火の攻略対象者 フエゴ
俺の名はフエゴ。7歳。
騎士団長アランの息子だ。
親父は髪色が霞んでいるため、魔力値が決して高くないのに剣の実力だけで騎士団長にまで上り詰めた。普段は憎まれ口を叩くが、密かに尊敬している。
物心ついたころからおもちゃのような木剣をもたされ、地獄のような訓練を受けている時は殺してやろうか、と思うこともしばしばあるのだが。たった7歳の俺が親父に勝てるはずもなくボコボコにされるだけなのだが。
うちの家系は貴族でありながら武芸に秀でた家系のため、粗野でがさつな人間が多い。
そんな親父がここ数年、なんと王族の第一王子に指導をしていると聞いた時は大丈夫か?!と心配した。
失礼な物言いやら、俺に対する時みたいに第一王子をボコボコにして打首にでもなるんじゃないか、と顔色を悪くしたが親父がムッとした顔で
「対人練習は行っていない」と言った時はほっとした。
「フエゴ、明日からお前が対人練習を行うのだ」と言い出した時は本気で殺したいと思って親父を睨んだ。
「無理無理無理!俺に王子と接することができると思うか?!言葉使いも悪りぃし、剣の手加減なんか出来ねぇぞ!」いつも親父が相手だったからこちらは常に全力でかからないといけなかった。自分より弱い相手と戦ったことのない俺に、王宮で大切に育てられた王子の相手なんかできるはずがない。
「確かに王子は対人練習はしたことがないが、お前よりも型は綺麗だぞ。」
ぴくり
「最初はお前が斬りかからず受け流せば怪我を負わすこともあるまい」
「王子と対人練習するならもちろん報酬もでる」
「わあったよ!乗ってやるよ!」
あっさりと言い含められ、俺は王子の相手役を了承するのであった。
*****
「でっけぇー」
初めて入る城内に俺は空いた口が塞がらなかった。
この街は王宮を中心に城内、と言われる広い敷地が高い塀で囲まれており、その外周が貴族街でこれまた塀、そして平民が住む平民街の周りも塀で囲まれている。街の外には魔物がいるため、平民街の周りにも塀が必要なのだ。
俺の家は貴族街にあり、そこから出ることはない。城内に入るのは生まれて初めてだ。
城内には王族が住む王宮、騎士団駐在所と併設された練習場、王族が食べるものを育てる畑や牧場、神殿、薬草園、庭園、図書館といった施設があるとはきいていたが、馬車で移動中に見えるそれぞれの施設の大きさ、優美さに驚かされた。
目の前に繰り広げられる光景をみて、安請け合いしてしまったことを激しく後悔し始めた。
「着いたぞ、騎士団練習場だ」
まだ朝早いにも関わらず、広い敷地内で騎士達の鍛錬が始まっていた。10人くらいずつ固まりになり、それぞれ違う訓練がされていることが伺える。
明らかに精度のある動き、見たことのない武器や器具を用いた特訓に目を輝かせていると、
「殿下!もういらしていたのですか!?」
親父が慌てて馬車から降りて行く。
俺も慌てて後に続く。
振り返った少年が笑顔でこちらに近づいてくる。
なんだこれ?人間??
同じ年の男、ときいていたが少女と言っても通じるのではないか、と思うほど華奢な肢体。髪は陽の光を浴びて黄金のように輝き、サファイヤを埋め込んだような眼の周りは長いまつ毛が金色に煌めいている。少し釣り上がり気味の眼は妖艶ささえ感じる。
女神か妖精のように見えるその容姿に、とても同じ人間だとは思えずぼぉっとしてしまう。
「失礼いたしました!これが息子のフエゴです!」
親父の声ではっと意識を取り戻し、親父の横で頭を下げる。
「フエゴ・アルカンタラと申します!!
この度は殿下の練習相手を務めさせていただく光栄を授かり、誠に有難う御座います!」
覚えていた挨拶を慌てて口にする。
「フエゴ」
「はっ!!」
「これからよろしく頼む。シャルルだ。同じ年だと聞いている。これから同じく鍛錬に勤しむ者同士だ。そこまでかしこまらなくて良い。敬語もいらぬ。普段通り接してくれ」
「はっ!」
王子がその美しい顔を軽く歪ませ、苦笑いしている。いやでも無理!こんなに綺麗な人間見たことねえし、そんな人にむかって普段通りとか、、、。
てか本当に男なのか?
親父め、王子の容姿について事前に報告してくれ。まさかこんな見た目だとは。
「まあ良い、早速訓練をお願いしたい。アラン、手筈は?」
「は!フエゴには最初殿下の剣を受けるのみで指示しております。殿下は型通りに打ち込んでください!厳しくしつけていますので本気で打ち掛かっていただいて構いません!」
おいおい、親父。
まあ、殿下の細腕くらいなら打ち込まれても大したことはないだろう。
お互い向き合い、礼、構え。
瞬間
ヒュッという音と共に鋭い突きが襲う。
なんだこのスピード。
一見剣を持つだけでも大変じゃないかと心配するような細腕がしなるように第二、第三の打ち込みを行ってくる。
あまり余裕がない中チラリと親父を見るとニヤニヤしながらこちらを見ている。
くそ!見た目に騙された!
王子の剣はあまり重さがないが、その速さと型の美しさから受け流しづらい。
ひらりひらりと舞を踊るように次々と浴びせられる連撃にたまらず俺は王子の剣に攻撃をしてしまい、王子が剣を落とす。
「フエゴ、攻撃は禁止だって言ったよな?」
親父が相変わらずニヤニヤした顔で言ってくる。
「うるせえ!こんな攻撃受け流せるかよ!」
つい素で突っ込む。
やべえ!王子の前で素がでてしまった。王子の方を見ると
「手加減なしでこい」と、なぜか黒い笑顔で微笑む王子がいた。
見るからに光の妖精のような可憐な人間がほくそ笑む姿に背筋がぞっとする。
その後、数時間、打ち合いで王子も俺も怪我だらけとなった。
「ありがとう、やはり対人練習だと勝手が違うな」
そう言って柔らかく笑んだ王子が何か呪文を唱えると、俺と王子が光り、怪我が消えた。
「もう魔法が使えるのか!?おっとっと、使えるんですか?」
つい失言した俺に王子はニヤリと笑い、
「まだ簡単なものしか使えないがな。練習中だ。」
なんてこった。普通魔法が使えるのは10歳を超えたころ。魔法を使って失敗するととんでもないことになるから、貴族が魔法を練習しだすのは10歳からなのだ。俺もまだ習っていない。
「フエゴは髪色も濃いから将来が楽しみだな」
ドキッとした。
優しい目。ダメだ、こいつは男、こいつは男。
「これからもよろしく頼む」
そういって差し出された手を握り返し、剣でタコだらけになって硬くなった手の感触にこいつは男だ、と改めて自分を納得させるのであった