CAR LOVE LETTER 「Evolution meets Emotion」
車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。
貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?
そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。
<Theme:MITSUBISHI Lancer Evolution(CD9A),Galant Fortis Sports Back Ralliart(CX4A)>
もうそろそろ潮時かも知れんなぁ。
17年間連れ添ったコイツだが、流石に寄る年なみには敵わない様だ。
コイツと言っても妻のことではない。
私が妻の次に長く連れ添った相棒。ランサーエボリューション。
三菱がラリーを戦う車をギャランからランサーに切り替える際に、ホモロゲーション獲得の為にこのエボリューションを発売すると知り、私は体が震えた。
言ってしまえばラリーで戦う戦闘機、そんな物を市販してしまって良いのか。
そんな背徳を感じながらも、私は妻と娘を連れて三菱のお店に足を運んだ。
エボリューションを買うとまでは意識していなかった。
しかし、車好きの性分から、そんな馬鹿みたいな車をメーカーが出すって言うのだから、見に行かない理由はない。
カタログでももらって、買ったつもりになろうと画策していた。
するとエボリューションは、なんと発売3日で予定数の2500台を売ってしまったと言うじゃないか。これには正直驚いた。
驚きに加え、私と同じ事を考えるやつが全国に2500人も居るのだなぁと嬉しくも思った。
営業マンのあの言葉を聞くまでは。
「実は昨日なんですよ。うちで最後の一台が売れたのは。」
延髄の辺りをずがんとやられた気分だった。
昨日来ていれば、エボリューションは私が買う事が出来たかもしれなかったのだ。
そう思うと急にエボリューションが気になり始める。
そして最早手に入れる事が出来ないエボリューションを手に入れたオーナーに、同じ考えの同志としての気持ちではなく、羨望の想いを強く抱いた。
その後エボリューションは追加生産される事になり、私は喜び勇んで印鑑を握り締めてディーラーを訪れたのは言うまでもないが、追加生産までの間、エボリューションのことを考える度に胸がシクシクしたのを覚えている。
まるで初恋の中学生の様だった。
エボリューションは4ドアセダンであるから、普段使いも気にならないし、このコンパクトなボディにして、これだけ強力なエンジン。しかもそのパワーを4WDで受けとめる。追い越し加速などは、思わず笑みがこぼれてしまう程だ。
燃費が悪いのは珠に瑕ではあるが、これだけの動力性能を、この程度の犠牲で手に入れられるのだから、代償としては安いものだ。
私はエボリューションのオーナーとして、大変満足な日々を送ってきたが、それと同時にエボリューションの宿命を背負わされる日々でもあった。
名前に偽らず、エボリューションは毎年の様に進化を遂げる。
エンジンの性能向上に止まらず、足回りの刷新、空力性能の向上、そして先進の電子制御デバイスの装着。
この間買ったと思った最新のエボリューションが、たった一年そこらで、産みの親のメーカーにお古にされてしまうのだ。
私だけでなく、全てのエボリューションオーナーは、その戦闘力向上を頼もしく感じながらも、自分が恋して焦がれて買った車が急激な早さで過去の物にされて行くのに気をもみ続けるのだ。
進化は10代に渡り、かくしてエボリューションは、誰でも意のままに操れる性能を手にしたのだが、同時にその価格もうなぎ登り。誰でも意のままに乗れる車ではなくなってしまった。
そんな先進技術の集大成のエボリューションであっても、やはり機械である。
私のエボリューションも最近ではオイルの減りが激しくなり、足回りも相当ガタが来ている。
シートもクタクタだし、内装のいたる所からミシミシ音も聞こえる。
17年の年月は、確実に私のエボリューションを過去の物にしている様である。
次の車検も近いのだが、流石にまだ今後もこの車に乗れるかどうか、いささか不安でもある。
点検も兼ね、ディーラーに伺う事にした。
点検を何と兼ねるか?それは新車の展示会である。
私に延髄切りの様な言葉を浴びせた営業マンは、今では店長さんだ。その店長から、展示会の知らせが届いた。
その広告のトップに描かれていたのは、ギャランフォルティス・スポーツバック。
ランサーエボリューション10の兄弟車にして、往年のギャランの名を復活させた車だ。
しかもフォルティスにはスポーツバックと言うハッチバックもラインナップしている。
実のところ私は、セダンよりもワゴン系の方が使い勝手の面で好きなのだ。
エボリューションワゴンが発売された時はかなりの衝撃を受けたが、娘の受験と重なり、残念ながら見送らざるを得なかった。
このスポーツバックのリヤ周り、使い勝手だけじゃなく、フォルムもまた美しいじゃないか。
久しぶりに気持ちがたかぶる。
「お待ちしておりました。試乗車にはラリーアートをご用意してます。エボリューションのテクノロジーをフィードバックしたスポーツハッチバックです!」
ラリーアート。
私としては、プアマンズエボというイメージだった。
エボリューションはその進化の過程でハイテク電子デバイスを装備する事を選んだ。それはユーザに高度なスキルを要求せずとも、高次元の走りを実現する魔法の絨毯だ。
しかし、それはユーザから車を操る楽しみを奪うことでもあった。
今のエボリューションは凄すぎて逆につまらん、それが私の率直な感想だ。何もかも機械に見透かされ先回りされている感覚。ドライバーは居るだけの存在だ。
とは言え、そんなハイテクデバイスが昨今のエボリューションのアイデンティティになりつつある。つまらんと言いつつも、やはりそこにはステータスシンボルとしての地位がある。
ラリーアートも同様にハイテクデバイスを装備しているのだが、エボリューションに比べ、その装備は簡素化されている。そこがプアマンズエボと感じる所以だ。
しかし、エボリューションと比べれば、まだドライバーが操る領域が残されている、ラリーアートにはそんな雰囲気があった。
流麗に輝くテールゲート、気負わない自然な感じのインテリア、しかしステアリング裏に控えるパドルシフトのレバーや挑戦的なバンパーやボンネットフードの開口。
静と動、日常と非日常が混在する。
「乗ってきたら?」妻のその一言を私は待ち望んで居たようだ。
店長に目をやると、彼は既にキーを携えている。試乗スタートだ。
街中ではツインクラッチSSTはすこぶる具合がいい。最近手漕ぎが苦痛に思える時が幾らかあったのだ。しかしその苦痛も、ワインディングでの悦びの為。SSTが手漕ぎ以下ならば、これはただのオートマに過ぎない。
私は店長に、ワインディングを走らせてもらえる様頼み込んだ。
彼はその言葉すらも待っていた様だった。
スポーツバックは試乗コースを大きく外れ、つづら折れのワインディングへ。
私が左のパドルを二回引くと、瞬時に3速へシフトダウン。
軽いタービンの音と共にスポーツバックは強烈な加速を始める。
直後コーナーが迫って来る。ブレーキと共に今度は強烈な減速Gが体を襲う。
ステアリングを切り込む。曲がる!4WDとは思えない程の切味。しかし昨今のエボリューション程の常軌を逸した切味ではない。
コーナーをクリアし、今度は加速へ。
アクセルを踏みつけ、右のパドルを引くと、小気味良くシフトアップしパワーを紡ぐ。
ワインディングでのSSTは、最早手漕ぎの時代は終わったとも感じさせる。
とても楽しい。
分かるのだ。車がどうなっているのか、どうしたいのか、どうすればいいのか。
全てが機械任せではなく、私がコントロールしていると感じられる。私レベルのドライバーでも、この車の言っている事が分かるのだ。
人と機械の協業が、この車にはある。スタイリングだけじゃない、走りもかなりいい具合だ。
ラリーアートはプアマンズエボなんかではない。エボリューションとはまた別の進化を遂げた、さしずめコイツはエモーションだ。
かなり長めの試乗を終え、私がお店に戻ってきた時には、妻は三杯目の紅茶をいただいていた様だった。
多少あきれ顔な彼女。だが私がギャランフォルティス・スポーツバックを十分に堪能した事は感じとった様である。
「やっぱりね」、と彼女は言う。
私がお茶をいただき、一息つこうとした刹那、彼女は一枚の紙を私に差し出す。
「色はあなたが決めて。私は、白が好きだけど。」
それはギャランフォルティス・スポーツバックの注文書だった。
もちろんグレードはラリーアートだ。
最初からそのつもりだったのかい?と訪ねると、逆に彼女は、
「あなたこそ、そのつもりだったんじゃないの?」と。
かくして私は、ギャランフォルティス・スポーツバックのオーナーになろうとしている。
しかし注文書を見ていると、現エボリューションオーナーとして、ひとつだけ欲が出てくる。
「最新のエボリューションも試してみたいんだけど・・・。」
彼女はまた、あきれた、という表情をみせた。