シャルル10歳 王族のパーティー1
5年前、5歳の時に俺が会った少年と少女。
フェルディナンドが丁寧に挨拶してくれたお陰で妹の名前がベアトリスということは直ぐにわかった。
フェルディナンドの髪色が黒かったことから予想はついていたが、彼女があの悪役令嬢か、という驚きが大きかった。
小さいながら凛とした淑女の佇まい。
言葉を交わすことはできなかったがそこにいるだけで高貴さを感じられた。
初めて会ったであろう王族の俺に眼を見開いていた真っ赤な顔と、ゲームの中の嫌味な女性が全く結び付かなかった。ゲームの中ではベアトリスは顔がちゃんと描かれていないこともあり、その容姿については髪の色くらいしか印象がなかった。
あのフェルディナンドはどう考えてもシスコンだ。
かなり拗らせている。
彼がベアトリスを甘やかして、ベアトリスが我が儘な女性になっていくのではないか、と俺なりに考察した。
あれから城内でフェルディナンドを見かけることはあったが、ベアトリスを見かけることはなかった。
どうせあの男が屋敷に閉じ込めているのだろう。
俺の権力で会おうと思えば会えるが、理由がない。
正直あの時のあの少女に好感を持ったが、強引に会おうとすればしょうもない理由をつけることになるし、フェルディナンドがそれをわかってより強固な姿勢を取ることが予想できるため、特に俺からは何も行動しなかった。
この決断にはかなり迷いがあった。
ラスボスを倒す際、ゲームの中では悪役令嬢であるベアトリスが同行するパターンのエンディングは存在しない。
だが、闇属性の魔法は光属性と並ぶ強力な魔法が存在する。
そもそもこの世界では、俺の前世のように「闇」はマイナスイメージがない。
太陽の光のあたる昼と同じく、暗闇が世界を覆う夜もまた、同等に崇められるらものなのだ。
光と闇の属性は他の4つの属性より上位に位置付けられており、大きな加護が得られる光と闇の属性をもつ者は希少なのだ。
よって、俺はあの出会いから、もしベアトリスが仲間に引き入れられるならより生存確率があがるのではないか、という可能性を考えている。
ゲームの中のベアトリスは嫌な女で仲間にするという発想がなかったが、あの出会いの時点ではベアトリスはただの女の子。性格が悪いようにはとても見えなかった。
純粋な好意だけでなく、打算的な思いもありベアトリスとは親交を深めたかったのだが、、、
まさか超絶シスコンの兄がいるとは。
年齢が離れているようだからゲームでは出てこなかったであろうフェルディナンド。あいつが諸悪の根源なのではないか、と考えると頭が痛くなる。
この5年でベアトリスの性格がねじ曲がっているかもしれない、という不安もあるが、彼女の姿を実際に見ていて、凛とした態度を保ち続けているであろうと妙な安心感を持っている。
10歳になった貴族の子息、令嬢は社交界デビューのため王族が主催するパーティーへの出席と王への挨拶が義務付けられている。
フェルディナンドも今回ばかりは流石にベアトリスの出席を邪魔できないだろうとほくそ笑む。
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【ベアトリス視点】
王族主催のパーティーへの招待状。
届いた瞬間に自分の部屋に持ち帰りゆっくり中身を見る。
5年振りにシャルル様にようやく会える、と思うとなんだかうずうずしてしまう。
あの日、庭園に妖精が舞い降りたのかと思ってしまいましたわ。
私とは真逆の太陽のような金色の髪の美しい少年が突如として現れ、私などにお声がけくださった。
私のこの黒い髪も紫色の瞳も、好奇の対象になるため同年代の子供たちから、からかわれてばかり。
いい加減嫌になり同じ色を持つお兄様にくっついてばかりの私。
私相手には軽口をたたく子供たちも、お兄様に対しては何も言わない。
わかっているのですわ。
お兄様は強い。
何か言われても言い返せる強さを持っていらっしゃる。
そしてその根底にあるのは闇属性への誇り。
誇りがあるから立ち向かえる。
そんなお兄様と違い、私は闇属性を捨ててしまいたいと思っている。
からかわれるだけのこんな色、捨ててしまいたいとずっと思っていた。
「綺麗な眼だね」
あの方はそうおっしゃられた。
普通の子供はこの色を恐れる。初対面の子の顔は私の髪と眼の色に必ず恐怖心を覚える。夜の闇を恐れるのは当然の反応だと今では理解しています。
初見で表情に恐れが現れ、それを打ち消すように私を揶揄い出すのだ。まるで自分は恐れていないぞ、という風に。
でもあの方は違った。
なんの恐れも抱かず、純粋に私の眼の色を褒めてくださった。
それは私にとって初めての経験で、自分が初めて認められたような気がしてしまったのです。
眼を見つめられて、なんだか私をじっと見つめられていて、気づけば顔が熱くなるのを感じていました。
お兄様がきてくださって慌ててお兄様に隠れてしまったけど、きちんと挨拶しておけばよかったと後になって後悔しました。
こんなに綺麗で尊い方に認めてもらえたという事実に頭が真っ白になってしまって屋敷に帰るまでは上の空になってしまいました。
それからはついついシャルル様のことを考えてしまいます。
お兄様は、私のことを取られる、と思っているようで決してシャルル様に近づかないように配慮されています。
お兄様が心配しなくても、たった一回会っただけの女の子をシャルル様が覚えていらっしゃるとは思えません。
覚えていてくださったら、、、
とても嬉しいのですけれど。
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パーティー当日 再びシャルル目線
ふう、とため息をつく。
出席前の準備にここまで時間がかかるとは。
1ヶ月前からオーダーメイドで衣装を作り、
胸に刺す花やら宝飾品やら。
そして当日は衣装の着付けと髪型のセット。
男でこれだけ時間がかかるなら、女性は果たしてどれだけ時間がかかるのやら、と息を吐く。
王宮の大広間には食事が整えられ、徐々に参加客が受付を済ませて広間には多くの参加客が歓談を始めている。
バイキングのように料理が並んでいるが、貴族ばかりのパーティーなので、当然取り分け、メイドが運んで行く。
ドリンクもお盆の上に大量に乗り、メイドたちが各参加者に運んで行く。
かなり重そうで、大量のグラスが乗っているのでバランスをとるのが難しいだろうに、空気でも乗っているように片手で軽々と運ぶメイドたちの力と技に感心して見てしまう。
俺たち王族の席は父である現王とその横に母である王妃が高い位置の席に並び、少し下がった位置に子供たちが並んでいる。
一応両親の間と、俺たち子供席にもサイドテーブルはあるのだが、次々とやってくる訪問客の挨拶が途絶えるまでは料理を食べる間がないためサイドテーブルに料理はない。
飲み物を置くくらいだ。
訪問時に訪問客からの軽い挨拶、そしてパーティーがひと段落した後に10歳になった子供たちの王への挨拶となる。
訪問客の貴族たちが次々と挨拶する。
これだけ多くの貴族は到底覚えきれないな、と思いつつ、今までの教育で、少なくとも家名だけは覚えていることを確認できホッとする。
流石に家族構成やら属性やら名前やらまでは覚えきれない。
今日はゲームの主人公であるマリアは平民なので参加していないが、まだ会えていない風・土・水の攻略者が参加している可能性が高いので楽しみにしている。
全員同級生だったかは「光の乙女の楽園」ノートに書き写した時点で覚えていなかったが、同級生と上級生であれば今日参加している可能性は高い。
できることなら今日全員に出会って、そのまま仲良くなり、学園が始まるまでにも彼等の能力値を上げるための手助けができると良いのだが。
訪問客の挨拶は家長とその妻のみで空振りだった。
子供まで挨拶しているとそれだけでパーティーが終わる時間になるから当然と言えば当然だが。
しばし歓談やらダンスの時間になったため、俺はパーティー会場をウロウロした。
やたら周りの人々からの視線を感じる。
第一王子である俺は今日が正式なお披露目、ということもあり、噂で俺の存在を知っている貴族たちの注目を集めているのだろう。
かといって立場が上の俺に堂々と話しかける度胸もなく、遠巻きに見ているといったところか、とげんなりしていると見知った顔を見つけた。
「アラン、フエゴ。」
騎士団長とその息子フエゴだ。
知った顔を見つけた俺は笑顔で歩み寄る。
「この度は10歳になられまして、おめでとうございます。」
「・・・おめでとうございます。」
アランとフエゴがお祝いの言葉を述べてくれる。
この世界では誕生日、という概念がなく、新年に一緒に歳をとるのだ。
「フエゴもおめでとう」
また真っ赤になる。
フエゴは週に数回俺と剣の稽古をしている。
もう3年になるのに、未だに緊張してしまうようで、稽古中は良いのだが、その前後の休憩中に話しかけると真っ赤になってしまう。
数回会えば慣れるだろうと思っていたのだが、意外に几帳面な性格をしているようだ。
フエゴは最初会った頃は俺と身長が変わらないくらいだったが、やはり父親のアランに似たのかぐいぐいと身長を伸ばし、体格も逞しくなっている。
同じように鍛錬をしているはずなのに俺と違い体も筋肉質で、15歳くらいに見えてちょっと悔しい。
「同じ年齢なのにな」
と、ちょっとすねて睨みあげると更に顔が赤くなるフエゴ。
いかん、王族の恐喝になってしまった。
「いつか追いついてやるから気にするな」
と笑ってフォローする。
「で、殿下はそのままで充分です」
などと憎まれ口を叩くフエゴ。
「ぜったい!追いつく!」
と更にムキになる俺。
アランがそんな俺たちのやり取りを温かい目で見守っているとユアンが近づいてきた。
「こんばんは、シャルル王子。妻と息子をご紹介させてください。」
ユアンの妻は火の属性、息子は風の属性だと髪色で判断する。
「妻のイフリータ、息子のラファルです。」
!来た!ラファル!風の攻略者だ!
ユアンの息子ならもっと早く出会えただろうに、何故家族について今まで聞かなかったのか悔やまれる。
「シャルルだ。ユアンにはいつも世話になっている。」
といい、イフリータとユアンに握手を求める。
イフリータはかなり赤みの強いウェーブのかかった髪で、なんとなく強そうだ。隙がない。
というのも女性を形容する表現ではないが、美人なのだが貴族というより傭兵のように見える。
ラファルは父親のユアンより更に濃い深緑の髪で軽くウェーブがかかった髪をおかっぱにしている。
イフリータと握手すると、
「イフリータはアランの姉君で、とても強いんですよ。」
とユアンからきき、納得する。
イフリータが満足そうににこっと微笑む。
「シャルル王子になにかあれば、弟のアランより私を頼ってくださっても良いのですよ?」
「姉君!」アランがイフリータをいさめる。
「あら、冗談ではなくてよ?」
2人の力関係を目の当たりにする。
騎士団長で無類の強さを誇るアランが押し負けている様子が面白い。
「ラファル、君の父上にはお世話になっている。もし良ければ君とも一緒に勉強できると嬉しい。俺の周りは大人ばかりで、剣についてはここにいるフエゴと修行しているが、魔法を一緒に学ぶ同年代の友人が欲しかったのだ」
「ふぇ!?私ですか!?よ、よろしくお願いします。」
同意してもらえた。
が、少し気の弱そうな子だな、という印象だった。
ユアンという優しい父親とイフリータという強そうな母。どちらかに似た、というよりイフリータに怯えて気が小さくなってしまったのかもしれない。
まあ、同意は得られたからこれからユアンと打ち合わせてラファルとの時間を設けていければ良いだろう。
俺は他の攻略者が来ていないかと辺りを見渡した。
ベアトリスが壁の花になっていた。