3 殺し屋の人生相談
近くのベンチに並んで座り、少し落ち着いた様子の潟奈ちゃんは、呟くように口を開いた。
「昨日お気づきになったかもしれませんが、私は殺し屋という稼業をしていながら、
まだ一人も人を殺めた事がないんです。
それに人を殺す事自体恐ろしくて、昨日のように、反射的に人を殺す事を拒んでしまうのです。
私、変ですよね?」
「いやいや全然変じゃないよ。むしろ凄く正常だよ。人を殺す事を何とも思わない人こそ異常だよ」
「私、生まれつき両親が居ないんです」
「え、そ、そうなんだ・・・・・・」
「はい、それで小さい頃は施設に入れられていたらしいんですが、
物心がつく頃、ある人に引き取られたんです。
それがアヤメビトコーポレーションの、代表の方でした」
「ほ、ホントに⁉そんな事があるんだね!」
「はい、それでその方は私を実の娘のように大事に可愛がって育ててくださいました。
学校にも行かせてくれて、高校は名門の女子校に入学させてくださいました」
「ああ、白鳥学園っていえば、有名なお嬢様校だもんねぇ」
「だから私、その方に少しでも恩返しできるよう頑張らなくちゃって思って。
そこで決心したんです。『私もあの人の為に殺し屋になろう』って」
「あ~、途中までいい話だったけど、そこで間違っちゃったね」
「私、小学三年生くらいから、人を殺すための練習を始めました」
「そんなに早くから⁉いや、練習自体普通しないけどね!」
「将来の夢の作文には、『殺し屋になりたいです』とちゃんと書きました」
「ちゃんと書いちゃダメなヤツよそれは!
子供がなりたい職業ランキングに絶対に入っちゃマズイヤツよ!」
「先生には、どういう訳か物凄く反対されました」
「そりゃ反対されるわ!自分の教え子が殺し屋になりたいなんて言ったら、どの先生も反対するから!」
「ですが私は正義を信じ、殺し屋として生る為の努力を続けました」
「正義ってホントに人によって解釈が違うよね!」
「そして私は着実に殺し屋としての腕を磨き、
いつの間にかアヤメビトコーポレーションの中でも最強と言われるほどに成長する事ができたんです」
「本当に真面目に努力したんだろうね。そこ(・・)だけ(・・)は偉いわ。本当にそこ(・・)だけ(・・)ね」
「ですがここで私は大きな壁にぶつかってしまったんです。
人を殺す術は身につけたものの、実際に人を殺そうとすると、体が拒否反応を起こしてしまうんです!」
「ホントよかったわ!拒否反応万歳だわ!」
「私、やっぱりおかしいですよね⁉」
「だからおかしくはないってば!それが普通なの!人殺しが普通なんて思っちゃダメだよ!」
「え、そ、そうなんですか?」
「そんなに戸惑った顔で聞かれたら私が戸惑うわよ」
「で、でも、私を育ててくれた方は殺し屋組織の代表なんですよ⁉
それならその恩に報いる為に、自分も殺し屋になるのが筋っていうものでしょう⁉」
「そんな事ないって!その人がもっとまともな仕事をしてるならそれでいいけど、
殺し屋を引き継ぐのはどう考えてもダメだよ!」
「え・・・・・・えぇっ?」
「そんな、『何血迷った事言ってるのこの人?』みたいな顔で私を見ないでよ。
絶対私が言ってる事の方が正しいから」
「自分が正しいって言う人ほど信用できません!」
「一般的にはそうだけどこの状況ではそうなの!
あなたはとっても心の綺麗ないい子なんだから、こんな所で悪の道に進んじゃダメよ!
今からでも遅くないから殺し屋なんかやめて、普通の女の子として生きていくべきよ!」
「そんな、今までちゃんとした殺し屋になる為に一生懸命頑張って来たのに、
今更投げ出すなんて、あの人に顔向けができません・・・・・・
やっぱり、このまま切腹するしか・・・・・・」
「だから切腹しちゃダメだってば!それはケジメじゃなくて逃げてるだけよ!
あなたは自分の人生とちゃんと向き合っていない!
殺し屋に向いてないなら、違う事でその人に恩返しすればいいでしょうが!」
・・・・・・何か、勢いに任せて思いっきり恥ずかしい事を語っちゃったけど、
はたしてこれでよかったんだろうか?
いきなり我に返った私に対し、潟奈ちゃんはしばらく目をつむって考え込んでいたけど、
何かを決心したようにカッと目を開き、力強く私に言った。
「わかりました。私、あなたのおかげで目が覚めました。
これからはちゃんと自分と向き合って、信じた道を生きていきます!」
「そう、分かってくれたのね!じゃあもう、殺し屋からは足を洗うのね⁉」
私は希望に胸を膨らませてそう尋ねたが、彼女は希望に瞳を輝かせながらこう答えた。
「いえ!やっぱり私は殺し屋として生きていきます!
何事も最初の一歩は戸惑うもの。でもその一歩さえ踏み出してしまえば、後はどうとでもなる!
『千里の行も足下に始まる』(※老子より)それをあなたは私に教えてくれたんですよね⁉」
「教えてないわよ!殺し屋としての一歩を踏み出せなんて一言も言ってねぇわよ!」
「案ずるより殺るが易しとも言いますしね!」
「産むのよ!殺しちゃダメなのよその言葉は!」
「ありがとうございます!あなたのおかげで勇気が湧いてきました!
今度こそちゃんと殺しますから、待っていてくださいね!また、予告状送りますね!それじゃ!」
「いや、ちょ、違う・・・・・・」
すっかり元気になった潟奈ちゃんは、はじけるような笑顔でそう言うと、
足取りも軽やかに公園から走り去って行った。
そんな潟奈ちゃんの後ろ姿を、私は間抜けな顔で見送る事しかできなかった。
これで、本当によかったんだろうか?
いや、ダメだろ・・・・・・。




