2 園真会長の寝起き
早朝の新聞配達が終わると、住居兼事務所の園真探偵事務所のビルに戻り、学校に行く準備に取り掛かる。
ここは三階建ての古いビルで、二階が事務所で、三階が居住スペースになっている。
一階は何の部屋があるのか知らないけど、まあ倉庫か何かなんだろう。
居住スペースは割合に広く、お風呂やキッチンやリビングはもちろん、六畳くらいの自分の部屋もある。
その中のキッチンで三人分の朝食を用意し、(今日の朝食は焼き鮭と味噌汁とご飯)、
まだ自室で寝ている、園真探偵事務所の代表である人物を起こしに行く。
『就寝中、眠りを妨げる者は殺す』
という物騒なプレートのかかったドアをノックし、中で寝ているであろう人物に声をかける。
「園真会長、朝食の用意ができましたよ。起きてください」
しかし部屋の中からの返事はなく、起きた気配もない。
なので私は仕方なくドアノブに手をかけ、ゆっくりとそれを開ける。
園真会長の部屋は私の部屋より一回りくらい広く、
壁際には本やファイルがびっしり詰め込まれた本棚が並び、
机の上にも様々な本や書類が山積みになっている。
これは探偵事務所の仕事の書類なのか分らないけど、
とにかく年頃の女の子の部屋とは全くかけ離れた雰囲気で、
まるで一人暮らしのサラリーマンみたいな部屋だ。
その一角に陣取るベッドに、まるで女神のように美しい女性が、
スヤスヤと愛らしい寝息をたてて眠っていた。
彼女の名前は園真况乃。
私や綾芽よりひとつ年上の十六才。
ここ園真探偵事務所の代表で、私の通う四邸阪田高校の生徒会長。
髪は目もくらむような銀色で、
背は私と同じくらい高い(ちなみに私の身長は百七十五センチくらい)けど、
私より手足が長く、腰も細くて、胸もおっきい。
まあすべてにおいて完璧なスタイルで、
私のようなただでかくて力が強いだけの女とは比べ物にならない女子力の高さを持ち合わせている。
ただ、心根まで女神のように清らかなのかというと決してそうではなくて、
情けも容赦も慈悲も優しさも愛情も皆無と言って差し支えがなく、
目的の為なら手段を選ばず、犠牲もいとわないという、味方につけても敵に回しても恐ろしい人なのだ。
そんな園真会長の肩に手を置き、私はゆっくり揺さぶりながら声をかけた。
「園真会長、もう朝ですよ、起きてください」
すると園真会長は
「ん・・・・・・」
とつぶやいたかと思うと、おもむろに布団の中から白くて細い手を出し、
その手に持っていた物を私に向けた。
ちなみにそれは拳銃で、その銃口は私の額に向けられていた。
「なぁっ⁉」ズドォン!
私が声を上げるのが早いか、園真会長は何の躊躇もなくその引き金を引いた!
そして部屋中に拳銃というより大砲に近い物凄い音が響き、その銃口から弾丸が発射された!
「ひぃっ⁉」
私はとっさに上体をのけ反らせて弾丸をかわし、そのまま仰向けに倒れ込む!
そして弾丸の行く先に目を移すと、壁にビー玉くらいの大きさの穴が開いていた。
あれをまともにくらっていたら、私は今頃天国への階段をのぼっていただろう!
そう思うと恐怖と寒気で全身が縮みあがってしまった。
そんな中園真会長が、ゆっくりとベッドから身を起こした。
寝起きはあまりいい方ではなく、顔はむくみ、目はうつろで、まだ半分夢の中という有様だ。
そしてまだ半分以上寝ているであろう目をこすりながら私に言った。
「何よ、朝っぱらから騒々(そうぞう)しいわねぇ。人が寝ているんだから静かにしなさい」
それに対して私は上半身を起して抗議した。
「誰のせいで騒々しくなったと思ってるんですか!
いきなり人の顔めがけて拳銃を撃つなんて何考えてるんですか⁉」
しかし園真会長は何ら悪びれる様子もなく、頭をボリボリかきながらこう返す。
「私の安らかな睡眠を邪魔する者は、殺されても文句が言えないのよ」
「そんな訳ないでしょ!大体何で会長はそんな拳銃持ってるんですか⁉完全に法律違反でしょ!」
「これ?ただのモデルガンよ。デザートイーグルっていうイスラエルの銃でね。
ちょっと知り合いの武器屋に頼んで弾の大きさをBB弾からビー玉サイズに変えて、
威力も車のフロントガラスを貫通できるくらいに違法改造した程度の、ただのおもちゃよ。
だから法律上問題ないわ」
「今違法改造って言いましたよね⁉」
「うるさいわねぇ、細かい事を気にしていたらこの稼業はやってられないのよ。
それより朝っぱらから何なのよ?まさか銃で撃ち殺されたくてここに来たの?」
「違いますよ!私は単純に園真会長を起こしに来ただけですよ!」
「だったらもっと普通に起こせばいいじゃないの」
「・・・・・・」
これ以上何を言っても無駄だと思い、私は抗議する事をあきらめた。
園真会長に憧れるシテ高の生徒達がこの光景を見たら、とても同じ人物だとは信じられないだろう。
でも園真况乃とはこういうお方なのだ。
どうして人一人起こすだけで、こんなに命がけの思いをしなければならないのか?
という疑問は、無駄な気がするので考えない事にした。
そんな中園真会長は洗面所で顔を洗って髪を整え、シテ高の制服(黒のセーラー服)に着替えた。
するといつもの女王様の様な美貌と貫禄とオーラをまとった姿に変身するのだから、
女というものは凄いものだ(私も女だけど)。