魔法の鍛錬 主にシャルル5歳
フエゴとの特訓が始まり、ようやく剣を使った、という実感が湧いてきた。
色んな髪色を持つ者がいるこの世界の中でも異質に感じるほどフエゴの髪色は鮮烈な赤だった。
真っ赤な髪を長く伸ばし、ポニーテールにしている。パッと見た感じいたずらっ子といった印象が強く、わんぱくで明るい性格のようだ。
乙女ゲーではスポーツマン的な役どころで運動神経が良く、魔法は苦手だった。強い魔力を持っているため、剣や弓といった武器に火の魔力を込めて戦うスタイルだったな、と思い出す。
今はまだ少年だが、入学時にはガッチリとして精悍な顔立ちをしていた。騎士団長のアランと顔立ちがよく似ているので、騎士団長にお世話になっている身としては騎士団長が若返ったように感じる。
そんなフエゴは初めて会った時も緊張でガチガチになり顔を真っ赤にしていたが、何度か会っているのにまだ顔を赤くすることが多い。
貴族とはいえ、王族と会うのが俺が初めて、ということだったのでいまだ緊張してしまうのだろう。
こちらは前世では平民なので気安くしてくれた方がやりやすいのだが、こちらの世界はガチガチに身分差があるため、気安く、というのは無理がありそうだ。
まあ今後鍛錬を積んでいく中で仲良くなっていけば慣れてくれるだろう。
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魔法の鍛錬
最初、魔法を習い始めた時は座学からだった。
この世界では光、闇、火、水、風、土の属性が存在して、それぞれの属性の精霊にお願いして力を借りて自分の魔力を増幅させて解き放つ、というのが基本だ。俺の場合では光の精霊に頼むことになるため、光の精霊達と仲良くなることが魔法の第一歩らしい。正直わくわくした。
今までゲームやアニメでは魔法や精霊という存在を知ってはいたが、実体験として見れることに胸が高鳴る。早く実習を、と願いながら数年間は座学だけ。
習っていて知ったのだが、あまり学ばずに魔法を使おうとすれば魔力が暴走してしまいとんでもないことになるらしい。とんでもないこととは、と思ったが基本的には分別がある程度つく10歳から習い始めて、順序立てて魔法が使えるように教えるよう教育方針が定められた100年ほど前からは魔力を暴走させる、という事態が起こっていないため具体的なことはあまりわかっていないらしい。
つまり俺が3歳頃から魔法を習い始める、ということ自体異例中の異例だということに学び始めてから気付いた。
俺の座学の期間を長く設けているのも、暴走を防ぐためなのだろう。本来のカリキュラムでは座学と実技を並行して行うようだ。5歳になった時に初めて実技を行うこととなった。
周りの子供と比べ、ものすごくしっかりした子供、という周りの評価と、第一子の俺に甘々な両親の後押しがあり、早い段階での許可が降りたのだろう。
万が一の事態に備えて、実技の時は王宮筆頭魔導士のユアンがいつも横にいてくれた。
彼は椿の葉のような濃い色の緑の髪の青年で、風の属性の強い魔力を有していた。風魔法にはシールドを貼る防御魔法が存在しているため、何かあった時に対処できるだろうと言われて教育係となった。
筆頭魔導士の彼にガキンチョの初歩の魔法の練習に付き合わすことには引け目を感じたが、物腰の柔らかい彼は快く引き受けてくれた。
5歳になってから俺はユアンと騎士隊長のアラン、数名の騎士に連れられ、街の外へと旅立った。
どこにでも精霊はいるそうだが、街の近くの森に精霊が多く集まる泉があるため、そこで精霊と仲良くなるための貢物をおさめる、という儀式を行うことになったのだ。
魔物を寄せ付けない精霊の泉、と呼ばれる場所にむかうまでは魔物よけの結界を貼り、魔物に会うことはない。しかし幼い第一王子が城外に出るということがほとんどない中での街の外への遠征。護衛がつくのは当然である。
俺は初めて街の外に出たため、ずっと馬車の窓に張り付いていた。貴族街や平民街さえも数えるほどしか出たことはなく、貴族街のヨーロッパのような石畳で整備された街並と、平民街の雑多だが賑わいのある街並にもわくわくさせられた。
そして街の外へ出ると、見事に何もない、というか地平線が見えた。街を出て正面には地平線、地平線の果てに向けて大きな道が真っ直ぐに伸びている。
途中で左右に分岐が見え、左側には深い森、右側には遠くに高い山が連なっていた。
両側の光景を見るため馬車の中で左右をうろうろするため、同乗しているユアンに生暖かい目で見られているが俺は自分の好奇心をみたすため、その視線は無視することにした。
「殿下はいつも落ち着いていると思っていましたが、やはり5歳なのですね」
「まあな。滅多にない機会だ。大目に見てくれると助かる。」
精神年齢31歳の身としては少し恥ずかしさも感じたが、異世界の外の世界、ワクワクするのは許して欲しい。
街を出て少し進んだ後左折し、森に近づいて行く。
森の中では魔物を狩ったり、木の実や薬草など採集を行ったりといった需要があり、ある程度までは道が整備されている。精霊の泉の近くまでは道が続いているとのことだった。
馬車が止まり、外から騎士団長の声がする。
「ここからは徒歩になります。シャルル殿下、抱き上げてもよろしいですか?」
俺は5歳児。剣の鍛錬も始めて鍛えているとはいえ所詮子供の体力。そして俺が歩くとなるとペースが遅くなることはわかっている。
「・・・頼む」
わかってはいるのだが何か悔しい。
大柄なアランに左手片手で抱き上げられる。
右手には剣を持っており、何かあれば対処できる状態だ。ユアンと俺を抱き抱えたアランを囲むように数名の騎士が配備される。
ちょっと物々しいな、とは思ったが任せることにした。
木々が生い茂った森の中は鬱蒼としており、離れたところから鳥や獣のような鳴き声が聞こえる。魔物を見てみたい、という気持ちもあるが、今のこの5歳児の体で戦えるとも逃げ切れるとも思えない。声とこの薄暗い森の雰囲気だけでわずかながら恐怖を感じている。
「魔物除けの結界を張っていますから見えるところには魔物は入ってきませんよ」
俺の少し怯えた表情を感じ取ったのかユアンが安心させるように俺にささやく。
ユアンが張っている見えない範囲までの結界魔法、というのはかなり凄いことなはずだ。座学で学んだ結界魔法は人や対象物を守ることが前提になっているため、せいぜい半径5メートル以内だろう。
改めてユアンが筆頭魔導士である、と思い返す。
「魔力があればそんなに広い結界を張れるものなのか?」
純粋な好奇心で聞いてみる。
なぜかユアンが少し困った顔をして返答を言い淀んでしまい、
アランが代わりに応えることになった。
「シャルル殿下、魔法は単純に魔力量だけではないのですよ。ユアンは謙虚な男なので自慢のようになってしまうため返答できないのでしょう。ユアンの学生時代の渾名は精霊に愛された男。精霊に愛されているが故に、広範囲の精霊の力を借りることができているのです。」
「アラン、余計なことを言わないでくれ!」
顔を真っ赤にするユアン。
「アランとユアンは仲が良いのか?」
「はい、学園で同級生だった時から親交を深めています」
通りで学園時代のユアンの渾名も知っているわけだ。声を荒げるユアンなど、俺1人では一生見ることが出来なかっただろう。ついくっくっくと笑い声が漏れてしまう。ユアンは笑った俺にではなくアランをじっとりと睨む。
「笑ってすまん、ところで精霊に愛された男、という渾名はどうやってついたのだ?」
ユアンが恐る恐る答える。
「私が精霊の泉に行ったのは10歳を越えてからでしたが、その際に多くの精霊に気に入られたせいか、その、沢山の精霊が後をついてきまして、、、」
ギョッとして辺りを見回す。
「陛下、一度見れるようになると精霊は見ようと思えばいつでも見れるのですが、最初の一回を見るまでは見えないものなのです」
「つまり魔法を使っている人間は既に精霊が見えているのか?」
「いえ、見えないままの者もいます。見えずともその恩恵は受けることが出来ます。見える人間については魔力量の大小に関わらないため、その原理はわかっておりません」
「だから精霊に愛された、と言われるわけだな」
「アラン!!」
なるほど、精霊が見えて多くの精霊が周りにいる、と。髪色が濃いことから魔力量の多さで筆頭魔導士になったのだと思っていたがそれだけではなかったようだ。考えてみればアランと同じ年だとするとまだ30歳前後。俺からするとだいぶ大人だから気にしたことはなかったが、一般の社会人からするとまだまだ若造の部類だ。騎士団は体力勝負なところがあるから若い騎士団長でも違和感はなかったが王宮の魔導士は何歳かわからないくらいの老人も多い。その中での異例の抜擢というからにはその実力も他者を寄せ付けないものなのだろう。
「私にも姿を表してくれると良いな」
見ることができなかったらこの話をした2人に後悔させてしまう一言だろうが、つい口に出てしまった。まだ魔法らしい魔法も見ておらず、ファンタジーな世界に転生したはずの俺はファンタジーな世界を心待ちにしているのだ。
雑談をしながら進んでいると、薄暗い森の向こうに開けたような場所が見え出した。
「あそこが精霊の泉です」
アランが教えてくれる。
「ここからは歩いて良いか?」
すとっと地面に下ろしてもらい、しっとりと濡れた落ち葉を踏みしめて進んでいく。
俺の低すぎる身長ではゆっくりとしか進めないが、徐々に明るい場所が近づいてくる。
なんだか、空気も今までの少しじめっとした湿度のある空気から高原のような爽やかなものになってきている気がする。
木々の間を抜けるとぽっかりと太陽が降り注ぐ空間があった。
泉、という言葉のイメージより大きな、どちらかというと湖のその場所には真ん中に小さな島があり、そこに白い祠のような神殿のようなものが鎮座している。
島までは泉の外周から橋がかかっており、島の祠まで人間が渡れるようになっている。
泉はどこかから水が湧き出ているのか水面が軽く波打っており、外周にはかすみ草のような白い小ぶりの花が咲き乱れ、そこを蝶や蜂が飛び交っている。
端の方は木漏れ日が差し込むように筋状の光が泉を照らしており、神々しさをかんじさせる。
しばらくその光景に見惚れ、口をあけていると
「殿下、あの祠に精霊たちへの貢物を納めてきてください」
ユアンが優しく促してくれる。
精霊たちは食事をしない代わりに魔力や、物体に備わる霊力を吸収するため、魔物の動力源となる魔石や、霊力の高い宝石を貢物として献上する。
両親から預かった魔石や宝石は、ずっしりと重く、他と比較したことがないからわからないがかなり大きなものだった。
それらを見たアランとユアンが生唾を飲み込む音がきこえたことからもかなり貴重で高価なものなのだろうということが伺える。
もったいないような気もするが、魔法を使うために精霊の助けを得るためにも、必要なものなのだろう。ここでケチっては王族の名が廃るというものだ。
「行ってくる」
橋を渡り、一人で祠に入る。
白い石で作られた小さな神殿、といった感じのその建物は小屋くらいの大きさで、入口部分はギリシャ神殿のような6本の柱があり、それぞれに神様のような彫刻が施されている。扉はなく、中はがらんとした空洞になっているが上部にはステンドグラスで神話のような風景が描かれており、差し込んだ光がステンドグラスに描かれた情景を白い床に落としておりとても綺麗だ。
外にいた際の鳥や獣の声も聞こえず、しんと静まり返った空間は外界とは切り離されているようだ。
入口から入った突き当たりに備えられた石造の台座には樹々と木の葉のモチーフが彫刻されている。
「ここで良いのかな?」
台座の上に魔石と宝石を並べ、精霊に祈りを捧げる。
祈りの言葉に決まりはない。
全ての物質に精霊が加護を与えている、という精霊信仰はなんとなく日本の八百万の神と同じようで俺にはしっくりくるものがある。太陽や月、夜の闇、星空、樹々や花々、動物、泉や海、と色々な光景を思い浮かべながら精霊に感謝を捧げる。
刹那ー
眩い光が神殿の中を包み込む。
眩しすぎて目を閉じてしまうが、頑張って薄目を開ける。
一つの光ではなく直径20センチくらいの6色の光の玉が沢山まわりに浮いている。目が少し慣れてきてよくよく目をこらすと光の中心に小人のような人影が見える。
「精、霊?」
笑い声のような囁くような声が辺り一面に漣のように広がっていく。
残念ながら何を話しているのかはわからない。
何かを伝えてくれているのか、それとも単に歓迎してもらっているのか。いつか精霊の言っていることがわかるようになるのだろうか?
「殿下!大丈夫ですか?!外にまで光が!」
慌てて駆け込んでくるアランの声にふっと蝋燭を吹き消したように光が消えた。
駆け込んできたアランの後ろからゆっくり歩いてやってきたユアンが
「驚いたな、僕の時以上ですね」
とにっこり笑いかけてくれる。
「ああ」
軽く放心状態の俺は頷くことしかできなかった。