2 事情聴取
次の日の放課後、昨日の写真に写っていた彼女、信濃根多美さんは、
綾芽に呼び出されて人気のない体育館裏にやって来た。
ゆるいウエーブのある薄茶色の髪を前髪ごと後ろにくくった細身のスタイルで、
顔立ちは整っていて美人なんだけど、何やら瞳の奥に暗い闇がくすぶっているようで、
どことなく不穏なオーラを醸し出している。
ちなみにこの場に居るのは私と園真会長と、目の前の彼女の三人だけ。
綾芽は万が一潟奈ちゃんが襲ってくる事に備え、
柊さんのそばについてボディーガード(と言いつつ、二人でクレープを食べに行くとか言っていた)をしている。
そんな中私達の目の前までやって来た信濃根さんは、至極無愛想な物言いで口を開いた。
「どうして私が生徒会長であるあなたに、こんな所に呼び出されなければいけないんですか?
私があなたに何かしましたか?」
それに対して園真会長は、よそ行きのにこやかな笑顔を浮かべてこう返す。
「とんでもない。あなたにここに来てもらったのは、ただの私のわがままなの。
本当にごめんなさいね、信濃根さん」
普段この人の地の部分をいやというほど見ているだけに、よそ行きモードの園真会長を見ると、
『これが本当に同じ人なのか⁉』と疑いたくなる。
それほどにこの人の裏表の顔の使い分けは完ぺきなのだ。
そんな事を思いながら身震いしていると、信濃根さんは頭をかきながら園真会長に尋ねた。
「それで、園真会長のワガママっていうのは何ですか?私、用事があるんで、早く帰りたいんですけど」
すると園真会長は微笑みを絶やさず、スカートのポケットから一枚の紙切れを信濃根さんに見せた。
それは柊さんへの殺人予告状で、至って穏やかな口調でこう言った。
「この紙切れに、見覚えはないかしら?」
「ありません、何ですかそれ?」
信濃根さんの答えは即答で素っ気なかった。
本当に心当たりがないのか、心当たりがあるのを悟られないようにするためなのか?
そんな信濃根さんに園真会長は
「じゃあ、これは?」
と言い、もう一枚の紙切れを示す。
それは信濃根さんと思しき人物が、遠くのビルからこちらをうかがっているところを撮影した写真だった。
それを見た信濃根さんは表情こそ変えなかったが、少しトゲのある声になって言った。
「その写真に写っているのが私だって言いたいんですか?もしそうなら何なんですか?」
そんな信濃根さんに、園真会長は変わらない穏やかな口調で続ける。
「今からあなたが依頼した殺し屋さんに連絡して、柊彩さんを殺す依頼を取り消してもらえないかしら?」
その言葉を聞いた信濃根さんは大きく目を見開き、園真会長から目をそらして言った。
「ど、どうしていきなりそんな話になるんですか?
私、殺し屋に殺しの依頼をした覚えなんかないし、
そもそも柊さんとはクラスも違うし、話した事もないし・・・・・・」
「与田敦君、だっけ?彼、かっこいいわよね?
ハンサムで性格も爽やかで、大層女子に人気があるそうじゃない?」
「そ、それが、今の話と何の関係があるんですかっ」
「彼、ある女の子に片思いをしているらしいわね?
名前は何だったかしら?
ああ、そうそう、確か、柊さん、だったわね。
彼女、誰にでも人当たりがいいし、綺麗で性格もいいから、男子に凄く人気があるみたいねぇ」
「それが、何だって言うんですか!」
信濃根さんが声を荒げると、園真会長は信濃根さんにグッと顔を寄せ、
人の心の闇をむさぼる悪魔のような笑みを浮かべてこう言った。
「柊さんが居なくなれば、彼は私に振り向いてくれるかもしれない。
それならいっそ柊さんを殺してしまおう。
自分の手を汚すのは嫌だから、お金で殺しを請け負ってくれる人に頼めばいい。
アヤメビトコーポレーション?
ここの料金ならアルバイトをすれば何とかお金を工面できる。
これで柊さんは居なくなり、彼は私のもの。
ウフフ、何て幸せな結末♡」
「な、な、何言ってるのよあなた⁉あ、頭おかしいんじゃないの⁉」
信濃根さんは明らかに取り乱した様子で、園真会長から後ずさる。
園真会長はそんな信濃根さんをもてあそぶような口調でこう続けた。
「あなた最近、アルバイトを始めたわね?
しかもファミレスとコンビニの掛け持ちだなんて、随分頑張るじゃない?
ああ、そうか、依頼料を払うためにしっかり稼がなきゃいけないものね。
今日も今からアルバイトなんでしょう?大変ねぇ。
この前あの殺し屋が、ちゃんと柊さんを殺してくれていればよかったのに」
「もう、やめてよ!」
信濃根さんは悲鳴にも似た叫び声を上げた。
そして刺すような目で園真会長を睨みつけ、絞り出すような声で言った。
「そうよ、お金が必要なのよ。あの女を殺してもらわなくちゃいけないもの。
だってそうでしょう?
誰彼かまわず愛想振りまいて、
その気もないくせに与田君をたぶらかして、
自分は何も知らないみたいに振舞って、
あれじゃあ与田君がかわいそう・・・・・・
それに、与田君の事を好きな女子だって、
あの女のせいでどれだけ傷ついてるか、あなたにはわからないでしょう!
だから私が彼のためにあの女を殺すの!そして彼を正気に戻してあげるのよ!」
こういうのを狂気の沙汰というのだろうか?
自分の心の闇をあられもなく吐き出す彼女に、私は率直にそう思った。
やっぱり彼女が潟奈ちゃんに殺しを依頼した黒幕だったんだ!
それなら今すぐやめさせなきゃ!
そう思った私は一歩踏み出し、信濃根さんに訴えようとした。
が、園真会長がそれを制し、ひとつ息をついてこう言った。
「あなたの言い分はよくわかったわ。そういう事なら私もそれ以上何も言わない。
殺し屋への依頼を取り消せなんてヤボな事も言わないわ」
「ふ、フン。そんな事言って、どうなっても知らないわよ。
まあ、今更どうする事もできないけどね」
信濃根さんはそう言い捨て、体育館裏から逃げるように去って行った。




