然は起こらないだろう。俺はそれほど運は良くない。寧ろ絶賛不幸実行中だ。


 バイクが勝手にここまで来たという事実から逃げるように別のことを考えていると、そのバイクは俺の目の前まで走り、そして止まった。


「まタきたンだ。しカたないんダケど」


 ナニカが、俺のバイクに乗っていた。


 日本語を喋っている。片言だ。いや、滑舌が悪いのだろうか?聞いていて不快、なんてことはない。心地いいぐらいだ。自分以外にこの場所に誰か居る。それだけで心が踊る。頭がぽわぽわしてくる。ぽわぽわがよく分からないが、それ以外に表現しようがない。

 夢心地とでも言うのだろうか?だんだん思考が散り散りになって、何も考えられなくなってくる。足はふわふわと浮つくようになって、その場に立っていられずフラフラとしてしまう。


「じゃア、いタだきマス」


 だんだんおかしくなっていく頭が辛うじて理解出来たのは、目の前のナニカが喋ったこと。

 口と思われる部分を広げたこと。

 口の中にはまばらに白い歯が見えたこと。

 口が近づいて来たこと。


 その思考を最後に、目の前が、真っ暗に、なっ、た。
















































 ─────





































「う…ぅぅん…」


 何か、長い夢でも見ていたような気がする。もしかしたら悪夢だったのかもしれない。あまり気分が良くない。


 ベットを降りてリビングへと向かう。テレビの電源を入れ、お湯も沸かしつつ洗面所に向かう。

 途中で冷房をエアコンに指示し、カチリと洗面所の電気をつける。


「…なんか、スリムになったか?」


 収納の部分に取り付けられている鏡を見ると、寝起きでふにゃりとした間抜け面が映っていた。

「頬の辺りがへこんでいる気がする。なんなら顔が小さくなってる気がする」などという妄言を吐き出しながら顔を洗い、眠気を少しでも吹き飛ばす。


 リビングに戻ったら適当にスープを作って、コップにも牛乳を注ぐ。

 テレビからはアナウンサーの声が聞こえており、丁度天気予報をしているところだった。今日は一日中晴れているらしい。忌々しいことだ。ただでさえ暑いというのに、日差しが通っては余計に暑くなる。


『そういえば液体ばかりだな』とか考えながらスープと牛乳を飲み干す。そのままキッチンの方へ向かい、シンクでコップと器を洗い、食洗機に突っ込む。


 テレビの番組を適当に変えながら一息つく。


「今日は何するかな」


 久しぶりの長い休日は、俺をどこか無気力にさせた。

 ベランダから小さな駐車場を見れば、俺の青いバイクが、朝日を浴びて輝いていた。

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